森薗美月、卓球選手らしさと自分らしさの間に揺れて(前編) | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:森薗美月/提供:琉球アスティーダ

卓球×インタビュー 森薗美月、卓球選手らしさと自分らしさの間に揺れて(前編)

2020.06.06

森薗美月。
女子チームのない琉球アスティーダに移籍したプロ卓球女子選手。
試合会場でひときわ目立つ金髪ドレッドのヘアスタイル。
森薗政崇、美咲らの従姉妹。
逆プロポーズでの結婚。そして沖縄移住。

彼女の基本に忠実な卓球スタイルと、対照的に鮮やかな金髪ドレッドヘアに、多くの卓球ファン、関係者たちが「彼女はどうしたのか」とざわついた、今年1月の全日本卓球選手権。

あれからまだ半年も経っていないのに、世界のほうがもっと様変わりしてしまった。

変わること。変わろうとすること。

森薗美月の話を聞きたいと思った。

「早朝練習して、日中はリモートで英語とプログラミングの授業、夜間はずっとプログラミングの勉強なんで、あんまりまだ沖縄を実感していないんですよ」。新天地、沖縄での生活を始めたばかりの彼女に時間をもらい、オンライン取材を行った。

>>【#1森薗美月】“初めて打った時、血が騒いだ”。卓球一家「森薗家」に生まれて

自己表現を変えた森薗美月「自分でもわからなくなる時があった」


写真:森薗美月/提供:琉球アスティーダ

2020年1月全日本卓球選手権4回戦に、森薗美月は金髪ドレッドヘアで登場した。

その約二年前の2017年初夏、所属していた実業団を辞めてTリーグに挑戦する決意を固めた森薗美月は、こう語った。

「自分の卓球で後悔だけはしたくないんです。何事も挑戦することに意味があると思うので、悔いなく最後までやり切ります」


写真:約二年前の取材時の森薗美月/撮影:伊藤圭

その“挑戦”という言葉には、額面以上の意味が込められていたのだろうか。

Tリーグ1stシーズンの個人成績。
シングルス1マッチ出場で1勝。ダブルス5マッチ出場で2勝3敗。
2ndシーズンの個人成績。
シングルス4マッチ出場で2勝2敗。ダブルス6マッチ出場で1勝5敗。

不退転の決意でプロリーグに挑み、毎シーズン全21試合、計42試合に帯同した本人としては、納得いく結果ではなかった。


写真:Tリーグセカンドシーズンの森薗美月/撮影:ラリーズ編集部

その状況下で、ヘアスタイルはじめ森薗美月の自己表現方法が変わってゆく。卓球界の身近な人間ほど心配し、諫めた。

「美月はダメになった、やる気がなくなったって、身近な人たちから言われて。やる気もあって、目指す方法を変えただけなのに。でも、おかしくなっちゃったって言われた最初の頃は、そうなのか、いやそうじゃないって、自分でもわからなくなる時があった」。

よく知られているように、森薗家は卓球一家だ。日本代表の森薗政崇や、その姉の美咲らは美月の従兄弟にあたる。幼少期から二人三脚で卓球キャリアを歩んできた父・稔氏からも諫められた。


写真:幼少期の森薗美月/提供:森薗美

「ぶつかりました。父からは卓球をやめてしまえって言われた。でも、そうじゃないって、お酒飲みながらお互いいっぱい会話して、最後は、わかった、お前らしく生きろって背中を押してもらいました」。

川崎という街での出会い

自己表現の方法を大きく変えた、直接のきっかけは何だったのだろうか。

「(木下アビエル神奈川の)練習場がある川崎に引っ越したんです。そこで、ダンサーやDJ、ビートメーカーだったり、お店をやっているひとだったり、卓球以外の人たちと出会った。その人たちがかっこいい生き方をしてました。卓球以外で成功している人の考え方を聞いたり、スポーツ界以外から卓球はどう見えてるの、とか、そういう会話をいっぱいしていく中で、自分が今までずっとこうじゃなきゃいけないと思ってたことが、そうでもないなって」。

ただ、真似するにはあまりに畑が違うように思う。そう聞くとこう答えた。

「真似じゃなくて、参考にするって感じです。影響受けて、咀嚼して、参考にする」。

しかし、実に楽しそうに目を輝かせながら、出会った人間たちの魅力を伝える。「KING OF SWAG(キングオブスワッグ)っていう川崎のダンスチームなんですけど、知ってますか?そこにDeeくんていう人がいて」。

確かに会ってみたくなる語り口なのだ。「YouTube調べたら一発で出てきますから、見てくださいね」。画面の向こうで屈託なく笑った後、感慨深く呟いた。

「川崎ってかっこいい街だと思う。ラップバトルして川に飛び込むアホもいますけど」。

卓球をかっこよく、強く

好きなストリートファッションをきっかけに交流を深めた、大阪アメリカ村のTHE BARピンポンクラブのマスターとの会話も胸に刻まれている。

「卓球ってもっとかっこよくいくべきだよな、かっこよくやって強い人はあんまりいないよねっていう話になって、じゃあ私やるわ、そうだ美月最初にいけ、って背中を押してくれた」。

所属チーム練習場の近くという理由で引っ越してきた川崎で、結果的に人生の扉を開いたのは、卓球以外の人間たちとの出会いだった。そこから、自身のSNS更新頻度も少しずつ増えていく。

それまでも多かった登山の投稿に加えて、夕日の沈む水平線、ネイル、友人たちとのひととき、そして卓球の仲間たちとおどける表情。すべての瞬間が均等にかけがえのないものなのだと主張しているようにも見えた。

でも、気を抜けば弱い自分に足引っ張られる

約二年前のインタビューでは「負けず嫌い」な自分の性格と、その反作用として「自分で他の選手と比較してしまう」傾向について語った。今の森薗美月選手は、少なくともその思考からは解放されたように見える。

「いまでも、ちょっとでも気を抜けば弱い自分に足引っ張られます。でも、そんな時に、相談に乗ってくれる人とか支えてくれる人っていうのが今はいるから、なんとか強い気持ちでやれてるっていうのはあります」。

足を引っ張る弱い自分とは何か。


写真:森薗美月/提供:琉球アスティーダ

普通、卓球選手はこうであるべきだ、みたいな考えです。でも私はそうではありたくない、もっと自分らしくいたい。ただ、小さい頃から言われてきたので、私自身もそっちの方がちゃんとしてるっていう思い込みもあった。その葛藤です」。

卓球という競技は、気の遠くなるような反復練習の積み重ねで、基本技術を習得していく。

そこに例外はない。

その長い過程を知っているからこそ、つい私たちファンも、その練習に必要な資質と同じものを、選手自身のキャラクターにも求めてしまうことがある。

真面目、素直、継続、向上心。

でも、それらは全て森薗美月にもある。そうでない者が、どうしてここまでの選手になれるだろう。ただ、私たちが、彼女が葛藤の中で手にした新しい表現方法に見慣れていないだけなのだ。

誰の殻を破ったのか

殻を破った、と表現することは簡単だ。

でも、その殻は彼女のものだったのか、それとも私たち卓球ファンのものだったのか。

これからの”ウィズコロナ”時代には、選手だけでなく、私たちファンもまた練習場や試合観戦の方法など、様々な場面で変わる必要に迫られるだろう。


写真:オンライン取材に応える森薗美月/撮影:ラリーズ編集部

PC画面の向こうに、DIYで制作途中だという机と、その上にDJ卓が見える。

変わろう、何度でも。

窓からの風に揺れるドレッドヘアが、私たちにそう主張しているようだった。


写真:森薗美月/提供:琉球アスティーダ

>>移籍先に女子チームはないけれど プロ卓球女子選手・森薗美月の掲げる挑戦(中編)に続く>

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