4季目が終わった。
ファイナルはやはり面白い。
翌日から行われたTOP32(パリ五輪選考会)と比較しても、出場する選手は同じでも、観る側の景色は全く違う。
Tリーグは「見る人を想定する」卓球の試合だ。
それが無観客であっても、少人数であっても、放送/配信の向こうにいる視線を想定することが、Tリーグの試合空間を唯一無二のものにする。
早田ひな(日本生命レッドエルフ)が、ファイナル翌日のTOP32初日後のインタビューで“疲れは残っていないか”と問われて、こう答えた。
「Tリーグの開幕戦やファイナルは、試合は1試合なんですけど、観客がいる中での独特な緊張感があるので、今日はまだ少し筋肉がこわばっている感じ」
写真:早田ひな(日本生命レッドエルフ、写真左)/撮影:ラリーズ編集部
選手と観客たちの織りなす「意識の共通性」が“観る卓球”の未来を一歩ずつ作っていくはずだ。
4季目取材を終えて感じた、個人的な提言をする。
Tリーグはもっと、ファン心理の細部にこだわるべきだ。
ひと言で言うなら、それに尽きる。
①会場演出
セミファイナル・ファイナル会場の極端に明暗をつけたライティングは必要か。
“照明と音響で非日常性の世界に”という空間演出は、特にコロナ以降の観客心理に適しているだろうか。
もっとシンプルに見やすい形で、選手とチームの表情と、試合の機微を見たい。
写真:Tリーグファイナル会場/撮影:ラリーズ編集部
その暗い会場、大きな音量で煽られる“卓球愛”への連帯感は、動員に苦しんだ今シーズンの会場で一体感を醸成してくれた反面、来季はまた別の物語が必要だ。
会場全体に、この空間を埋めなければという現場の焦りと、スポーツ興行の雰囲気って他のスポーツもこんな感じのはずという、イノセントな模倣を感じる。
4年の歳月をくぐり抜けてきたのだから、卓球にとっての華とは何なのか、卓球ファンは何を求めているのか、もっと原始的な選択肢があるのではないか。
写真:Tリーグ4季目ファイナル/撮影:ラリーズ編集部
もう少しだけ、ファイナル会場演出について細かい話を続ける。
なぜ、セミファイナル/ファイナルの試合開始直前の入場前映像で、しばらくベンチ入りしていない選手をメインで紹介する映像を流したのか。
開場中のパートナー企業の商品紹介について、パートナーとファンのエンゲージメント最大化の方法が、本当にあの形だったのか。
もし違うと感じたなら、なぜあれが3日間変わらなかったのか。
既にパートナーに約束していたからか。
だとすれば、Tリーグが始まったときに、卓球ファンたちに約束した「卓球の未来」はどこへ行ったのか。
もうコロナは差し引いてはいけない。すべての生き残りを懸けたビジネスと同じく、適応し、変化していなければならない時期だ。
②卓球観戦の本質とは
計4シーズンを通じて見えてきた、Tリーグ観戦体験の本質は何だろう。
選手のプレーと物語が、すぐ近くで実感できることだ。
そこに、個人競技でありながら、チームの姿勢や在り方に共感し、応援する文化が芽生え始めていることだ。
例えば、来季はぜひ100人以下の会場キャパでの興行も試してほしい。
イオンモールや和光市の公共劇場など、既にチーム主導で様々な場所で「卓球を見せる」流れは始まっている。
広い床面積を必要としない特性を活かし、もっと街に世間に、小さく入っていくべきだ。
動員数が少なくても、観客満足度の高い方法はいくらでもある。
そして、ファンがきちんと“自分ごと”にできる演出を行いたい。
もっと選手とチームの小さな物語を数多く提示し、共感を醸成したい。それは私たちの仕事でもある。
写真:Tリーグ会場ではファンとの距離感も1試合ずつ縮めてきた/撮影:ラリーズ編集部
③配信時代の工夫
スポーツ観戦は、不可逆的に全配信時代に入っている。
会場をどうにか埋めるという発想はナンセンスで、企業も行政も個人消費も、その種の見栄や虚像を支える方向にはもう予算は割けない。
5G映像配信の試みも続けてほしいし、実況・解説の在り方も、もっと多様な在り方を模索するべきだ。
その形では興行やマネタイズができないと言うならば、できる新しい方法を考え、試していくだけの話だ。
過渡期なのだから、時勢に合わない規定は変える他ない。
Tリーグも、コロナ以降困難を極めるスポーツビジネスにおける、ベンチャー企業の一つなのだから。
さて、来季は何だ。
パリ五輪選考のためのポイントが、Tリーグに参加する選手個人にも加算されるルールが適用される。
Tリーグが代表選考に組み込まれる以上、強化と普及、競技とエンタテイメントの両立という、さらに高いハードルが要求される。
現在のTリーグ運営の方法で、その難しい課題に臨むプロセスがファンに理解されるだろうか。
会場や配信で、チームを応援してきたファンの小さな喜びは変化を余儀なくされるのだろうか。
或いは、これまで慣れ親しんできた代表選考レースの物語に、案外すぐ馴染むのだろうか。
海外選手が来日できない状況が続いてきた中で、どうにか皆で繋いできた独自のTリーグの灯火だが、来季はさらに重い責任も背負うことになる。
写真:Tリーグファイナル入場に並ぶお客さんたち/撮影:ラリーズ編集部
④選手とファンの間に
選手は、この状況下でも熱量をもって応援を続けるファンに心から感謝している。
会場インタビューでも、多くの選手が実感の込もった感謝を伝えていた。
ただ、ややもすれば定型表現になりがちな感謝の言葉をファンに伝え続けることだけが、卓球に新しい観客を生むかというとまた別の話だ。
うまく言えないけれど、そこに私たちラリーズの仕事がある。
「面白そう、観たい」はメディアがもっと広く更新するべきで、「面白かった、また観よう」はTリーグが挑戦するべきだ。
そのためのコンテンツ制作に、私たちも挑戦する。
これからのTリーグオフシーズンにも、小さなメディア、ラリーズの伝えるべき物語がある。
例えば、優勝した木下マイスター東京と日本生命レッドエルフ、シーズン中には語れなかった葛藤も掘り起こしたい。
一方で、選手個人の物語も丁寧に掬い上げたい。
例えば、試合に出られなかったキャプテン、T.T彩たまの神巧也はどんな思いでシーズンを過ごし、いま何を思うのか。
私たちが諦めなければ、Tリーグという大きな挑戦の過程に、物語は無数にある。
写真:拍手で応援する観客たち/撮影:ラリーズ編集部
お茶を濁さない
「久しぶりにTリーグのハーフタイムにトイレに行列ができていて、嬉しかった」
本当はそんなふうに、ただ柔らかい感想を書こうと思っていた。
でも、そんな誰も傷つかないことでお茶を濁してきたから、今この過渡期を抜け出せないのだとしたら、私たちもまた変わらないといけないと思った。
さらに真剣に、もっと細部を。
来季もまた、Tリーグはいろんなことが変化していくだろう。
でも一人ずつにとってみれば、過渡期は停滞の言い訳ではなく、挑戦の理由なのだから。