"勝ちに不思議の勝ちあり" 上田仁を救った「たまたま思いついたバックサービス」 | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:上田仁(T.T彩たま、写真左)と坂本竜介監督(T.T彩たま、写真右)/撮影:ラリーズ編集部

大会報道 “勝ちに不思議の勝ちあり” 上田仁を救った「たまたま思いついたバックサービス」

2022.01.29

この記事を書いた人
1979年生まれ。テレビ/映画業界を離れ2020年からRallys編集長/2023年から金沢ポート取締役兼任。
軽い小咄から深堀りインタビューまで、劇場体験のようなコンテンツを。
戦型:右シェーク裏裏

久しぶりに客席に座った観客が上田仁に託した思いは、祈りに近いものだったのかもしれない。

男子シングルス準々決勝、戸上隼輔(明治大)-上田仁(T.T彩たま)戦。

上田仁。2020年に約一年間休養し、苦しい日々を過ごしてきた。
Tリーグに復帰後、全日本社会人での優勝などを経て、今年の全日本に挑んだ上田は、不思議なほど静かに、しかしいつも以上にクレバーな試合展開を見せ、準々決勝まで勝ち上がってきた。

上田、行け。
それぞれの自分の日々を重ねる合わせるように、観客が上田の試合を見つめていた。


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:ラリーズ編集部

「せっかくこの舞台に戻ってこれたので、楽しもうということを第一に掲げてたんですけど、やっぱり、楽しもうだけじゃ、楽しめなかったんですよね」

戸上にゲームカウント0-4で敗れた試合後、上田はベスト8まで進んだ今年の全日本を振り返った。

「でも、相手との駆け引きを楽しもうと思ったら、途中からすごく楽しくなったんです」

上田仁、新しい戦い方を見つけた全日本だった。


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:ラリーズ編集部

“勝ちに不思議の勝ちあり”

今回の全日本、上田には珍しく、勝負所でバックサービスを使っていたが、それは4回戦、濵田一輝(愛工大名電)に追い詰められた状況で、ふと思いついたものだった。

「卓球をやらせてもらえないくらい完封されていて、高校生にこんなにうまくかわされるかっていうくらい、濵田選手が強かったです。普通にやってても勝てないっていう状況のなかで、たまたま思いついたバックサービスを出したら、相手があれって感じでミスしてくれて」


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:ラリーズ編集部

「それが成長だ」

そこから挽回、ゲームオールの末、勝った。
それは、上田の長い卓球キャリアの中で初めての「不思議な感覚」だった。なぜ、勝てたのかわからない。
試合後、坂本竜介(T.T彩たま監督)にかけられた言葉で、腑に落ちた気がした。

「卓球っていうのは、そういう勝ち方があるから面白い。それが成長だ」

成長するのは、10代だけの特権じゃない。30歳の上田仁もまた、試合中にも成長する。


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:ラリーズ編集部

“レジェンド”吉田海偉に駆け引きで勝てた自信

その次の対戦が、40歳の吉田海偉(東京アート)だったこともまた、上田にとっては示唆に富んだ全日本だった。
この試合もまた、苦しい状況を打開したのは、慣れないバックサービスからの展開を含む、上田の駆け引きだったのだ。

「吉田さんと僕の試合をベテラン対決と表現したメディアもありましたが、僕と比べるなんて吉田さんに失礼です。吉田さんは、本当にレジェンドですから」


写真:吉田海偉(東京アート)/撮影:ラリーズ編集部

そう断った上で、充実の表情を見せた。

「そのレジェンドに、こういう舞台で、勢いではなく駆け引きで勝てたことはとても自信になりました。僕の卓球キャリアの中でも、とても嬉しかったし、楽しい試合でした」


写真:上田仁(T.T彩たま、写真右)と吉田海偉(東京アート、写真左)/撮影:ラリーズ編集部

準々決勝、日本の次世代エース候補、戸上隼輔にはストレートで敗退した。

圧倒的な決定打を決められても、自分は泥臭く、ねちっこく1本ずつと決めて挑んだが、及ばなかった。

「思った以上に強かったです。球に慣れるまでにかなり時間がかかりました。でも“プレースタイルが違うから勝てない”ではなく、自分にできる戦い方で勝負しようと。もう少し要所を取れれば面白くなったかなと思いますが、それも今の自分の実力です」


写真:戸上隼輔(明治大学)/撮影:ラリーズ編集部

一年休んだ経験が、試合の駆け引きに生きている

いま、相手が何を考えてるのか、自分はどうするのか。
それを考え、ゲームの駆け引きをしながら試合をしていくのが、ただ楽しかった。

「一年休んで考える時間があって、その経験は試合の駆け引きに生きているんだと思います」


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:ラリーズ編集部

選考会の切符を手にした

今回の全日本ベスト8入りで、上田は久しぶりに3月、代表選考会に挑むことになる。

「今はあんまり高い目標は掲げてない」と、浮足立つことなく、あくまで目の前を見つめる。

「吉田さんのように40歳まで現役ができるかと言われると、できない。一年一年、正直今回ボロボロだったら、来年できないかもしれない。一つ一つの試合が、自分にとっては現役を続けるために大事な一戦です」

そう言って、視線を上げた。

「でも、こういった戦い方ができるようになってくると、もう少し頑張れるかなとは思います」


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:ラリーズ編集部

「引退すると思われてるのかな」

試合後、ベンチにスコアの確認に来た審判員が上田に小さな声で「来年も出てくださいね」と声を掛けた。

「引退すると思われてるのかな」上田は、隣の坂本監督に笑顔でつぶやいた。

上田仁には「私は応援している」、そう伝えたくなる魅力がある。

卓球は、そして生活は、それでも諦めずにコートに立ち続ける者のためにあることを、思い出せてくれる。


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:ラリーズ編集部

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