<第91回全国高等学校卓球選手権大会 日程:7月29日~8月8日 場所:宇和島市総合体育館(愛媛県)>
今年のインターハイも大詰めである。
兵庫県の公立高校から出場、シングルスで3回戦まで勝ち上がり、敗退した3年生の女子選手の、とある小さな物語を紹介したい。
写真:玉山琴里(葺合)/撮影:ラリーズ編集部
病気で出られなかった去年のインターハイ
葺合高校、玉山琴里。
一昨年、高校1年時のインターハイは大会が中止だった。
昨年の高校2年時、兵庫県大会を通過した後、インターハイ約2週間前に突然、原因不明の頭痛に襲われた。物が二重に見えるようになり、左半身の痺れなどの症状も出始めた。
卓球どころではなかった。
インターハイ開幕4日前に入院、2週間の入院生活が終わったときには、もうインターハイは終わっていた。
しばらくは後遺症が続き、約3ヶ月ほどラケットを握れなかった。
「もう元の自分には戻れないのかな」不安との戦いだった。
写真:玉山琴里(葺合)とベンチに入った一二三大志監督(写真左)/撮影:ラリーズ編集部
幸い、徐々に体調は回復し、完治した今年、高校3年時でも兵庫県大会を通過した。
でも、公立高校で大学受験を考える彼女にとっては、8月のインターハイまで練習していたら、もう受験に間に合わないと思った。
ある意味で、よくある決断だ。
時間は有限なのだから。とりわけ文武両道を目指す高校生にとっては。
1週間前に気づけてよかった
県大会が終わると、勉強に切り替えた。
近畿大会前に少し練習をしたが、夏休みが始まると学校の補習に出席した。
「1週間前、久しぶりに部活に行って卓球したら、すごいボロボロで、やばいと。これは練習しないとと思って、そこで気づけたのが良かったのかな(笑)」
写真:玉山琴里(葺合)/撮影:ラリーズ編集部
最後かと思うと力が抜けた
インターハイ、蓋を開けると、まさかの3回戦まで勝ち進んだ。
1,2回戦ともにリードされる展開だったが、ミスの少ない卓球で逆転した。
「ああ最後か、と思うと、不思議といい感じに力が抜けて、気づいたら追いついてました」
写真:玉山琴里(葺合)/撮影:ラリーズ編集部
「出られただけで満足なのに、2回も勝てて、嬉しいです」
“振り返ってひと言”の質問に、去年の今頃の自分がよぎったのか、不意に彼女の声が震えた。
全部が凝縮されていた試合
彼女のベンチに入った一二三大志監督は、公立高校の教員だ。高校一年まで彼女を指導した後、勤務先の学校を異動になった。
それでもこの一年半、土日は外部コーチとして彼女を指導してきた。
「彼女自身が苦しいことを乗り越えてきた、その全部が凝縮されていた試合でした」と目を細める。
「先生の指導があったから、チームも近畿大会まで行けた。一年の頃は、厳しくて愚痴を言っていたこともありましたが(笑)、みんなも私も、とても感謝しています」
写真:一二三大志監督と玉山琴里(葺合)/撮影:ラリーズ編集部
家族は、どうだろう。
「病気のときも、ずっと励まし続けてくれました。今回の大会も、出るためにすごくサポートしてくれて。今までなんでそれに気づかなかったんだろう、と思うくらいに」
たぶん、それが成長なのだ。
「親孝行な子です」
会場に応援に駆けつけた、お父さんにも聞いてみた。
「去年の今ごろの病気のときを思うと、もう、本人がここに立てているだけで感謝です。卓球できるかどうかもわからなかったので。本人がそこからよく頑張りました。親孝行な子です(笑)」。
写真:玉山琴里(葺合)/撮影:ラリーズ編集部
大学でも卓球を続けたい
さて、これから先はしばらく勉強との戦いとなる。
「勝つのは楽しいから、大学でもこんな感じの試合をしたくて。もっといろんな人と対戦したいので、大学でも卓球を続けたいと思います」
“卓球続けようと思ったのは、最近なんですけどね”と、玉山は笑った。
ひと夏の力
みな、人生という舞台では個人戦を戦う。
それくらいのヒロイズムがなければ、どうしてこのインターハイという特別な場所までやってこれるだろう。
でも、この大舞台の眩しい光に照らされたとき、自分は決して一人ではなかったことに気づく。
1回戦で敗れた選手にだって、物語はある。
インターハイに出られなかった選手にも、もちろん。
応援する人たちだって、成長するのだ。
それがスポーツの力だ。
とりわけ、加速度的に成長できる、高校生のひと夏の力だ。
写真:玉山琴里(葺合)/撮影:ラリーズ編集部