【卓球・英田理志#2】「自己主張」が何より大事。スウェーデンで学んだもの | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

連載 【卓球・英田理志#2】「自己主張」が何より大事。スウェーデンで学んだもの

2018.06.19

取材・文:佐藤俊(スポーツライター)

“普通”が通用しない現実。強い自己主張は当たり前

「何かを変えなければならない」。そんな思いで卓球の名門・信号器材を辞し、2017年9月にスウェーデンに渡った英田理志。スウェーデン1部リーグのスパルバーゲンでプロとしてスタートを切った。

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現地で練習を始めるとさっそく現地の洗礼を受ける。カットの練習に対応してもらえない等々、日本の“普通”が通用しない現実を思い知らされたのだ。さらに英田が驚いた経験がある。それがW杯男子シングルス優勝など華々しい実績を持つスウェーデンの“レジェンド”であるミカエル・アペルグレンが中高生たちをコーチしている時だった。

「中高生がレジェンドに向かって『違うよ』と平然と反抗しているんです。日本だとコーチの言うことは“ハイ!”って聞くじゃないですか。でも、そんなの関係ない。みんな自己主張しているんです。それは衝撃的でした」

 欧州では、自己主張できない選手はその場にいないのも同然とされる。例えば、自分が試合で起用されなければ、その理由を監督に聞きにいく。納得できなければ討論する。それは欧州では当たり前の文化だ。しかし、日本では、監督に自分の起用方法について話をすることはほとんどなく、強い自己主張は時としてワガママや自分勝手に取られる傾向にある。文句を言わずに地道に仕事するのは日本では美徳とされるが、海外のスポーツの世界では通用しない。初めて海外のプロスポーツの世界に身を置くと、多くの選手がその違いに驚く。

「自己主張の強さは驚きでした。僕は日本でサラリーマンでしたが、日本ってなんかオブラートに包まず、ストレートに言うと、悪者にされるじゃないですか。言っていることは正しいのに。でも、欧州ではガツーンと最初に衝突するんです。でも、そこで話し合ってお互いが理解できる。欧州で遠回しに何か伝えようとすると“結局何が言いたいの”となってしまうんで、僕は欧州のコミュニケーションの取り方が自分に合っていて、すごくいい」

 卓球は団体スポーツというよりも、個人競技の色合いが強い。個人競技であれば「自己主張」しなければ始まらない。スウェーデンに渡り、直面した「レジェンドへの反抗」は、欧州の流儀を理解し、自分が行動する際の規範になったという。

温かく迎えてくれたチームメイト。ジュニアのロールモデルにも


英語があまりできなかった英田だが、周りが温かく迎え入れてくれたという 写真:伊藤圭

スウェーデン人からすれば英田は、外国人選手の位置づけだ。いわゆる“助っ人”であり、自国選手以上のプレーをしないと認めてもらうのは難しい。ときには他のスポーツと同様、差別的な発言や扱いをされることもある。英田はそういう経験をしたのだろうか。

「差別とか嫌な思いはしなかったですね。むしろ、チームメイトはすごくウエルカムで温かく迎えてくれました。僕は英語がさっぱりだったんですけど、みんな助けてくれたんです。たぶん、僕が卓球のレベルの高い日本から来ていたので、多少はリスペクトしてくれたのかもしれないですね。スウェーデンの最初の世界チャンピオンであるステラン・ベンクソンのコーチが荻村伊知朗さんだったので、うちのコーチは『日本から学ぶことが多い』と言っていました。僕もチームからジュニアのロールモデルになってくれと言われて、それが仕事のひとつになっています。あと、最初こっちに来た時、コーチがアベルグレンなので、認められたい一心でかなり練習をしていました。欧州の選手は日本人の選手よりも練習量が少ないので、それを見たコーチが『頑張ってるな』と評価してくれたみたいで、それが良かったのかなと思いますね」

リーグ戦は、平日の午後6時30分にスタートする。

アウェイは、一番近くて車で2時間半程度。遠くなると南のデンマーク寄りの場所にあり、電車で6時間ほどかかる。最初の2,3試合は当日入りをしていていたが、現在は選手だけが前泊が可能になった。プロの試合であれば普通は前泊が当たり前だが、そういう部分を見ても1部リーグといえどもプロとしての環境が非常に厳しいことが見て取れる。

卓球のステータスは低い


100年に一度の天才と呼ばれたワルドナーの出身国、スウェーデンですら卓球の人気は高くないという。写真:伊藤圭

試合は体育館で開催されるが、特別な観客席はないという。

ドイツ・ブンデスリーガでは1試合1000人以上のファンが詰めかけ、熱狂な声援を送るが、スウェーデンでは多い時でも観客はせいぜい100人程度。それも簡易椅子に座って観戦するという地味なスタイルだ。試合後、高齢のファンが「今日はよかったよ」と声をかけてくれたりするが、ファンからサインや写真を求められることもあまりない。

「スウェーデンにおける卓球選手の社会的な地位は低いですね。一番はサッカーでスーパースターのズラタン・イブラヒモヴィッチがいるので、すごい人気です。アイスホッケーとかハンドボールも人気がありますね。卓球は、ワルドナー選手がいた頃は人気もあり、けっこう盛り上がっていたようだったらしいですが、今は人気もないし、試合に行ってワーキャーされることもないですね」

ただ、プロ卓球の人気は低いものの、スウェーデン人の日常生活には深く浸透しているようだ。英田はスウェーデンの多くの会社に卓球台が置いてあり、昼休みなどに楽しんでいる人が多いという話をよく聞いたという。市民レベルでの卓球普及率は高く、その点は日本とよく似ている。
 
プロスポーツとしての卓球の人気が薄いのは、いろいろ要因があるだろうが、ファンを呼ぶ環境が整備されていないのも大きい。試合会場には演出もなく、地味な興業になっており、観戦を考えられた設計にはなっていない。さらに、プロ選手としての報酬が低いのも一因だ。ワルドナークラスでさえ、当時の年俸は5万ドルから6万ドル程度と言われている。これではプロを目指す人は、なかなか現れない。

スウェーデンで感じた思いをこう吐露する。「現在、スウェーデン卓球界トップのマティアス・カールソンはアウディに乗っているし、けっこう稼いでいる感じですが、それでもサッカー選手に比べるとゼロの数が違う。卓球ってあまり知らない人が見ると、球にすごい変化があるのに、普通にミスったって感じでとられるじゃないですか。ちょっと分かりづらいですよね。もちろん大きなラリーが続くとそれなりに盛り上がります。どこの国も同じですけど、卓球の見せ方、ファンを楽しませる会場作りとか、まだまだだなって思います。そういう意味では日本は卓球の環境がいいし、チームメイトからもよく日本はいいよねって言われます」

海外でチームメイトから日本の卓球を褒められることは、英田にとって心地よいことだった。その一方で、海外から日本を見た時、それまで見えなかったものがいろいろと見えてきた。

英田理志のインタビューはこちらから

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写真:伊藤圭