取材・文:福田由香
聴覚障がい者の卓球日本代表として、国際舞台で活躍する川﨑瑞恵。ひたむきな心で一歩一歩前に進んできた彼女に、コロナ禍が新たな試練をもたらした。
写真:川﨑瑞恵(SMBC日興証券)/撮影:槌谷昭人
>>音のない世界で デフ卓球アスリートとして生きる決意<川﨑瑞恵・前編>
「袋はいらないです、あれ?違う?」
川﨑は、卒業後も大正大で練習を続けていたが、コロナ禍で状況が変わった。感染対策で大学で練習ができなくなったのだ。
練習環境を求めて、それまでは月に一度指導を受けていたコーチのところに今は毎週通っている。週6回の部活と比べると練習量は激減したが、毎週アドバイスを受けることで課題が明確になった。
「基本技術は高いのに試合で出せていない、試合の巧さや勝負勘が必要」とコーチは分析する。「バックが入れるだけになってる」「繋ぎのボールの長さ、深さ」「緩急をつけてパンと一発」。
そのアドバイスがシンプルなのは、川﨑が口の動きで言葉を読み取るからだ。早口でまくしたてると理解できない。
写真:川﨑瑞恵(SMBC日興証券)/撮影:槌谷昭人
ただ、この口の動きを読む会話も、コロナ禍で難しくなった。マスク越しで相手の口の動きが見えなくなったからだ。
コンビニのレジで何かを言われた時、「袋はいらないです」と答えたら店員に怪訝な顔をされた。話すことはできるけど、聞くことができない。再度聞かれたが、マスク越しなのでわからなかった。
写真:川﨑瑞恵(SMBC日興証券)/撮影:槌谷昭人
見た目にわかりにくい障がいだからこそ、うまくいかないこともある。
川﨑は、どこからどう見ても普通の20代だ。オフの日は韓国ドラマを見たり、池袋にあるお気に入りのパンケーキ屋に行ったりする。焼肉とお寿司が好きで、食欲にスイッチが入ると止まらない。川﨑と向き合って、大きく口を動かしてゆっくり話せば、コミュニケーションも取れる。
写真:川﨑瑞恵(SMBC日興証券)/撮影:槌谷昭人
手話ができなくても
今回の取材の中でも、何度か言葉が伝わらないことがあった。
話が長くなったり、誰かが話している途中に他の人が話したりすると、口の動きを読み取り切れなくなってしまう。低い音は聞こえづらく、男性の声だと気づかない時もある。伝わらない時はシンプルな言葉に変えたり、筆談で補った。
取材の後、私は川﨑と一緒に帰った。マスクをしたままなので、雑談にはスマホを使った。画面を見て喋る川﨑と、無言でスマホを見せる私。手話ができなくても、マスクがあっても、何とかなる。
川﨑からは「いいですね」「そうなんですね」「すごい」と言った反応が、豊かな表情で返ってくる。この表情も彼女の魅力の1つだが、声でのコミュニケーションを補おうとする中で、自然と得たものなのかなと感じた。
写真:川﨑瑞恵(SMBC日興証券)/撮影:槌谷昭人
聞こえなくても、思いは伝わる
三度目のデフリンピックに向けての川﨑の課題は、自信を持つことだ。勝負どころで入れにいってしまい、やりたいプレーができないことが多いという。このままでは自分と同等以上の選手には勝てない。自分から攻めるパターンを作り自信を持って戦うためにも、コーチは「とにかく試合慣れしないと」という。
デフの試合は多くない。試合経験を増やすため一般のチームにも入り、全日本予選にクラブ選手権予選、都内のオープン戦と、次々と大会に参加し、課題克服に努めている。
写真:川﨑瑞恵(SMBC日興証券)/撮影:槌谷昭人
川﨑の最終目標は中国に勝ち、金メダルを手にすること。試合中、声援は聞こえないけど、拍手などをしてくれる姿を見ると勇気づけられるという。
川﨑は卓球に聴覚障がいは関係ないと思っているし、川﨑と卓球をする時に私も大きな障壁を感じることもない。
バリアフリーやユニバーサルデザインのことを知らなくても、そこに台とラケットがあれば、高齢者でも子どもでも障がいがあっても、誰でも一緒にできることが卓球の一つの魅力なのだと改めて感じた。
写真:川﨑瑞恵(SMBC日興証券)/撮影:槌谷昭人