法政大学卓球部で主務と主将を歴任し、チームを支え続けた岩永宗久。
3歳からピアノをはじめ、卓球とピアノでの選択では卓球を選んだ。
高校では卓球に絞った岩永に、大学での充実した4年間、そして一般就職への道のりまでを聞いた。
ピアノか卓球か。中学時代の大きな決断
写真:インタビューに応える岩永/撮影:ラリーズ編集部
――卓球を始めたきっかけを教えてください。
岩永宗久:兄(早稲田大OBの岩永宜久)が小学4年生で卓球を始めたんですが、その流れで自分も始めました。当時自分は小学1年生で、最初は遊び程度にやっていました。本格的に始めたのは3年生か4年生くらいですね。
――本格的に始めるきっかけは何だったんですか?
岩永:3歳からピアノをやっていたので、小さい頃はどちらかと言えばピアノに力を入れていて、卓球の練習は週1回行くか行かないかでした。でも、3年生のときに出た全日本クラブ選手権がすごく楽しくて。
ピアノでも全国大会に出ていたんですが、卓球の全国大会は雰囲気がまったく違いました。そこから卓球にのめり込んでいきましたね。
――当時はピアニストを目指していたのですか?
岩永:そうですね。当時の目標はピアニストだったので、両方頑張ろうという感じでやっていました。小学生時代は卓球よりもピアノに時間を使っていたと思います。
――高校は帝京安積高校へ卓球で進学されたと思いますが、その理由を教えてください。
岩永:高校進学時は本当に迷っていました。ピアノでもそれなりの成績を残していたので、ピアノで進学するか、卓球で進学するか、すごく悩みました。
でも、自分の中学時代に兄がインターハイに出場して成績を出していたので、「自分も頑張れば、兄のようにできるかもしれない」と思って、卓球に絞る決断をしました。
――ピアノへの未練はありませんでしたか?
岩永:ピアノを辞めるときはすごく悩みましたけど、「最後にこの大会で終わる」という覚悟を決めて最後の大会に臨んだので、終わったあとは切り替えられたと思います。
県ベスト32から全国ベスト32へ
写真:高校入学後は練習についていくのがやっとだった/撮影:ラリーズ編集部
――高校入学後の成績はいかがでしたか?
岩永:入学当初は練習に追いつくのが精一杯で、1年生のインターハイ予選も県でベスト32くらいでした。団体戦には出させてもらっていましたが、個人ではなかなか結果は出せませんでした。
――高校時代で印象に残っている試合を教えてください。
岩永:高3のインターハイでシングルスベスト32に入ったときですね。同じ福島県出身の高橋航太郎くんと対戦してゲームオールのデュースで負けてしまったんですが、まずベスト32まで上がれるとは思っていませんでした。
写真:高校時代は帝京安積高校で腕を磨いた/撮影:ラリーズ編集部
――高校時代に監督の指導で特に変わったことはありますか?
岩永:最初は全然結果が出なかったんですが、監督が練習量だけでなく質にも目を向けてくれました。そこで卓球の考え方が変わって、「あとはやるだけ」という感じになったので、すごく成長できたと思います。
法政大学で主務、主将として培ったもの
――大学はなぜ法政大学を選んだんですか?
岩永:まず、関東学生リーグの1部校で勝負したいという想いがありました。そこでリーグ戦を観に行ったときに、法政大学の雰囲気にすごく惹かれたんです。
他の大学も盛り上がっていたんですが、法政は特に笑顔が多いなという印象がありました。知り合いの先輩からも「上下関係もいいし、自主性を大事にしていて、自分たちで頑張れば頑張った分成果が出る」という話を聞いて、「法政にしよう」と決めました。
――実際に入学してみて、イメージ通りでしたか?
岩永:そうですね。練習を頑張って、試合で結果を出せば団体戦で起用してもらえています。自由と言っても、しっかり文武両道でメリハリをつけて、「卓球は卓球、授業は授業」という雰囲気があるので、環境はすごくいいなと思いました。
写真:2年生では主務、そして主将も経験/撮影:ラリーズ編集部
――大学4年間の卓球生活を振り返ってみていかがですか?
岩永:めちゃくちゃいい経験ができました。1年生から試合に出させてもらって、2年生で主務をやらせてもらって。スウェーデンやノルウェーに3ヶ月卓球留学にも行かせてもらいましたし、主将も務めました。
普通の大学生だとここまでの経験はなかなかできないと思うので、すごく貴重な経験でした。
――主将として意識していたことはなんでしょうか?
岩永:試合に出る選手と出ない選手のモチベーション管理が難しかったんですが、自分は主務をやっていたので、サポート側の選手たちの話を間近で聞いていたんです。そのなかで、自分は試合に出る側でもあったので、そこをうまくつなげることを意識していました。
あと、一番苦労したのは意見がぶつかることでした。でも、意見がぶつかること自体はいいことだと思っていたので、定期的にミーティングをして、全員の気持ちを同じ目標に向けられたときは、すごくやりがいを感じました。
写真:法政大学では伝統校の主将としてチームを引っ張った/撮影:ラリーズ編集部
――逆に苦しかったことはありますか?
岩永:同期の加藤(翔)や原田(哲多)がリーグ戦で勝ち星を挙げているなか、自分はなかなか勝ちにつながらなかったことですね。出させていただいているのに貢献できなかったことは、悔しさがありました。
でも、3年、4年になって徐々にリーグ戦でも勝てるようになったので、成長できたと思います。
――大学時代で特に印象に残っている試合を教えてください。
岩永:4年の春リーグの早稲田戦で、濵田一輝選手にフルゲームで勝った試合ですね。以前に2回ほどリーグ戦で対戦して、そのときはコテンパンにやられていたんです。
しかもその試合は、自分が負けていたら法政は2部降格になっていたかもしれない状況だったので、本当にチームにも貢献できたし、自分のなかでも成長を一番実感できたポイントでした。
就職活動と両立の日々
写真:就職活動は卓球での経験から乗り越えられた/撮影:ラリーズ編集部
――就職活動はいつ頃から始めたのでしょうか?
岩永:2年生の3月から少しずつ動き出して、本格的に始めたのは3年生の頭ですね。兄も一般企業へ就職していましたし、卓球は4年間でやり切って一般企業に就職しようと思っていました。
――3年生は部活も忙しい時期ですが、就活と卓球の両立は大変でしたか?
岩永:最初は苦労しましたが、スケジュール管理と日程調整をしっかりすれば、意外となんとかなりました。
若干タイトなスケジュールにはなりましたが、卓球でも目標を立ててやり切る経験をしていたので、そこは就活でも生かせたと思います。
――就活の軸は何でしたか?
岩永:最初はやりたい仕事が定まっていなかったので、とりあえず幅広い業種・業界にエントリーしました。大手企業に行った先輩も多かったので、大手のサマーインターンも受けましたね。
そこで自分がやりたいことがだんだん見えてきて、「若いうちから裁量権を持ってバリバリ働きたい」ということと、「主務をやっていた経験を活かして人に貢献したい」という2つの軸で会社を絞っていきました。
――面接のガクチカではどんな内容を話していましたか?
写真:就活では卓球部での経験がかなり活かされたという/撮影:ラリーズ編集部
岩永宗久さん:主に主務の経験を話しました。まず経験できる人が少ないポジションですし、自分がどのようにしてチームに貢献したのかは話しやすかったので、強くアピールしましたね。
――企業は何社ほど受けたんでしょうか?
岩永:トータルで30〜40社ほど受けましたね。「若いうちから成長したい」「人と携わって人の人生を変えたい」という考えがあったので、最終的には人材業界のベンチャーに絞りました。
――これから就活する後輩にアドバイスはありますか?
岩永:自己分析は本当に重点的にやるべきですね。就活の軸やキャリアビジョンを聞かれたときに、自己分析が中途半端だと返答に詰まってしまったり、一貫性のない回答になってしまいます。
自分がどういう経験をして、どういう価値観があったのかをしっかり踏まえたうえで就活の軸を作れば、入社後のミスマッチも防げますし、自分が将来的にどうなりたいのかもしっかり見極められると思います。
同期、後輩へのメッセージ
――今後の目標を教えてください。
岩永:卓球は趣味程度で続けたいと思っています。クラブ選手権には出たいので、ちゃんと戦えるように準備しておきたいですね。
社会人としては、自分の周りの人のために頑張りたいので、自分が関われる人の範囲を広げられるようにまずは自分自身が成長して、たくさん働いて頑張りたいと思います。
――最後に、同期や後輩にメッセージをお願いします。
写真:後輩たちには法政の良さを忘れずに頑張ってほしい/撮影:ラリーズ編集部
岩永:同期には本当に助けてもらいました。卒業後に卓球を続ける人もいれば、一般企業へ就職する人もいるんですが、卒業後も定期的に会いたいですね。
後輩たちは、新チームになったら全員がレギュラーになれるチャンスがあると思うので、チーム一丸となって切磋琢磨していってほしいですね。新しく入ってくる後輩も含めて、みんなで法政の良さを忘れずに頑張ってほしいです。
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