写真:伊藤美誠(スターツ/日本生命レッドエルフ)/提供:T.LEAGUE/アフロスポーツ
大会報道 【徹底分析】伊藤美誠のカットマン攻略 世界トップレベルの橋本帆乃香を打ち崩した二段構えの戦術<卓球・ノジマカップ2023>
2023.06.26
<Tリーグ NOJIMA CUP2023 日程:6月17日~18日 場所:東洋大学赤羽台キャンパス HELSPO HUB-3アリーナ>
6月17日〜18日にかけて開催されたTリーグ NOJIMA CUP2023にて伊藤美誠(スターツ/日本生命レッドエルフ)は、準々決勝で橋本帆乃香(日本ペイントマレッツ)、準決勝で早田ひな(日本生命レッドエルフ)にそれぞれゲームカウント4−3のフルゲームの末勝利して、決勝進出。
決勝では平野美宇(木下アビエル神奈川)に3-4で敗れたものの、パリ五輪選考ポイント40ポイントを獲得し、選考ポイントランキング3位を維持している。
写真:伊藤美誠(日本生命レッドエルフ/スターツ)/撮影:ラリーズ編集部
1月に行われた全日本卓球選手権大会ではベスト16に終わり、一時期はパリ五輪選考ポイントランキングで7位まで落ちた伊藤だが、2023世界卓球選手権ダーバン大会(個人戦)では女子シングルスベスト8に入賞するなど復調の兆しを見せている。
一方、準々決勝で対戦した橋本は、2019世界選手権ブダペスト大会(個人戦)女子ダブルス銅メダリストであり、Tリーグ2022-2023シーズンでは11勝4敗の好成績を収めた世界最高レベルのカットマンだ。
写真:橋本帆乃香(日本ペイントマレッツ)/提供:T.LEAGUE/アフロスポーツ
2022世界卓球選手権成都大会(団体戦)準決勝では、当時世界ランク9位のカットマンであるハン・イン(ドイツ)に完勝するなど、伊藤はカットマンキラーとして知られている。
今回も準々決勝で橋本とのフルゲームの接戦を制しているが、世界最高レベルのカットマンである橋本をどのようにして攻略したのか。そこには二段構えの戦術があった。
Tリーグ NOJIMA CUP2023 準々決勝:伊藤美誠対橋本帆乃香
○伊藤美誠4-3橋本帆乃香
3-11/11-13/11-7/11-6/7-11/11-8/11-7
①(ゲーム序盤)ツッツキやストップ、バックハンドでの前後の揺さぶり
図:ツッツキやストップ、バックハンドでの前後の揺さぶり/作成:ラリーズ編集部
伊藤は最終的にスマッシュで決めるために、ツッツキやストップ、バックハンド攻撃を織り交ぜながら前後に揺さぶる戦術を実行していた。
橋本のカットやツッツキの変化に慣れず2ゲームを落とすも、第3ゲーム以降はしっかりと変化を見極め、ネット際に落とす正確なストップとバック深くへのツッツキや変化を付けたバックハンド攻撃で橋本を前後に揺さぶり、要所でスマッシュを決めていった。
写真:伊藤美誠(スターツ/日本生命レッドエルフ)/提供:千葉 格/アフロ
特に伊藤のバック面でのストップとツッツキは直前までどちらか分かりにくいうえに長短の差が激しいため、カットマンにとって返球するだけで精一杯になりやすい。
このストップとツッツキを駆使した前後の揺さぶりによって甘いカットやツッツキを引き出し、試合の主導権を握ることが出来たことが勝因の一つと言える。
②(ゲーム序盤)回転量の少ないドライブを早い打点でミドル付近へ
写真:橋本帆乃香(日本ペイントマレッツ)/撮影:ラリーズ編集部
一般的に、カットマン攻略の方法といえば、強烈な回転を掛けたドライブで相手のカットを打ち抜くことをイメージする人が多いかもしれないが、伊藤の対カットマン戦術はその逆である。
というのも、少しフラット気味で回転量の少ないドライブを早い打点でミドル付近へ送ることを起点としていた。
図:回転量の少ないドライブを早い打点でミドル付近へ/作成:ラリーズ編集部
カットマンが最も変化がつけやすいのは、ある程度回転量のあるゆっくりとしたループドライブだ。ゆっくりとしたループドライブに対しては時間的な余裕があるため、万全の体勢で自在に変化をつけたカットを送ることが可能となる。
勿論、回転量の多いドライブの勢いを殺すのは簡単ではないものの、異質ラバー(粒高や表ソフト)を使用している場合、相手の回転を利用して、より変化のついたカットで返球することが出来る。
また、いくらスピードがあっても、回転量の多いドライブに対しては、異質ラバーの性質から当てるだけで変化のついたカットで返球することが可能である。
写真:橋本帆乃香(日本ペイントマレッツ)/撮影:ラリーズ編集部
一方で、早い打点で送られた回転量の少ないドライブに対しては、変化をつけたカットで返球できない場合が多い。これは回転量の少ないボールに対しては、回転を利用することが難しいためである。加えて、早い打点で打たれると、スイングできず当てただけのカットでしか返球できない場合が多い。
こういった理由から、回転量の少ないドライブに対して当てただけではネットに掛かってしまうことが多く、返球できたとしても緩い下回転が掛かっただけの甘いカットになってしまう。
写真:伊藤美誠(スターツ/日本生命レッドエルフ)/撮影:ラリーズ編集部
加えて、カットマンに限った話ではないが、ミドル付近はフォアとバックどちらで対応するかの判断が非常に難しい。
前述の通り、時間的余裕がない状態では尚更である。伊藤はこのミドル攻め戦術で甘いカットを引き出し、スマッシュへと繋げていた。
③(ゲーム終盤)レシーブをミドルからバック側へ深くへ送る
2-2で迎えた第5ゲーム。カットやツッツキの変化だけでは点が取れないと判断した橋本は、これまでカットやツッツキで繋いでいたボールに対しても攻撃を仕掛け反撃を図っていた。
このゲーム、橋本の総得点のうち約45%(5点/11点)が攻撃での得点であり(第1ゲームは約20%)、意識的に攻撃していたことが分かる。カットだけでなく攻撃でも得点されるというプレッシャーからか、伊藤は再びカットやツッツキに対する攻撃にもミスが出てしまい、7-11で王手を掛けられてしまう。
第6ゲームも橋本優位で試合が進み、一時は1-6まで点差を広げられるも、伊藤は的確なブロックで橋本の攻撃を防ぎ第6ゲームを逆転で勝利。
その勢いのままフルゲームの熱戦を制した。
写真:伊藤美誠(スターツ/日本生命レッドエルフ)/撮影:ラリーズ編集部
実際、第5ゲームの橋本の攻撃での得点成功率(全ドライブやスマッシュの本数のうち得点した割合)は約56%(5本/9本)であったが、第6ゲームは約10%(1本/10本)に低下している。
これは伊藤の守備力に加え、ミドルからバック深くへレシーブを集中させたことで橋本に万全の体勢で攻撃させなかったことが要因の一つだと考えられる。
写真:伊藤美誠(スターツ/日本生命レッドエルフ)/撮影:ラリーズ編集部
伊藤のレシーブのコースの配分は第5ゲーム時点ではフォアサイド・約25%、バックサイド・約38%、バックサイド約38%であった。これに対して第6ゲームではフォアサイド・約10%、バックサイド・約60%、バックサイド約30%、第7ゲームではフォアサイド・約0%、バックサイド・約43%、バックサイド約57%、とミドルからバックサイドへレシーブを集中させている。
これにより、第7ゲームには橋本が三球目攻撃を失敗する場面も多く見られており(10本中4本で失点)、橋本の攻撃での得点を防ぐことに成功していた。
このレシーブコースの変更と高い守備力が、ゲーム終盤伊藤が試合の主導権を奪い返せた要因だと考えられる。
写真:伊藤美誠(スターツ/日本生命レッドエルフ)/撮影:ラリーズ編集部
まとめ
今回挙げた伊藤のカットマン攻略法は、いかにして相手に甘いカットをさせてドライブやスマッシュに繋げるかだけでなく、高い守備力とコース取りで攻撃に転じたカットマンの反撃を許さない二段構えの戦術であった。
写真:伊藤美誠(スターツ/日本生命レッドエルフ)/提供:T.LEAGUE/アフロスポーツ
ともに世界トップレベルの両者であるが、伊藤が勝利した要因は相手の戦術転換への対応力の高さだと考えられる。
次回対戦で両者がどのような戦術を見せるのか注目したい。