卓球×インタビュー 【#1森薗美月】“初めて打った時、血が騒いだ”。卓球一家「森薗家」に生まれて
2018.07.04
取材・文:佐藤俊(スポーツライター)
中目黒卓球ラウンジ――。
中央に卓球台が置かれたオールドスタイルの店内。古き良き時代の空気が漂い、映画「ピンポン」の“チャイナ”こと孔文革が身につけていた辻堂学院のレプリカユニフォームが飾られている。少しそわそわした様子でこの場所を訪れたのが「プロ卓球選手」の森薗美月だ。森薗は2018年4月、プロへの転向を表明したばかり。ヘアメイクの最中から森薗への取材は始まった。22歳を迎えた森薗は、少し緊張が解けたように微笑む。
「ヘアメイクってテンションあがりますね(笑)」
屈託のない笑顔はまだあどけなさを残す。ただ、瞳にはアスリートとしての意志の強さが宿る。
古今東西、強い選手は数多いる。だが“華”のある選手はごく一握りだ。
“強さ”が練習の積み重ねによって獲得していくのに対し、“華”は生まれつき備わっているものなのだろう。そういった意味で、森薗には“華”がある。
「美月という名は祖父が芸能人にもなれるようにとつけてくれたんです」
芸に秀でた人間になってほしい――。祖父の願いが込められた名前は、卓球界で輝きを増しつつある。「負けず嫌い」だった少女はいかにしてプロ卓球選手へ“羽化”したのか。波乱万丈の軌跡を追う。
卓球一家「森薗家」に生まれて。必然だった卓球との出会い
森薗は“その瞬間”がくるまで毎日習い事に通う“普通の”女の子だった。
クラシックバレエを4歳から始め、同時期にピアノも始めた。さらに絵画、英語、算数、水泳教室にも通った。特にバレエは通っていたバレエアカデミーの先輩が宝塚歌劇団に入ったこともあり、森薗自身も「宝塚にいきたい」と思うほどのめり込んだ。母も内心は、将来はダンスや舞台の世界に進むことを願っていた。
だが、幼稚園の年長、”その瞬間”が訪れる。
正月休みにいとこで4歳上の美咲と1歳上の政崇が森薗の住む松山にやってきた。2人の卓球練習に森薗も一緒についていった。
そこで政崇と遊びで卓球を始めたときのことだ。4cmの白球がラバーを柔らかく弾いた。森薗は“その瞬間”のことをいまだに覚えている。
「血が騒いだ」と。森薗は自宅に戻るやいなや「卓球やりたい!」と父・稔に訴えた。
森薗の訴えに父は困惑した。
父・稔は、中学から卓球を始め、サンリツでプレーした元選手だった。双子の弟・誠も元卓球選手であり、その娘・美咲と息子・政崇が厳しい指導を受けているのを目の当たりにしてきた。娘・美月が卓球を始めれば、親子を超えた厳しい関係を築かなければならなくなる。
辛い思いを一人娘にはさせたくない。そんな思いから積極的に卓球に触れさせることをしてこなかったのだ。だが、森薗家に流れる卓球の血には抗えないのか、娘は眼を輝かせて「卓球」を求めてきた。
「本当に卓球をやるならバレエか、どちらか1つにしなさい」
父の厳しい言葉に森薗は戸惑った。
両親に相談すると「自分で決めなさい。私たちが言うと、後から私たちのせいにするでしょ」と言われた。
それから3か月間、悩みに悩んだ末、決断を下した。
「私、卓球をやる」
そうと決まれば動きが早いのが森薗らしさだ。バレエを始めすべての習い事を辞め、卓球に絞った。学校は愛光幼稚舎から愛媛大教育付属小へ進む予定だったが、近所の小学校に変更した。森薗が通う「清水クラブ(現:池内卓球道場)」は今治市にあり、片道1時間半ほどかかってしまう。学校が終わってすぐに練習に打ち込むための転校だった。
清水クラブでの練習初日、父は一人娘にラケットを手渡す際、こんなやりとりがあったのを今でも覚えている。
「美月、将来、何になりたい?」
「世界チャンピオン」
ラケットを渡す前、こう念を押した。
「分かった。今までのお父さんは優しかった。でも、このラケットをもらうと絶対に嫌いになるよ。厳しいけど、いいの?」
「いいよ」
森薗は、ラケットを受け取った。
その時は卓球に対する父の厳しさがどれほどのものかまだ分かっていなかった。ただ、卓球という“道”へ入る覚悟は、6歳ながら、すでに決めていた。
森薗が通う清水クラブは「卓球が楽しいと思わせてくれる」クラブだった。卓球台にビンを置いて当てた人から帰れる決まりや試合も何勝するまで帰れないなど、子供が夢中になる要素をうまく取り入れていた。
「楽しかったですね。みんな、卓球に夢中になったし、ケンカもしたけど、すごくいい仲間と先生でした。この時に卓球が好きだという気持ちが生まれて、確固たるものになりました。それは卓球を続けていく上ですごく大きかったですね」
第2話はこちら
>>【#2森薗美月】もう卓球台捨てたい!“緑色の目”の父と迎えた、過酷な〈ガチ卓球〉
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写真:伊藤圭
撮影地:中目黒卓球ラウンジ