写真:岸田クラブ代表の三木朋子さん(左)と父の故・岸田晃さん(中央)/撮影:ラリーズ編集部
卓球インタビュー 長﨑美柚らを輩出 神奈川の名門卓球場・岸田クラブ コロナ禍で創設者の父を亡くした次女と仲間の奮闘物語
2024.07.14
神奈川県のジュニア世代育成を牽引する卓球クラブ、岸田クラブ。
長﨑美柚(木下グループ)や、町飛鳥(ファースト)、三木隼(愛工大)、中野琥珀(野田学園中)らクラブ卒業生は、各カテゴリーの日本トップレベルで活躍を続けている。
卓球場の創設は、約35年前。
中学校の教員であった岸田晃さんが、卓球を始めていた自分の娘たち(三姉妹)を練習させるため、藤沢市の自宅隣に卓球場を建てた。
写真:神奈川県藤沢市にある岸田クラブの拠点・岸田卓球場/撮影:ラリーズ編集部
写真:岸田卓球場/撮影:ラリーズ編集部
思ったより、狭い。
しかし、ここから今年の全農杯全日本ホカバ神奈川県予選も、代表19人枠中、実に9人の子どもたちが、神奈川県代表の切符を掴み取った。
写真:今福瀧司(岸田クラブ)/撮影:ラリーズ編集部
どこに秘密があるのか。
「縄跳び1,000回してから練習する」という都市伝説は、本当なのか。
クラブ創設者・岸田晃さんの次女で、現在のクラブ代表・三木(旧姓:岸田)朋子さんに話を聞いた。
写真:三木朋子(岸田クラブ代表)/撮影:ラリーズ編集部
このページの目次
妹とのダブルス登録がきっかけ
妹(岸田聡子:日本生命レッドエルフコーチ)が中国留学時代に、全日本に私と一緒にダブルスに出よう、じゃあ協会登録を、というときに「岸田クラブ」という名前で登録して。ダブルスだと、苗字とクラブ名で4つ岸田が並ぶのはどうかなと思いましたが(笑)。
その頃、知り合いのお子さんを父が少し教えていたので、一緒に「岸田クラブ」で登録して、というのが最初です。
写真:輝かしい岸田クラブの全国での戦績/撮影:ラリーズ編集部
でも、クラブらしい形になってきたのは、長﨑(美柚)が通い始めた頃から、この10年ちょっとだと思います。
それまでは、中学教師の父は小学生の試合にも行けないことも多かったので。
あと、同じことでも、自分の親の言うことは聞かないけど、人の親の言うことはよく聞いたりしますから(笑)。
写真:球出ししながら声をかけ続ける「打ち終わりどこ?」」三木朋子(岸田クラブ代表)/撮影:ラリーズ編集部
意外に狭い卓球場
台が限られていて、小学生と中学生の時間を分けるので、他のクラブさんと比べて練習時間は短いと思います。
小学生は、平日の月水金16:30-19:00、火木は強化の子が18:00-21:30まで。土曜13:00-18:00、日曜が08:30-13:00ですね。
写真:濱田峻(岸田クラブ)/撮影:ラリーズ編集部
今の時代なので、中学生も部活だけじゃ練習が足りなくてやりたいという子も結構多くて。本当は、平日夕方に初心者の子を受け入れる時間も作りたいんですけどね。
なので、ホカバ神奈川代表になるような子たちは、クラブ以外にも家庭や公共の体育館でも、個人練習している子が多いですね。
写真:今福櫂司(岸田クラブ)/撮影:ラリーズ編集部
ただ、クラブ全体でみんなでやる練習と、例えば家族と個人的に課題を克服する集中練習をしたりというのも結構大事かなと思っていて、その意味でも、保護者の方の力があって成り立っているクラブです。
写真:村守夏帆(岸田クラブ)/撮影:ラリーズ編集部
卓球場が保育園みたいな頃から
特に今の5,6年生はバンビ台2台出して、卓球場が保育園みたいなときから始めたので、この一年で、子ども同士でずいぶん良い練習ができるようになってきたなあと思います。
それまでは大人が相手しないと、子ども同士だとゲームは一生懸命できるけど、決まった練習は成立しなかったので。
大きくなってきて、良いボールが打てるようになってきましたね。
でも、代表になれなかった子も、普段の練習よりも頑張っていたので、それが嬉しかったです。
写真:岸田美音(岸田クラブ)/撮影:ラリーズ編集部
代表になろう、外でも勝とうと思っている子は、目標があるので頑張れるし、卓球が好きでもそのイメージがない子は難しい面はありますね。
本当だった「縄跳び1,000回してから練習」
小学5,6年生だと、前跳び・後跳び500回ずつ、あと二重跳び500回やりなさい、と言ってます。幼稚園くらいからやってると、みんなできるようになりますね。
コーチの村守さんたちが長﨑たちにさせたのが最初です。縄跳びは、狭いところでも、天候関係なくひとりでもできますし、試合会場で待ってる間にやるのも良いです。
写真:村守結仁(岸田クラブ)/撮影:ラリーズ編集部
保護者の皆さんが自分の子だけでなくて、クラブの他の子も強くしようとしてくれるので、その手厚いサポートのおかげです。
村守さんや町さんはじめ、父の代からずっとみなさんに支えていただいていて。
写真:孫を指導するコーチの村守正さん、息子は元世界ジュニアダブルス1位の村守実/撮影:ラリーズ編集部
写真:コーチの町浩隆さん 息子・町飛鳥も岸田クラブ出身/撮影:ラリーズ編集部
コロナ禍で亡くなった父・岸田晃について
いま5年生のうちの娘が小学校2年生で初めて全日本ホカバに参加して神戸から帰ってきた翌日、父が発熱して。
大丈夫だよって本人は言ってたんですけど、同じ家に住んでいたので、私たち一家もみんな罹ってしまって。家の中でもLINEでやり取りするような感じだったんですけど。
1週間くらいで入院、発症して1ヶ月経たないくらいで亡くなりました。73歳でした。
卓球場にも罹った子がいて、中3の県大会に繋がる大会にも出られなくしてしまった子が何人もいたので、父もそうなんですけど、クラブとしてかわいそうなことをしてしまったなと思っています。
写真:卓球場に飾られた岸田晃さんの写真/撮影:ラリーズ編集部
釣りとスーパーと卓球場くらいしか行動範囲がなかった人がコロナに罹って、ずっと仲良くしていただいた方たちにもお会いできず、申し訳なかったなと。
写真:三木朋子(岸田クラブ代表)/撮影:ラリーズ編集部
卓球場の壁に「感謝」とあるように、何事にも感謝しようと。卓球は相手がいないと成立しない、ここでやれることは当たり前じゃないんだよ、常に相手にも仲間にも家族にも感謝しようという父の考えは、大事にしています。
写真:三木梢愛(岸田クラブ)/撮影:ラリーズ編集部
「勝つ喜びを伝えようとしていた」
指導の出発点が部活動なので、強くはしたいけど、勝ちたい子はみんなちょっとでも勝てるようにしてあげたい、満足させてあげたいという人でした。
写真:神田暖太(岸田クラブ)/撮影:ラリーズ編集部
中学から始めて卓球部に入る子のなかには、運動能力が高くない子も多いです。
それでも勝ちたいという子に父は、異質ラバーに変えてこういう戦術で、と、中学校の部活という限られた時間の中で、勝つ喜びを伝えようとしてました。
小さい頃からたくさん練習して、高校・大学できちんと勝てる選手に育てようという、私たちや他の卓球場のコーチとは、少し違った気がします。
その子なりの目標を達成させることも大事で、その役割を父がやってくれていたので、父が亡くなってから、私たちもそういうことも考えないとね、と主人とも話しています。
写真:岸田クラブの子どもたち/撮影:ラリーズ編集部
三木尚さん「良い練習はどんどん取り入れる」
朋子さんの夫・三木尚さんの存在も、いまの岸田クラブにとって、大きい。
尚さんも、かつてリコー卓球部でプレーした経験を持つ元実業団選手だ。
長男・三木隼(現在、愛知工業大学)のバンビの部3位を契機に、岸田クラブの指導に関わってきたが、岸田晃さんが亡くなった後2023年12月、安定した会社員を辞め、本格的に岸田クラブでの指導に入った。
写真:三木尚(岸田クラブ)/撮影:ラリーズ編集部
でも、厳しいとは思います。せっかく大事なお子さんを預けてくれているのだから、少しでも強くなってもらいたいですし。
子どもたちがこの岸田クラブに来ている意味を考えるんです。
少しでも、県で、全国の試合で、勝ちたいと思う子が来ていると思うので、やっぱりニコニコ笑いながら練習するだけでは、その目標に到達できない。
そのお手伝いが多少なりともできていれば良いな、と思ってます。
写真:三木尚(岸田クラブ)/撮影:ラリーズ編集部
私の目で見て、この練習いいな、岸田クラブに合いそうだな、と思ったら子どもの練習に取り入れながらやっています。
私も、カメラ3台持っていって撮らせてもらって(笑)。
写真:三木尚(岸田クラブ)/撮影:ラリーズ編集部
小学生は自分で練習を考えることが難しいので、まさにこれを岸田クラブで、もう少しアレンジして指示を出していけば良いのではと思い、取り入れました。もちろんレベルによってですけど、だんだん子どもたちもこなれてきています。
写真:三木梢愛(岸田クラブ)/撮影:ラリーズ編集部
昨日のホカバ予選も、子どもたちが良い成績を出して喜んでいる姿は、他に代えがたい喜びを感じますね。
あと、子どもに伝わったとき、嬉しさを感じます。
大人がいろいろ言っても子どもに伝わらないことも多いんですが、会話を続けていくと子どもが理解してくれる瞬間があって、それが嬉しいです。
取材を終えて
「こないだも、父の中学校の教え子だったという30代の人が、クラブにわざわざ練習に来てくれて」嬉しそうに話す朋子さん。
「卒業した子が、顔見せに行こうかなって思う場所でありたいんです。その間は続けていこうかなって」。
教育者だった父・岸田晃の遺志は、この卓球場で過ごした、ひとりひとりの胸に今も息づいている。
写真:全農杯全日本ホカバ神奈川県予選の副賞みかんジュースで乾杯/撮影:ラリーズ編集部
写真:岸田クラブの子どもたち/撮影:ラリーズ編集部