「どうせ無理」を超えろ すべての挑戦者たちへ【Rallys×VICTAS#3 松下浩二】


取材・文:武田鼎(ラリーズ編集部)

挑戦を決意した時、松下浩二の頭の中には決まって“映像”が思い浮かぶ。卓球プロ・アマ混合リーグである「Tリーグ」の着想も同様だった。「大きなスタジアムに地元の人がみんな集まってチームのフラッグを振って…。1本のスマッシュに歓声を上げる」。そんな光景を夢想した。2010年のことだった。

待っていたのはネガティブな声ばかりだった。

無理に決まっている」「辞めといたほうがいい

だが、逆風が吹き始めてからが松下の本領だ。

思えば松下の歩んできた道そのものが逆風の連続だった。日本卓球界で初のプロ宣言、ドイツ・ブンデスリーガへの参戦、引退後のヤマト卓球の社長への就任…。「何か挑戦するたびに『そんなのできるわけない』と言われ続けてきた」。松下は吹きすさぶ逆風を正面から受け止め、結果を出してねじ伏せてきた。

事実、プロ転向後はブンデスリーガでチャンピオンズリーグを制し、経営者としてヤマト卓球を順調に成長させた。「ある意味その象徴がVICTAS。とにかくカッコイイ、ワクワクする卓球アイテムを作りたいと思ったんだ」ときっかけを明かす。

新しいブランドを作っても売れるわけない」。案の定、反対に遭ったが気にせず突き進んだ。「いきなり売れる商品なんてあるわけない。チャンスを狙ってリスクに飛び込んでいかないと進化はない」。松下が込めた願いは「今日は負けても明日は絶対に勝つ」。だから「VICTORY」+「明日」=VICTASだ。今では「経営者としてネガティブな言葉を聞くと逆に嬉しいくらい。だってそこにはチャンスがあるってことだから。だからまだまだ“尖り続け”るよ」と不敵に笑う。

荻村伊智朗から伝えられた「たった一言」

一般的に「アスリートと経営者は真逆の仕事」と言われる。かたや心身を研ぎ澄ませ孤独に高みを目指し、もう片方は社員を束ねて事業を成長させなければならない。松下はまったく異なる2つの領域で戦い続けてきた稀有な存在とも言える。

なぜ松下はこれほどまでに挑戦を続けるのだろうか。その原点には卓球界のレジェンド・荻村伊智朗の言葉がある。1994年、ナショナルチームの合宿に荻村が訪れたときのことだ。当時の松下はプロ宣言をしたばかりで気力・体力ともに充実していた。並み居る選手たちを前に荻村は開口一番こう尋ねた。「君たち、一番大切なものは何か」。当時の日本代表メンバーは口々につぶやく。「サーブかな…」「スマッシュかな…」。戸惑う選手たちを前に“生ける伝説”は静かに断言した。

「命だ」

松下を雷に打たれたような衝撃が襲った。

今でもはっきり覚えている。シンプルな言葉だけど凄まじい説得力だった」と振り返る。戦後、焦土と化した日本から世界トップクラスに上り詰め、世界選手権で12個の金メダルを獲得した荻村の言葉だからこそ重みが違った。「命、かぁ…」自問自答する松下。現役時代からぼんやりと感じていたことを言い当てられた気がした。「プレーでも同じ。守りに入った途端に負ける。世界ランキングや代表でのポジションとか保身を考えたらもうダメ。成長は止まる」。

さあ、挑戦を続けよう

どんな挑戦でも死ぬことは無い」。そんな気持ちでアスリートとして、経営者として常に“攻め続けて”きた。その集大成と位置づけるのがTリーグだ。「個人の選手に依存していては立ち行かない。リーグを作って、全体のレベルを上げていかないと。何としても中国に追いつき、追い越したいんだ」。一転して口調が熱を帯びる。普段は物腰柔らかだが根はアスリートだ。

松下はすべての挑戦者たちをこう鼓舞する。「今、日本全体がリスクを避けるようになっている。でもそれってもったいないよ。失敗してもゼロになるだけ。また戦い始めよう」。

松下の頭の中で描かれる卓球界の未来とは。その先をもっと見てみたい。

※本記事はVICTASの社名・ブランド刷新に伴うRallys×VICTASコラボレーション企画として、VICTASブランドブックより寄稿頂いております。

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