「日本一安い卓球場料金で日本一を目指す」「怒られて嬉しい選手はいない」全日本チャンピオンを輩出した三重県・松生卓球道場の秘密 | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:松生卓球道場の子どもたち/撮影:ラリーズ編集部

卓球インタビュー 「日本一安い卓球場料金で日本一を目指す」「怒られて嬉しい選手はいない」全日本チャンピオンを輩出した三重県・松生卓球道場の秘密

2023.05.28

この記事を書いた人
1979年生まれ。テレビ/映画業界を離れ2020年からRallys編集長/2023年から金沢ポート取締役兼任。
軽い小咄から深堀りインタビューまで、劇場体験のようなコンテンツを。
戦型:右シェーク裏裏

初心者から、将来の日本一を狙うレベルまで、そして未就学児からシニアまで、こんなに幅広い層が皆楽しそうに通う卓球場はめずらしい。

率いるのは、父・松生幸一館長から卓球道場を引き継いでまだ一年経たない、“脱サラ”指導者の松生瞬さんだ。


写真:松生瞬(松生卓球道場)/撮影:ラリーズ編集部

前日から心配で胃が痛かった

――今年の三重県予選は、各カテゴリ2名の狭き門でしたが、全農杯全日本ホカバ出場者12名枠のうち9名が松生卓球道場の子どもたちでした。
松生瞬:過去最高です(笑)。今回は運も良く、百点以上の結果だったなと思います。
――子どもたちが活躍できた理由は何なんでしょう?
松生瞬:夕方4時半くらいから7時半くらいまではベタで小学生クラスについて、コツコツやってきました。

でも特殊なことは、本当に何にもないです。

前日も当日も、心配で胃が痛くて(笑)。保護者さんの期待も背負っているので。

“大丈夫です”とずっと言いながら、僕自身が自分に“本当に大丈夫なのか、大丈夫なはずだ”と言い聞かせる日々だったので、本当に良かったです。


写真:松生卓球道場の練習風景/撮影:ラリーズ編集部

――松生卓球道場は、子どもから中高生、シニアまで本当に幅広い層の会員がいますね。
松生瞬:正直、コロナ前はもっといました(笑)。12台あって、1台に3〜4人入って保護者さんにも手伝ってもらって、賑やかにやってました。

その時期に比べるとまだ寂しいくらいですが、コロナ対応で仕方ない面もあります。


写真:地元の中学生も通う/撮影:ラリーズ編集部

――年齢が幅広いことの良さってどういうところですか。
松生瞬:子どもたちが一生懸命やってると、例えば戸上(隼輔)や前出(陸杜)の頃も、彼らは目がキラッキラしてるから、大人の方も“一緒にやったろ”って、良い循環が生まれるんですよね。

“お願いします、ありがとうございました”をきちんと言える、礼儀正しい子はみんな大人の方も一緒にやってくれるんだよ、ということはずっと子どもたちに伝えています。

その循環が確実に今回の良い結果にも繋がっているなと。本当に、保護者さんと会員さんに感謝してます。


写真:初心者コースも楽しそう/撮影:ラリーズ編集部

その後強くなる小学生の共通点は

――戸上選手と前出選手は、それぞれどんな小学生でしたか?
松生瞬:隼輔はずっと組み合わせを書いてましたね(笑)。暇があったら自分でトーナメント表を作って、けっこう自分は良いシードにいて(笑)、だいたい僕はどっかのパッキンに入ってるんですよね(笑)。

練習では、やっぱり目の色が違いました。子どものうちは遊びたくなるじゃないですか。でも、その頃から一球に対する真剣さがありましたね。


写真:松生卓球道場出身の戸上隼輔(明治大学)/撮影:ラリーズ編集部


写真:休憩スペースには“戸上隼輔コーナー”もある/撮影:ラリーズ編集部

松生瞬:前出は、本当に全国の試合結果をよく知ってました。何県の何高校の誰々がどんな戦型で、ということを各ブロックのベスト32くらいまで調べてるんです。

パンフレットも、自分が書き込む用と保存用の2冊買うんです。自分がボロボロになるまで書き込むほど、卓球が好きな子です。都道府県もそれで覚えたんじゃないかな(笑)。

練習では集中力の高い子でした。小学高学年から、2時間くらいの練習でユニフォーム5枚くらい替えて、徹底的に短時間練習して、帰っていくんです。


写真:松生卓球道場出身の前出陸杜(中央大学)/撮影:ラリーズ編集部

怒ることがほとんどなくなってから訪れた変化

――松生卓球道場の会員数って、今どれくらいいらっしゃるんですか。
松生瞬:一番多いのが、中学生から始めた子どもたちに向けた中学生コースで40人超、いろんな会員さんや教室も含めると、200人を越える方に来ていただいてます。
――よく回りますね。
松生瞬:うまく回ってるのかわかりませんが(笑)、困っている人がいないか周りに常に気は配りながら、とにかく走り回ってます(笑)。


写真:父・松生幸一館長もひたすらボール拾いを続けていた/撮影:ラリーズ編集部

「怒られて嬉しい選手はいない」

――初心者から全国トップを狙う子までがひとつの卓球場で楽しめる今の松生卓球道場は、地域型の卓球場にとって一つの理想であると思います。なにか方針はありますか。
松生瞬:怒られて嬉しい選手はいなくて。特に負けて悔しいのは選手のほうなんで、試合の結果で怒ることは、ほとんど無くなりました。

ただ、人としての行動については言います。例えば、自分が負けたとき、“勝ったで〜”と目の前で言われたらイヤじゃないか、とか。

父(松生幸一館長)がよく言っていた言葉に“スイングは個性、でいい。最低限のことができてたら、あとは気持ちがあれば上手になるから”って。

“笑顔で試合しておいで、試合を最高に楽しんでおいで”って僕自身が言えるようになってから、結果が出るようになってきた気がします。本当に最近ですけどね。


写真:松生瞬(松生卓球道場)/撮影:ラリーズ編集部

――変化するきっかけがあったんですか。
松生瞬:朝から晩までここにいるようになって。週1回来てくれるお客さんが“畑で採れたから”って野菜を持ってきてくれたり、新商品をお店に置いたら、ほな私買ってくわって買ってくださったり、ケーキを子どもたちに差し入れに持ってきてくださったり。

こうやって回ってるんやなっていうことが身に沁みてわかってきたんです。

人に感謝できるようになってくると、全部がうまく回るようになりました。

ああ、僕はもっと早く気づけば良かったなという思いもあって、子どもたちには“周りの人への感謝の気持ちを持ちなさい”と常に言っていますね。


写真:取材中にも「伯藤久庵」のチーズケーキの差し入れが/撮影:ラリーズ編集部

――ところで、それまで長く会社員を続けながら、去年42歳で卓球場を継いだのはなぜなんでしょう。
松生瞬:父が体調を崩して、道場に来られなくなってしまって。

まずは、僕が会社にお願いして定時で上がらせてもらって、道場で教えるようにしました。23時くらいまで教えてから、そこから会社の仕事をするようになって3ヶ月くらい経つと、周囲から“痩せたね”と言われようになり、僕自身もちょっと疲れが溜まってきていて、これはマズいなと。

そこから嫁さんを説得して(笑)、卓球場を継ぐことにOKをもらった感じです。

――会社員を辞めることへの葛藤はなかったんですか。
松生瞬:いつかは継ごうと思っていましたから。それまでもずっと夜と土日は手伝ってきましたし。

ただ、会社員のままいれば、給料も上がってきてボーナスも楽しみになる年齢じゃないですか(笑)。“そもそも俺、給料あるんか”と思いつつ、決めました。


写真:松生瞬(松生卓球道場)/撮影:ラリーズ編集部

――指導者としては、なにか変わりましたか。
松生瞬:そうですね。自分がサラリーマンコーチだから、という気持ちは、戸上や前出を育てているときもどこかにありました。

本当は帯同してあげたいのに、僕の仕事で帯同できないときも結構あって。

今は練習試合に行ったり来てもらったり、というのが頻繁にできるようになったことは、大きいかもしれないですね。


写真:松生卓球道場の練習風景/撮影:ラリーズ編集部

――今はどんなスケジュールですか。
松生瞬:朝は9時半からレッスンが始まって、夜11時くらいまでここにいます(笑)。

でも会社員の頃より、いい疲れなんです。手探りながら、どうやったらみんなに喜んでもらえて、助けてもらえて、自分が思った方向に突き進めるか、なので。


写真:松生瞬(松生卓球道場)/撮影:ラリーズ編集部

安い料金設定の理由

――子ども教室、月謝3,000円ですか。料金、相当安いですよね。
松生瞬:田舎はこんなものだと思ってます。

これでも、去年7,8月から電気代があまりに高くなり、10月にちょっとだけ値上げをさせてもらったんです。これ以降絶対に値上げをしないためにどうしたら良いかと考え、津市内の企業さんを中心にスポンサーのお願いに回りました。

僕自身が前職で営業だったこともあるのか、快く応援していただける企業さんも見つかって、ありがたい限りです。


写真:松生卓球道場の料金表/撮影:ラリーズ編集部

――実績からすると、アスリートコースなどを作る方法もあると思いますが。
松生瞬:卓球を中学校から始めた子が強くなる機会を失っちゃうなと思うんです。僕はそこはまとめて見たいんです。
卓球好きな子やったら、みんなで助け合いながら頑張ったら、みんないい結果に繋がるって方向に持っていきたいんです。

なんかカッコいいこと言ってますね、実際はできてるかどうか(笑)。

ただ、本当に、みなさんに助けてもらってるだるだけなので、子どもたちには“結果で恩返ししよう、結果がダメでも喜んでもらえる試合をしよう”と言ってます。


写真:気持ちを込めて試合をする松生悠飛/撮影:ラリーズ編集部

地方でもできるんだ

――三重県の卓球、その地元への思いが強いですね。
松生瞬:全国の卓球場さんに比べても、まだまだです。三重県自体も、もっとレベルアップしていけると思っています。

ただ、「地元にいても強くなれるんだ」ということが証明したいという気持ちはありますね。松生卓球道場は、都会の有名クラブに負けずに、“日本一安く、日本一の選手が生まれる卓球場”を目指して(笑)。


写真:松生卓球道場/撮影:ラリーズ編集部

取材を終えて

「私も、こういうところに子どもを預けたいなと思いました」同行した卓球未経験のスタッフがポツリとつぶやくほど、そこはアットホームで雰囲気に包まれていた。

お昼も回ったので、前日の全農杯全日本ホカバ三重予選会で初優勝した水野宙・路歩兄弟に、卓球道場の食堂で、副賞の松阪牛カレーを同じく副賞の三重県産米「結びの神」のご飯で食べてもらった。


写真:三重予選会のカブ男子優勝の水野宙(写真左)、バンビ男子優勝の水野路歩(写真右)/撮影:ラリーズ編集部

「お肉が美味しい」「僕はおにぎりのほうが好き」


写真:ペロリと松阪牛カレーを完食する兄/撮影:ラリーズ編集部


写真:三重県産米「結びの神」で握ったおにぎりのほうが好きだった弟くん/撮影:ラリーズ編集部

「無理しなくていいぞ、残ったぶんは先生が食べるから(笑)」

優しく見守る松生瞬さんの表情を見ながら、卓球と同じく卓球場もまた、人間性を表す鏡なのだと実感した。


どうもありがとうございました、また全農杯全日本ホカバの会場で!

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