金沢ポートの選手が全員、なにやらお揃いの漆黒の水筒で水分補給をしている。
写真:吉田雅己(金沢ポート)/撮影:ラリーズ編集部
石川県の伝統工芸・山中塗の技法を使ってステンレスタンブラーに天然漆を塗った、オリジナルの水筒(非売品)だという。
能登の伝統工芸で知られる田谷漆器店(たやしっきてん)が監修、ステンレスなど木材以外の異素材への漆塗り技術で名高い、株式会社ウチキが制作した。
写真:金沢ポートの水筒/撮影:ラリーズ編集部
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壊滅的な打撃を受けた輪島塗業界
「事務所、工場は全壊、建設中だったギャラリーは全焼しました。いまも輪島の同業他社さんや、職人さんの自宅などで、各工程を繋ぎ合わせて作っている状況です」
田谷漆器店代表の田谷昂大さん(33歳)は、いまも続く被害の状況を明かす。それでも震災翌日、自社のHPに「諦めません、必ず復興を遂げます」と宣言したのは、“そうでもしないと、諦めそうだったから”と、当時のぎりぎりの心境を吐露した。
震災直後の田谷漆器店のInstagram投稿
水害に「心折れそうだった」
2024年4月、岸田前首相がバイデン大統領に贈り話題となった、輪島塗のコーヒーカップは田谷漆器店が手掛けた。
写真:バイデン米大統領夫妻に贈呈された輪島塗のコーヒーカップ/提供:田谷漆器店
被災地復興を企図した経済産業省からのありがたい話だったが、震災後、自前で一から漆器を作る余力は無い。それぞれの得意な工程を“オール石川”の職人が担当して仕上げた。例えば、このコーヒーカップの美しいグラデーションの仕上がりは、上塗り師の中門博氏によるものだ。
おかげで、受注を開始するや否や、サーバーが落ちるほど注文が殺到した。
“やっと復興のスタート地点に立ったかな”、輪島の人たちの生活が落ち着き始めた矢先、今度はその能登地方を記録的豪雨が襲った。
「あの水害は本当にきつかったです」再びの被災に住民の心が折れそうになりそうな頃、プロ卓球チーム・金沢ポートは参入2年目シーズンを戦い始めた。
写真:松平健太(金沢ポート)/撮影:ラリーズ編集部
山中塗の技術でステンレスにも天然漆を
さて、その金沢ポートの水筒だ。
本来は金属素材には“食いつきがよくない”はずの天然漆を、株式会社ウチキの持つ技術で、美しいステンレスタンブラーに仕上げた山中塗の製品だ。
写真:金沢ポートの水筒/撮影:ラリーズ編集部
実は、田谷漆器店が金沢ポートへの協賛を決めたのは、震災で壊滅的な打撃を受けた後だった。
写真:田谷漆器店代表の田谷昂大さん/提供:田谷漆器店
田谷さん「地域づくりにはスポーツが必要」
“その土地にスポーツチームがないと地方に人が残らない”と田谷さんは言う。
「地元のスポーツチームがあると、人が応援したり、郷土に愛を持てます。みんな熱狂的に応援しますから。地方創生には、観光資源や住みやすい場所を作ることに加えて、スポーツチームの力が必要だと思います」
写真:金沢ポートのホームスタンド/撮影:ラリーズ編集部
石川の伝統工芸の象徴として、その技を駆使した水筒を制作した。11月以降すべてのホームマッチで、選手は試合中この水筒で水分補給することを金沢ポートは約束した。
“私自身は卓球をしてこなかった人生ですが”と笑った後で、田谷さんは言った。
「私たちは能登半島の復興に向けて、金沢ポートさんは優勝に向かって、お互い地域のために尽くしましょう」
写真:徳田幹太(金沢ポート)/撮影:ラリーズ編集部
漆器は育つ
石川県の伝統工芸の技と志で作った、美しい漆器の水筒。脆く見えて、丁寧に使えば長く使えてかつ育っていくという。
手を携えて被災を乗り越えようとするこの地域と、創設2年目の小さな地域密着チーム・金沢ポートの歩みそのものである。
写真:金沢ポートのホームアリーナ席/撮影:ラリーズ編集部