取材・文:高樹ミナ/スポーツライター
ジュニア世代をけん引する女子選手のひとり、出澤杏佳(大成女子高校)はいつも気になる存在だ。フォア面に表ソフト、バック面に粒高の1枚ラバーという異色の取り合わせで独特なプレーを繰り出し、対戦相手を翻弄する。そのスタイルは唯一無二。
とりわけ全日本卓球選手権大会での活躍は目覚ましく、2019年にジュニア初女王、一般の部でも2019、2020年と立て続けに全日本ランキング(ベスト16入り)を獲得した。格上選手にも強さを発揮することから「大物食い」「ダークホース」と呼ばれることもしばしばだ。
他に類を見ない異色のラバーの使い手は果たして、いつ、どのようにして誕生したのか?
出澤本人に加え、彼女を育てた指導者の小貫美穂子コーチにも話を聞いた。
>>“幻のインターハイ”優勝候補 全日本ジュニア女王擁した大成女子高校卓球部
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全日本選手権で大暴れ
―全日本選手権での活躍には目を見張るものがあります。ここ2年の結果をどう捉えていますか?
出澤:去年のジュニア女子シングルスの初優勝は、いきなりいい成績を出せて自分でもびっくりしました。
でも、(4回戦=自身2戦目で敗退した)今年は去年より上の成績を出したいと力が入ったせいか少し緊張もして、試合の出足が悪くなってしまいました。自分から攻めないと勝てないのに守りに入ってしまって……。そのままズルズルと最後まで行って、ストレートで負けてしまいました。
もっと途中で切り替えて自分の流れにできれば、もうちょっといい試合ができたかなって、本当にショックでした。
写真:全日本選手権でプレーする出澤杏佳/撮影:ラリーズ編集部
―それでも一般の部では、東京五輪代表の平野美宇選手と5回戦で対戦し、ゲームカウント4-1で勝利しました。
出澤:ジュニアの部で本当にダメな試合をしてしまって、逆に開き直ったというか。せっかく平野選手のような強い選手と試合ができるんだから、結果よりも一本一本、楽しく打とうという気持ちで、思い切ってできたのが良かったと思います。
平野選手のドライブボールは速くて回転量も多いんですけど、自分は相手の回転を利用するのが得意なので、やりやすいタイプではありました。
初対戦というのも良かったんだと思います。でも、マッチポイントまで「こんな強い人が相手なんだから、逆転されて当たり前」という感じでしたし、次に平野選手と試合をするときは対策されると思うので、また全然違うと思います。
写真:全日本を振り返る出澤杏佳/撮影:ラリーズ編集部
―出澤選手といえば異質ラバーの中でも非常に珍しいフォア表、バック粒高というラバーをお使いですが、いつからなんですか?
出澤:初めて使ったのは小学1年生の冬です。卓球は小学1年生になったと同時に始めて、最初は裏裏(フォア面、バック面ともに裏ソフトラバー)だったんです。
中学生の時に卓球をやっていたお父さんが大人になってまた趣味で卓球を始めて、2歳上の兄もやりたいと言い出したので、私も一緒にスポーツ少年団に入ることになりました。私はやりたくなかったのに、両親が習い事をするなら兄妹一緒の方が送り迎えが楽だからという理由でした。
入門初日に新品ラバーびりびり事件!?
―なぜ異質ラバーに替えたんですか?
出澤:小学1年生の12月に「日立大沼卓球」に入ったのがきっかけです。そこでコーチをしている小貫美穂子先生と私の母が昔からの知り合いで、クラブに入ることになりました。
でも、入ったその日に小貫先生にいきなりラバーをびりびり剥がされて(笑)。せっかく新品の裏ソフトラバーを貼っていったのに、フォア面に表ソフト、バック面に粒高を貼られました。
写真:異質ラバーを扱う出澤杏佳/撮影:ラリーズ編集部
―笑って話してますけど、なかなか衝撃的ですね。
出澤:びっくりしました。でも、自分はラバーのことなんて何も知らないし、両親も母は卓球経験がなくて、父にしても中学の部活でやっていた程度なので、よくわからなかったんです。だから誰も「なんでこれなんですか?」って聞くこともなく、表ツブ(フォア表、バック粒高)で練習してました。
写真:Tリーグでも活躍する出澤杏佳/撮影:ラリーズ編集部
―そのラバーでちゃんと打てました?
出澤:いや、全然。それまで裏裏で結構打てるようになっていたのに、全然ラリーが続かなくなっちゃって。
「なんでこんなラバーでやらなきゃいけないの?」って、楽しくなくなりました。もともとクラブには異質ラバーの人が結構いるんですけど、表ツブはさすがに自分だけでした。
師が異色のラバーを授けた理由
―小貫先生、なぜ出澤選手のラケットにフォア表、バック粒高という珍しいラバーを貼ったのですか?
小貫:彼女のプレーを見てびっくりしたから。「あんなに真っ直ぐ突っ立って、ボールを打つ人がいるのか?」って。
膝がまるっきり曲がっていなかったんです。それでラバーを見たら裏裏だった。新品だったけど、おかまいなしにべりべり剥がして、今のラバー(フォア表、バック粒高)に変えたんです(笑)。
だって、ドライブマンは足が肝心ですからね。突っ立って打っている人にドライブはかけられない。その点、表ツブなら突っ立ってボールを受けても変化で返せるんじゃないかという単純な発想でした。
写真:出澤を育てた小貫美穂子氏/撮影:ラリーズ編集部
―まだ卓球を始めて間もないし、ドライブを教えようとは思われなかったのでしょうか?
小貫:ドライブはかけられませんよ、この人の足では。
―なかなか手厳しいですね。つまり、その子に合ったプレースタイルを見極めるということでしょうか?
小貫:もちろんそうです。うちのクラブには異質の子が多いんですけど、足がいい子は裏裏ですよ。
みんな「表ソフトはドライブがかかりにくい」って言うけれども、私の考えは違って、表ソフトのドライブボールというのは受ける相手がやりづらいんです。逆転の発想で表ソフトでドライブをかけた方が、中途半端な裏のドライブなんかより相手は打ちにくいと考えています。今の時代は裏でパワーのあるボールを打つというのが主流ですけどね。
写真:出澤について話す小貫コーチ/撮影:ラリーズ編集部
バック面が1枚ラバーなのはなぜ?
―異質ラバーで結果が出るまでどれくらいかかったんですか?
出澤:小学2年生の春、ホカバの県予選で優勝したから、3、4カ月かな。
―えっ、それは早いですね。
出澤:全国的に見て茨城県のレベルがそんなに高くないというのもありますけど、それを機に「このスタイルでいいんだ」って思い始めました。
写真:出澤杏佳/撮影:ラリーズ編集部
―出澤選手のラケットはバック面が1枚ラバーというのも特徴的ですが、そうするメリットはあるのでしょうか?
出澤:1枚って、謎ですよね(笑)。感覚的なものかな。「カーン!」って、いい音がして打ちごたえがある感覚が自分に合っています。
日立大沼卓球で本格的に卓球を習い始めたときからこのラバーだし、この組み合わせ(=フォア表、バック粒高の1枚ラバー)しか自分の納得できる球が出せないというのがあります。
実は小学3、4年生のとき、バック面にスポンジを入れてみたこともあるんですけど、打球が不安定になってコースコントロールもちょっと難しく、打ったボールがどこに入るかわからないという感じでした。だから、やっぱり1枚がいいなと。
写真:世界選手権1次選考会での出澤杏佳(大成女子高)/撮影:ラリーズ編集部
―粒高なのに、ちょっと弾いているイメージもありますよね。
出澤:はい、粒高にしては変化が少ない感じなので、どちらかというと弾いて攻撃して、たまに変化でも攻撃できるイメージです。
―出澤選手は守備もいいですけど、ミスを少なくする練習はしているのでしょうか?
出澤:小学生の頃から、練習でも絶対にミスをしないと決めていて、ただ漠然とボールを打つということはありませんでした。たとえ練習でも「この人に点数を取られたくない」と思って。
基本、のんびりしているけど、結構負けず嫌いです。小貫先生からも「ミスをするな」としか言われていなかったので、技術とか、細かいところはあまり意識せず、シンプルにミスをしないよう心がけていました。
(>>挫折を乗り越えた「負けじ魂」で世界へ 唯一無二のプレースタイル、出澤杏佳 に続く)