社会人になって開花した岡田広寿「"強いおじさん"って言われ続けるように」 卓球人生を"細く長く"続ける秘訣 | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:岡田広寿/撮影:ラリーズ編集部

卓球×インタビュー 社会人になって開花した岡田広寿「“強いおじさん”って言われ続けるように」 卓球人生を“細く長く”続ける秘訣

2026.02.04

この記事を書いた人
Rallys編集長。学生卓球を愛し、主にYouTubeでの企画を担当。京都大学卓球部OB。戦型:右シェーク裏裏

東京都足立区を拠点に、社会人チーム「IMPACT」で活動。全日本社会人や全日本実業団の舞台で活躍し、20代で3段を取得、40代半ばにして現在も進化を続ける岡田広寿さん。

中学から卓球を始め、高校卒業後、社会人になってから花開いた選手だ。強豪大学に進学して練習を積める選手と比べると、高校卒業後に働きながら努力を重ねることは容易ではなかったことだろう。

岡田広寿さんに限られた時間の中で培った技術、家族との向き合い方、そして生涯現役への哲学について伺った。

卓球との出会い


写真:インタビューに応える岡田さん/撮影:ラリーズ編集部

――岡田さんの卓球歴を教えてください。
岡田広寿さん:中学1年生から始めたので、今で約33~34年ですね。地元の卓球教室で、週3回ほど習い始めたのがきっかけです。
――学生時代の成績を教えてください。
岡田広寿さん:中学3年の時に足立区チャンピオンになれました。その後、千葉の東京学館浦安高校に進学させてもらいました。

高校時代はだいたい県大会ベスト16ぐらいで、私学大会で3位になったのが自己最高成績です。あとは、全国選抜の団体戦に出させていただきました。

社会人での歩み


写真:岡田広寿さん/撮影:ラリーズ編集部

――高校卒業後のキャリアを教えてください。
岡田広寿さん:18歳で板橋区の卓球専門店に勤めて、22歳までコーチと販売業務に従事しました。その後、23歳で埼玉県にある金方堂という実業団に就職しました。

仕事は5時まで、その後に近隣の体育館で練習させていただいて、週5日以上は練習していました。当時からオープン大会も多かったので、月2~3回、年間30試合以上は出場していました。

全日本社会人については埼玉県で合計7回代表になりました。20代で5回(4回戦進出が2回)、30代で2回(34歳&35歳)です。※日本卓球協会3段取得

――社会人になって芽が出たタイミングはいつでしょうか?
岡田広寿さん:1年目は全日本社会人予選の決定戦で負けてしまったんですが、25歳で通過して、本大会で4回戦まで行くことができました。

その時に「頑張れば全国大会でも勝てるんじゃないか」という確信が生まれたんです。その頃から全日本社会人や全日本実業団の舞台でプレーし続けたいという思いを抱くようになって、日々の練習をコツコツ積み上げていきました。

具体的な実績


写真:全日本チャンピオンにも善戦/撮影:ラリーズ編集部

――格上選手との対戦について教えてください。
岡田広寿さん:20歳では全日本選手権ダブルス3位の選手に全日本東京都シングルス予選で勝ち、さらに4歳年上で関東チャンピオン経験のある実業団選手に勝たせてもらったこともあります。

24歳の時には、全日本実業団選手権にて日本リーグ1部の選手に、26歳では当時18歳のインターハイベスト16の選手に、33歳のときは全日学ベスト16の選手に勝てたことは良い思い出です。

――2024年の全日本選手権予選の3回戦では、明治大学の飯村悠太選手と対戦したそうですね。
岡田広寿さん:46歳のときですね。当時の私の記憶では、1-1の7-4でリードしていたんです。さすがに戦術を変えてきて、バックサーブを入れられたり、地力が違いました。年齢も実績も違うんですが、それでも頑張ってがむしゃらに食らいつけたのかなと思います。

飯村選手にとって私はお父様、お母様の年代ですが、会場の人も私を応援してくれていたように感じられて、嬉しかったですね。飯村選手からも「公式戦で40代後半の選手と対戦したのは初めてです」と言われました(笑)

現役の全日本ダブルスチャンピオンと試合を出来たのは光栄な事でした。

社会人になってからの進化


写真:質を意識した練習に取り組む/撮影:ラリーズ編集部

――岡田さんの練習の工夫を教えてください。
岡田広寿さん:社会人の練習時間は限られています。業務後の貴重な時間なので、質にこだわりました。

週単位、月単位で「今週は回り込みをやろう」「バックドライブをやってみよう」というふうに取り組んで、2~3ヶ月のスパンで身につけるようにしました。練習では気持ちいいボールが打ちたくなるんですが、ブロックやツッツキなどの基礎技術に特化して点数を取る工夫をしました。試合では気持ちいいボールばかり来ないですから。

――岡田さんの武器は何ですか?
岡田広寿さん:一番はサービスです。順横回転と逆横回転で横上、横下、ナックルロングなど、オーソドックスなサービスはすべて出せます。サービスの戦術に特化しており、フォア前に出して次はバックに長く出すなど、相手が嫌だなというところを攻めていきます。

ただ上のレベルになるとサービスが利かなくなるんです。そこで重要になるのはブロックですね。一本ブロックが入ればミスしてくれるかもしれない。とにかく台に入れて、一本でも多く返す、食らいつくということを意識しました。

――30代になってから卓球スタイルに変化はありましたか?
岡田広寿さん:30代に入ると足が衰え始めるので、回り込みだけではなく、ツッツキやブロックの質を高くしていく必要があります。サービスも長短をはっきりさせて、相手に「打たされてる」というイメージを与えるようにしました。

34歳と35歳で全日本社会人に通過できたのは、この工夫があったからだと思います。


写真:工夫した卓球で格上に勝利/撮影:ラリーズ編集部

――30代で身につけた新しい技術は何かありますか?
岡田広寿さん:30代で一番身につけたのが、フォアのカウンターミート、通称「岡パンチ」です。相手にドライブを打たれたボールをミートするんです。

ドライブよりもミートのほうが直線的でネットに引っかかるリスクはありますが、ラケットにボールが当たったときにナックルになるので、相手は「え、何今の?」という感じでびっくりされます。そうなると、相手がツッツキ打ちに対して無理をして打ってくるようになるので、精神的なダメージを与えられるんです。


写真:岡パンチを武器とする/撮影:ラリーズ編集部

IMPACTというチーム


写真:卓球は一瞬のスポーツから由来したチーム名/撮影:ラリーズ編集部

――現在所属しているクラブチームについて教えてください。
岡田広寿さん:2013年に、足立区で一緒に卓球をしている細井選手に声をかけて「IMPACT」というチームを立ち上げました。「日本卓球協会に一緒に登録しませんか?」と持ちかけると、二つ返事で「やりましょう」と言ってくれたんです。

そこから人を集めるようになって、今年で12年目になります。メンバーは全然エリート選手ではないんですが、皆さん熱意を持って取り組んでいます。人の出入りも少なくて、和気あいあいとやれていますね。

――チーム名の由来を教えてください。
岡田広寿さん:卓球というスポーツは本当に一瞬のスポーツなんです。スマッシュ、ドライブ、ブロック、サーブ、全てが一瞬で決まってしまいます。

例えば回転の強い下回転は持ち上がりにくいんですが、インパクトを強く速くすることで持ち上げられます。野球やサッカーも球技ですが、インパクトは共通して大事な要素です。このインパクトを大事にしたいなと思い、「IMPACT」という名前をつけました。


写真:若い人と練習することができる環境/撮影:ラリーズ編集部

――チームメイトの存在はどんなものですか?
岡田広寿さん:この年になりますとでは、20代・30代の人と練習できるのは本当にありがたいんです。みなさん動きのキレが良くて、打った後の戻りも早い。40代同士の試合だと決められるはずのボールも返ってくるので、自分も戻りを意識しながら取り組める環境です。

みなさん仕事で忙しいなかで熱意を持って来てくださっているので、本当に練習メンバーには感謝しています。

家族への感謝


写真:支えてくれる家族のおかげで卓球ができている/撮影:ラリーズ編集部

――岡田さんのご家族についても教えてください。
岡田広寿さん:両親にも感謝していますが、一番支えてくれているのは妻ですね。フルタイムで仕事をしながら、育児もしてもらいながら、私の卓球も理解してくれています。

特に息子の卓球には本当に理解してくれています。私は子供と試合に出るときもあれば別々のときもあります。そんなときは妻に息子を見てもらっています。妻に一番感謝の気持ちを述べたいですね。

――奥さんは最初から卓球を理解してくれていたのでしょうか?
岡田広寿さん:妻も卓球をやっていて、卓球で出会ったというのがあります。最初から理解はあったと思いますが、「こんなに打ち込む人なんだ」「こんなにがむしゃらにやる人なんだ」というのは、付き合いが長くなって気づいてくれたと思います。
――家族の理解を得るための秘訣はありますか?
岡田広寿さん:子どもの有無は卓球を続けられるかに大きく関係すると思います。育児というのは365日24時間あるので、ワンオペになってしまうのは良くありません。なので、私も普段から保育園の送り迎えをしたり、育児を代わったり、妻の負担を軽くするようにしています。妻が自由に過ごせる時間を作ることが大事です。

あとは、試合で勝って商品券をもらったりしたら、妻と一緒にご飯を食べに行ったりしています。持ちつ持たれつですけど、なるべく妻に負担をかけないような努力はしています。

生涯現役への道


写真:年齢で戦い方を変えていく/撮影:ラリーズ編集部

――3年後、50代になってからの目標を教えてください。
岡田広寿さん:まずは怪我や病気をしないことが一番です。東京選手権やマスターズに何回も出場させていただいていますが、ランクに入ったことはありません。予選を通るのも大変ですが、年代別でベスト8でもいいので、一度でもランクに入るのが目標です。


写真:卓球は生涯続けていきたい/撮影:ラリーズ編集部

――今後の卓球人生の目標を教えてください。
岡田広寿さん:健康で長く続けたいですね。街でも50代、60代になって「あのおじさん強いな」って言われるような、若手と試合してもいい勝負ができるような卓球をしたいと思っています。

今は現状維持はなんとかできるんですが、これからはその後の一工夫が重要だと思うので、サービスの配分や攻守のメリハリなどを意識しようと思っています。日々のオープン戦や予選系の試合に出ながら、最後の一本まで諦めずに食らいついてプレーしたいなと思っています。

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