"自立"と"責任"を軸にした指導 神栖卓球クラブ・金田隆之さん「練習は明るく元気に楽しく、時には厳しく、卓球を通して人を育て、人生を豊かに」 | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:練習の様子/提供:神栖卓球クラブ

卓球×インタビュー “自立”と“責任”を軸にした指導 神栖卓球クラブ・金田隆之さん「練習は明るく元気に楽しく、時には厳しく、卓球を通して人を育て、人生を豊かに」

2026.01.14

この記事を書いた人
Rallys編集長。学生卓球を愛し、主にYouTubeでの企画を担当。京都大学卓球部OB。戦型:右シェーク裏裏

茨城県神栖市を拠点に活動する「神栖卓球クラブ」。

地域の幼児から大人までが集まり、自由な雰囲気の中で卓球を楽しみながら成長できる場所として存在感を高めている。

指導者を務めるのは、選手として全国の舞台を経験し、実業団でも活躍した金田隆之さん。「自立」と「責任」を軸にした独自の指導スタイルで、技術の向上だけでなく、人としての成長も重視してきた。

今回は、クラブ設立の経緯から息子さんとの歩み、指導に込める思い、そしてこれからの展望までを伺った。

卓球との出会いと選手時代

――まずは金田さんの卓球経歴を教えてください。
金田隆之さん: 自宅の休憩場に卓球台があったのが、初めての出会いです。卓球台の周りでよく鬼ごっこをし、兄とボールを打って遊んでました。

小4のときから、学校のスポーツ少年団で週1回練習してました。小6のとき、のちに平野早矢香さんを指導した先生に声を掛けて頂き、クラブへ入り週2回高校まで、行ける時はクラブで練習していました。

スポーツ少年団時代の恩師への御恩は一生忘れません。同クラブだった幼少期の平野早矢香さんを指導してほしいとお誘いもありましたが、今思えば指導しておけばと後悔しています。

――試合の思い出などはありますか?
金田隆之さん: 全国大会(東京)に出場すると田舎暮らしでか弱い性格の為、緊張して上手く試合をする事が出来ませんでした。

週1回の練習で、田崎俊雄選手(アトランタ、シドニー、アテネと五輪に3回連続出場)ら強豪ひしめく栃木県内で負けたことがないのと、田崎選手がよく日本代表の方々の前で褒めてくれていたのが思い出です。

一緒に出場した全国スポーツ少年団全国大会3位が小学生の最高です。

――その後はどういう進路に進んだのでしょうか?
金田隆之さん: 高校は当時特待生で1名しかとらない作新学院に入学しました。ライバル校へは県上位選手7名入学しました。

ライバル校の監督から猛アピールもあり、これでどうやってうちに勝てるんだと言われ、1人でも勝ちますと言った事を思い出します。

高校最後の高知インターハイでは、最後くらい楽しんでやろうと思って望み、第9位に入賞することが出来ました。

インターハイでは、世界最強の金擇洙(キムテクス・韓国)に勝利した平亮太選手(現・正智深谷監督)をあと一歩のところまで追い詰められたのも懐かしいです。

――おお、すごいですね。
金田隆之さん:金擇洙に勝利した平選手に、ゲームオールまでいったことが凄いと田崎選手にも言われ、嬉しかったのを覚えています。

試合中はなぜか負ける感覚がなく、「僕なんかがスーパースターに勝っていいんだろうか」と思いながら試合してました。

最後のインターハイを見てくれていた多くの名門大学の監督さんからお声を掛けていただきました。

ただ、たくさんお金を使わせ苦労をかけた両親にこれ以上迷惑かけられないと思い、安定した一流企業からのオファーを受けこともあり、実業団でプレーすることに決めました。

――なるほど、そういう決断があったわけですね。
金田隆之さん:偉大な先輩から、あのまま大学に進学していれば、日本チャンピオンにはなれたんじゃないかと言われたこともありましたが、社会人となり、茨城県予選ではたくさん優勝させていただきました。全日本、国体、社会人、東京選手権、実業団大会と数多く出場させていただきました。

特に茨城県開催した全日本社会人大会にて、倉嶋洋介選手(元日本代表監督)に勝利し、竹谷康一選手(元日本代表)に勝てばベスト8だったんですが、残念ながら負けてしまったのも良い思い出です。

クラブ立ち上げと「自由」の哲学


写真:神栖卓球クラブの練習の様子/提供:神栖卓球クラブ

――現在運営している神栖卓球クラブを立ち上げたきっかけを教えてください。
金田隆之さん:息子が生まれた頃に「地域にそういったクラブがなかった事と、地元に根付くクラブをつくろう」と思いました。

自分の名前を名乗るクラブではなく、神栖から五輪へとの思いから卓球クラブを立ち上げました。

最初は広報誌にのせ、見てくれた来た方々が参加してくれました。1人でも来てくれれば嬉しかったのを今でも思い出します(涙)。

そこから口コミで幼児から大人が集まり、今では約50名近くのメンバーが都合に合わせて自由に通ってくれています。


写真:神栖卓球クラブの練習の様子/提供:神栖卓球クラブ

――どんなチームづくりを意識されていますか?
金田隆之さん: “自立”を大切にしています。

練習日は決まっていますが、来たい人が来て練習する。名簿も練習メニューを特に作らず、選手の状態を見て組み立てます。

ただし「ボールが簡単に入る理由」だけは全員に伝えます。フォームや性格、個性は人それぞれですが、ボールが入るには必ず理屈がある。そこはブレないように教えています。


写真:卓球台を3台用いた練習も/提供:神栖卓球クラブ

息子と共に歩む卓球人生


写真:金田侑大(清真学園)/撮影:ラリーズ編集部

――息子さんの金田侑大選手もクラブで練習しているそうですね。
金田隆之さん: はい。今は高校2年生で、お蔭様で、全日本ジュニア、インターハイ、国スポ、東京選手権にも出場しています。

進学校に通っていますので勉強中心の生活ですが、強豪選手にも互角に戦える力があります。たった一度の卓球人生ですので、同じ努力するならオリンピックを目指すくらい頑張ってほしいと思っています。

――息子さんの成長をどう見ていますか?
金田隆之さん:松島輝空くんのようなトップ選手と試合をしたこともあり、あの経験は大きいと思います。

自分もスターになる選手とはチャンスがあれば、試合をするようにして、そのレベルを肌で感じ、指導するうえでとても役に立っていると思います。

先日息子は、王永剛(元アジアチャンピオン)と練習させて頂き、違和感なく練習できていたのでこういう経験をもっと積ませてやりたいと思っています。


写真:金田侑大(清真学園)/撮影:ラリーズ編集部

金田隆之さん:また、先日行われた国スポ関東ブロック予選の対神奈川県戦では、インターハイチャンピオンでU19世界チャンピオンの川上流星選手(星槎横浜)と対戦し、1-3で敗れました。

ただ、取れた1ゲームが11-1と見せ場も作れたとは思います。

試合前に「やる事をきちんとやれば勝てるよ」と送り出し、必死に喰らいつく息子のプレーには感極まりました。

今まで親にやらされて、ただの一度も自ら練習した事のない息子がここまで出来るのだから、本気で卓球に向き合ってくれたら夢は現実になると今でも信じております。

また、幼少期からお世話になっております、アンドロジャパン様、濱川明史選手、関わってくださる全ての方々へ恩返し出来るように頑張りたいと思います。

指導で大切にしていること

――金田さんが指導で意識していることを教えてください。
金田隆之さん:一番は「自立」と「責任」です。

いろんなコーチに教わって良いのですが、ボールが入るための基礎だけは必ず理解してもらいます。私も中国の偉大な先生(劉国梁:中国卓球協会会長がお出迎えする方)とよく練習して頂きました。

社会人になってからたくさんの人間力のある卓球人と出会い今でもよくして頂いています。


写真:練習の様子/撮影:ラリーズ編集部

金田隆之さん:あるチャンピオンからは卓球は素人が教えてはいけないと言われた事があり、それから卓球とはどんなスポーツなのか考え、わかるようになりました。

卓球観が180度変わったくらい、今迄のスタイルと新たなスタイルを融合させ独自のスタイルを確立していきました。

それらを大切な子供達へ伝承する為に、クラブを立ち上げた事にもつながります。練習で愛情を持って接し、全体を親心の様に見守る様にしています。最近では子供達が伸び伸び自分表現して練習しているのを感じます。

オンとオフの切り替えを大切にし、選手が“卓球を楽しむ時間”を持てるように意識しています。


写真:神栖卓球クラブの練習の様子/提供:神栖卓球クラブ

――自立を重んじながらも、厳しさも忘れないわけですね。
金田隆之さん:はい。自立させることで責任が生まれると思っています。

ミスを恐れず挑戦して、上手く行った事、いかなかった事を常に考え、これらを繰り返すことが成長に繋がります。

チームの歩みと仲間とのつながり

――これまでで印象に残っている出来事はありますか?
金田隆之さん:選手達が、試合で究極に追い込まれ、接戦をものにしたときです。いつも感動を頂いております。

どちらかと言えば自由にやっているクラブですが、子供達が「やっぱりここに来ないと上手になれない」と思ってくれる事が何より嬉しかったです。

今では理解してくれる方々が多く、クラブ全体で“支え合う空気”ができています。

神栖卓球クラブのこれから

――今後の展望を教えてください。
金田隆之さん:最近はクラブの知名度も上がり、チームとしての一体感が出てきました。ユニフォームも揃って、大会では「神栖卓球クラブ」として試合をする選手が増えています。

私は「必ずうちのクラブで出ろ」とは言いませんし仲の良い仲間達と自由に出ればいい。でも自然と神栖の名前を背負ってくれる子がいる。それが何より誇りです。

今後も、子どもから大人までが自由に卓球を楽しめる場所であり続けたい。いつでも帰ってこれる場所であり続けたいと思っていますし、息子を含め、ここから全国で活躍する選手を育てていきたいと思っています。


写真:練習の様子/撮影:ラリーズ編集部

金田隆之さん:価値観を共有出来る素晴らしい方々に囲まれ、日々謙虚に感謝する気持ちを忘れず、ぶれることなく歩んでいければと思います。

これからの人生、卓球界へ恩返ししながらも、更なる高みを目指していきたいと考えています。

最後に、今迄沢山無駄な努力、挫折苦労をしてきましたが、それらは自分だけで十分だと思っています。

私の様な何もない処から始まり凡人ながらも工夫する事によって、エリート集団に立ち向かえる事を分かっていただければと思います。

今迄私の為に、携わって頂いた全ての方々に感謝し、この御恩を大切にしていきたいと思います。これから私が関わる全ての方へ、楽して楽しく勝てる卓球を提供していき、生涯スポーツとして、素敵な仲間達と共に卓球ライフを楽しんでいきたいと思っています。

金田隆之さんが語る“自由”は、放任ではなく「自ら考え、行動する力を育てる自由」だ。選手としても指導者としても卓球に真剣に向き合ってきた経験が、神栖卓球クラブという場所に深く息づいている。

自立と責任のバランスの中で、今日も神栖の子どもたちは白球を追い、成長を続けている。