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2019.01.02

【卓球・松平賢二#4】“29歳で掴んだ好機”と”意外な23時の電話”

写真:伊藤圭

同世代に水谷隼というスーパースターを横目に地道な努力でポジションを築いていった松平賢二。着実な努力は裏切らなかった。進級するにつれ、青森山田に欠かすことのできない選手へと成長していった。その裏には名将と呼ばれた吉田安夫監督の存在がある。

名将「吉田安夫」が教える“戦い方”とは

日本最高峰の卓球進学校の青森山田を率いた吉田安夫監督はどんな指導をするのか。卓球好きなら気になるところだ。だが、「吉田さんからは技術を教わることはないですよ」と意外な言葉が。「技術的なところはもう部員同士で十分に教え合ってますから。吉田先生からは精神的な部分やアスリートの生活の仕方みたいな部分を教わりました」。例えば高校時代、松平は不安に駆られ、練習をしすぎてしまう悪癖があった。

「不安でとにかく練習しちゃうんです。でもそれだと逆効果なんですよ。ただやってるだけで質も伴わない」。すると吉田氏は「練習しすぎだ」とたしなめ、休息を促した。「それまで“休む”なんてこと知らなくて。普通の高校生じゃわかんないすよね」。他にも試合1時間前は消化の悪いものを控え、バナナなどを摂取しすぐにエネルギーに変えるなどアスリートとして基本的な食生活までアドバイスした。

松平賢二( 琉球アスティーダ/協和発酵キリン)
写真:伊藤圭

「特に試合で教わったのは “戦い方”ですね。相手の嫌がる間のとり方とか。なかなか覚えられないようなことを教えてくれるんです」。

荒削りだった松平のプレーが名将の手によって生まれ変わる。 “吉田流”の戦い方を身にしみて知った1試合がある。協和発酵キリンの大先輩にあたる田崎俊雄と高校1年の時の全日本選手権のシングルスで対戦した1試合だ。田崎は松平の15歳年上で、松下浩二(Tリーグチェアマン)に続きドイツ・ブンデスリーガに挑戦した当時の日本代表の中心選手。ペンホルダーながらフォアもバックも威力あるスマッシュが打てる攻撃的な速攻プレーで中国や世界の強豪から恐れられていた。経験で上回る田崎に対峙する松平に対し、吉田監督はこう耳打ちする。「徹底的にじらせ」と。

「田崎さんはペンホルダーの表っていうのもあるし、結構神経質。それを吉田さんは知っていたんです。だからサーブも1、2、3で出してたのを、1、2、3、4、5で出したりとか、1、構えてすぐバッて出したり。他にもあとタオル使えないときはもうギリギリまで靴紐結び直せ、とか。とにかく焦らしまくったんです」。格上相手にゲームオールにもつれながら勝利を手にした。卓球が上手い=勝てる選手とは限らない。“試合巧者”とは一体何かを学んでいった。

水谷隼(左)/松平賢二

水谷隼(左)/松平賢二


写真:アフロスポーツ

吉田監督の教え「分かれ目の1点」とは

中でも卓球を長く続けてきたものだけが知る「勝負の分かれ目の1点」なるものが存在するのだという。「試合の流れで取らなきゃいけない、取られちゃいけない1点があります。例えば例えば7-4でリードしてる場面で1本取るのと取られるのだと、数字のマジックで全然違う風に見える。8−4になれば倍の点差だし、7−5になると“追い上げられてる感”があるでしょ?」。

松平賢二(琉球アスティーダ/協和発酵キリン)
写真:伊藤圭

いざTリーグへ

青森山田で洗練された技術とメンタルを武器に2012年には日本リーグの名門・協和発酵キリンへと進む。全日本社会人の男子シングルスとダブルスでも優勝するなど、6年間で華々しい成績を叩き出した。

そして2018年、開幕したTリーグ・琉球アスティーダに所属する。協和発酵キリンにも籍を置く形式でのTリーグの参加だ。T参戦の話があったのは2018年2月のことだった。「『どんなもんかな』って周りから見るんじゃなくて、出れるもんなら中入って見るほうが一番いいなと思った」と率直な思いを語る。

ただ、同じチームメイトの上田仁のプロ転向、Tリーグ専属の決断には驚かされたという。

松平賢二( 琉球アスティーダ/協和発酵キリン)
写真:伊藤圭

「夜の11時位にあいつ(上田)から連絡来て、『ちょっと飲み行きませんか』って。家も近かったんで、『ああ、いいよ』って。でも“ちょっとだけ”どころか翌朝の4時まで多分喋ってたんですよ」

朝4時まで何を話したのかは明かしてくれなかった。だが、積もる話があったのだろう。振り返れば、上田と松平は共通点が多い。ともに青森山田出身で上田が松平の2歳後輩だ。そして何より、「眩しいスターが同期にいた」という点で共通している。松平であれば水谷、上田は松平健太(松平賢二の弟)という燦然と輝くスターの影でもがくように卓球を続けてきた経緯がある。

「自分は本当にやっていけるのか」と“1番星になれなかった男”たちが自問自答する中、突如立ち上がった「Tリーグ」構想。チャンスでもあり、リスクでもある。果たして上田はチャンスを取り、リスクを引き受けTリーグ専属へ。松平はどちらでもない「二足のわらじ」の道を選んだ。どちらがいいわけでも悪いわけでもない。ただ一人のアスリート、一人の男としての人生の決断だ。

29年間の松平の軌跡――。その先には、勝敗という無情な結果だけがぽっかりと口を開けて待っている。それを引き受けるのは松平自身だ。ただ、天才・水谷と比較され、もがきながらも業界の最前線に立ち続ける男の背中に卓球ファンは自らを重ねずにはいられない。

松平賢二の以前のインタビューはこちらから


文:武田鼎(ラリーズ編集部)
撮影地:協和発酵キリン卓球場

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