今春、国際卓球連盟(ITTF)が「卓球の商業化」を前面に押し出した大会構想を発表した。その名もWTT(World Table Tennis)だ。
2021年から従来の国際大会のあり方を抜本的に見直す方針が、3月3日と4月12日の2回、ITTFの公式サイトを通じて発信された。
>>世界の卓球強豪国とは? <宮﨑義仁のワンランク上の卓球の裏側#4>
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テニスの4大大会「グランドスラム」に似たスキーム
ITTF主催大会の頂点に位置する世界選手権は現在1年おきに団体戦と個人戦が交互に開催されているが、将来的には団体戦のみ維持し、個人戦は「グランドスマッシュ」と呼ばれる4つの高額賞金大会を頂点とした大会スキームを新設する意向だ。
これはプロスポーツとしてメジャー化が進むテニスの4大大会「グランドスラム」(全米、全豪、全仏、ウィンブルドン)を意識した仕組みと言える。
写真:宮﨑義仁氏(過去2019年1月取材時)/撮影:ラリーズ編集部
突如打ち出された新構想のネガティブな側面を懸念するのが日本卓球協会、強化本部長の宮﨑義仁氏だ。
「まだ細かい点はこれから調整をしていくので分からないが」と前置きしたうえで「スポンサー集め優先の考え方で、ITTFに加盟している226の国と地域全体にとって利益がある仕組みではない」と警鐘を鳴らす。
ITTF発表の新構想「WTT」とは
3月3日のITTFの発表によれば、現行のワールドツアーやチャレンジシリーズなどの個人戦の大会は、2021年よりWTT構想のもと、新たな名称、新たな形式の大会に置き換えられる計画だという。
まず、WTTのイベントは「グランドスマッシュ」と「WTTシリーズ」という2つに大きく分けられる。
「グランドスマッシュ」はプロ卓球の新しい頂点となる大会として、年間に最大4大会を実施。「WTTシリーズ」はチャンピオンズ(TIER1)、スターコンテンダーズ(TIER2)、コンテンダーズ(TIER3)の3ランクとその年間王者を決めるカップファイナルを合わせて、年間最大30大会が行われる計画だ。
図:ITTF発表の新大会構想WTT/作成:ラリーズ編集部
念頭におかれているのは「卓球の商業化」だ。上位大会(TIER1、TIER2、カップファイナル)の参加者を世界ランキング上位から選ぶことでスター選手を確実に参加しやすくする。更にTIER1とカップファイナルの試合会場も劇場、バー、クラブ、小規模スタジアムなども選択肢に入れ、音楽やダンスも組み合わせた大会にしたいと発表している。人気選手の確実な出場とエンタメ性の向上により、スポンサーを集めやすくする方針と見て取れる。
4月12日付でITTFのディントンCEOは「加盟協会に仕える連盟としてのITTFと、卓球を商業化することを目的とする企業としてのITTFとの境界線が、より正確に描けるようになるだろう」とコメントしており、新構想にもその意図が明確に表れている。
宮﨑氏は「大会の事業性」と「選手ファーストの思想」という2つの観点で、ITTFの構想を疑問視する。
卓球大会にスポンサーは集まるのか?
大会の事業性については、まずスポンサー収入が本当に集まるのかという問題がある。
グランドスマッシュの1大会あたりの賞金総額は日本円にして最大で3億円を超える規模となる。2019年に行われたT2ダイヤモンド3大会の合計賞金総額が1.6億だったのでその約2倍の規模となる。
写真:T2ダイヤモンドマレーシア大会の様子/撮影:ラリーズ編集部
「(従来の国際大会でも)協賛を取るのに四苦八苦している。超満員になってやっとペイできるか黒字になるかという状況。お客さんが入らなかったら赤字という覚悟で毎年やっている。日本でも成り立つか分からないのに、他の国で出来るのか」(宮﨑氏)
一方で大会期間が従来のワールドツアーよりも長くなると、会場確保が困難となるうえ、そのオペレーションコストは増大する。
「開催が10日間、一週間会場を抑えるのも難しいのに、二週間連続でとれるのか。そして費用は今までの1.5倍。一方で会場が小さくてよいとなると観客は入らないので入場料収入が減ってしまう。日本の場合は、チケット金額を高くすると体育館の使用料も爆発的に高くなる」(宮﨑氏)
さらに大会スキームの変更は選手にとっても大きな影響がある。
気になる世界ランキングとの関係
卓球アスリートの立場から最も気がかりなのは、大会と世界ランキングポイントがどう紐づくかだ。現時点ではどの大会でどのぐらいの世界ランキングポイントが付与されるかが明確になっていない。そんな中でITTFは開催地の募集を開始している。
「ワールドランキングもわからないのに、どの大会を引き受けるかなんてわからない。例えばTIER3が10点でTIER1が1000点だったらTIER3なんか誰もやりません。ポイントと賞金で、ポイントの方が重要なんだという選手も沢山います。賞金は0でも構わないからそれよりワールドランキングが何ポイントもらえるかの方が重要というのが現状なんです」(宮﨑氏)
図:ITTF発表の新大会構想WTT/作成:ラリーズ編集部
また大会システムも従来と比べると世界ランキング上位が固定化されやすいルールとなっているように見える。
「年間10大会くらいが世界ランクトップの32名くらいしか出れない大会や予選会がない大会があって50位の人間がどうやって上の人間を追い越すの?これがまだグランドファイナルひと大会だったらいい。逆転ができない仕組みではそれは絶対に無理でしょう。それを考えてない。ワールドランキングのトップの選手が集まらないとスポンサーが集まらない、お金が集まらない、だからこういうルールにしたんでしょうけど、ワールドランキング100位の人、300位の人には出て欲しくないようにも見えてしまう」(宮﨑氏)
また、選手にとっては自国のリーグや国内選手権とスケジュールがバッティングしないことも重要な要素となる。
「ITTFは、全世界のプロリーグをちゃんと支えますよ、という考えがないと、各国を潰してしまいます。だからスケジュールは必ず事前にかなり早く発表しないと。ワールドツアーの開催を必ず偶数月にやってくれと。2月、4月、6月、8月、10月、12月が国際大会で奇数月に自国のプロリーグや選手権をやればバッティングしない」
世界一の加盟数は保たれるのか
現在、ITTFに加盟する国と地域は226と、スポーツ競技連盟(IF)の中で加盟協会数最大の連盟となっている。そんな世界中どこでも親しまれるスポーツである卓球が、商業化に舵を切り、ピラミッドの頂点により強い光を当てることで、崩れてしまう可能性があると宮﨑氏は懸念する。
「僕らは脈々と、戦後から卓球界に入って、卓球をこれだけ大事に育てて226というスポーツ界では一番多い加盟国を入れた、国旗を国家を謳わない、地域加盟の一番いいシステムに持ってきてるわけ。だから一番弱い国でも大事にする国際卓球連盟であって欲しい」
写真:2019年世界選手権表彰式の様子/提供:ittfworld
「226の国と地域が、本当に卓球に勤しんで幸せだよね、ってみんなが思える協会にしていかないと。1大会で何億っていうお金を追うのは、一部の人にはいいかもしれないけど、226の加盟団体が、五年経ったら192になっていた。え?なんか卓球が世界的なスポーツじゃなくなってきたよね?となる可能性だってある」(宮﨑氏)
ITTFのディントンCEOは「市場が求めているのは新しさ」とし、「選手とファンが置き去りにされていることがよくあるが、選手とファンの重要性を認識し、彼らのニーズを満たせるような新しい体制が必要。選手を中心に据え、体制を見直す時期であり、それはWTTが行っていく。ITTFは加盟メンバーや選手に注力し、ファンにはさらに明確な物語を提供していく」とコメントしている。
世界的パンデミックで全ての国際大会が中止、延期となる中、卓球の未来に関わる重大な検討が進んでいる。