戦型:右ペン表裏
卓球ライター若槻軸足がお届けする「頭で勝つ!卓球戦術」
多くの人が待ち侘びていた東京五輪が閉幕した。卓球競技としては混合ダブルスの金、女子シングルスの銅、そして男女団体でそれぞれ銀、銅と出場選手全員がメダルを獲得するという非常に素晴らしい結果となった。
写真:張本智和、水谷隼、丹羽孝希/提供:ITTF
その中でもやはり競技日程の終盤に行われた団体戦は、皆の心に深く焼き付いているのではないだろうか。女子チームは決勝こそ中国に敗れたものの、準決勝まではわずか1ゲームを落とすだけと、圧倒的な実力を見せつける形となった。
男子チームは苦戦を強いられながらも、メンバーそれぞれが自分の役割を果たして活躍し、チーム一丸となってメダル獲得の快挙を成し遂げる事ができた。
そんな団体戦には、個人戦のときとは違って心がけるべきことがいくつかある。今回はそういった団体戦における心持ちや戦い方ついてお話してみようと思う。
このページの目次
団体戦におきえる重要な3つの心持ち
ムードを考えて戦う
卓球の団体戦は、1番から5番までのオーダーを決めて順番に選手が登場する。選手は自身の出番のとき、言うまでもなく自分1人の試合ではない。チームの想いを背負って戦うのだから、それ相応の戦い方をしなければならない。
写真:谷垣佑真(愛工大名電)/撮影:ラリーズ編集部
たとえば個人戦ではクールに戦うタイプであっても、1本ずつ声を出すとか、ベンチを振り返ってガッツポーズをするとか、そういった小さなことがチームのコミュニケーションになり、より個々人の意識が高まり闘志が燃え上がることにつながる。
もちろん思い通りにいかないこともあるだろう。球が合わない、調子が悪い、眩しい、湿気がある、床が滑る等々、「何かのせい」にできる要因は山程ある。ただそういう言動はすべてネガティブだ。それらを「言い訳」と捉えるのではなく、「事実」と捉え、そこに客観的に向き合って、それを踏まえた上で「じゃあどうするか?」をチームで考えていく。
これがポジティブな考え方だ。もちろん試合途中で諦めて投げてしまうようなことも言語道断だ。後に控える仲間の、頑張る気持ちを削ぐようなことだけは絶対にしてはならない。
団体戦には「ムード」がつきものだ。目に見えないし言葉にも表しづらいものだが、確実にそこ存在している。やはり1番手の選手が、不甲斐なくやる気のないプレーや態度をとってしまうと、当然その後のムードは悪くなる。
実力的に勝てそうにない相手であっても、なんとか食らいついてできる限りのプレーをしたならば、たとえ負けであってもチームのムードはよくなる。試合に出ない選手でも、雰囲気を良くする働きをする、文字通り「ムードメーカー」の存在も大きい。
写真:徳田幹太(野田学園)/撮影:ラリーズ編集部
自分の後ろで出番を待つ仲間達が、気持ちよく試合ができるようにバトンを渡す。そのためには「勝つ」ことが1番ではあるが、そこにプラス「団体戦ならではの立ち振舞い」の要素も考える必要があるということだ。チームのムードが高まるよう常にポジティブな心持ちで、積極的なプレーをする。さらに最後の1本まで全力を出し切ることで、チーム全体のムードが盛り上がっていくのだ。
ベンチでの役割を意識する
選手が試合に出ている間、それ以外の選手はベンチで応援する形になる。このときの役割分担、いわゆるベンチワークというものも非常に大きな意味を持つ。
得点時でも失点時でも、手を叩き、選手を応援する。これは当たり前だ。つまらなさそうにしているだとか、試合を全然見ていない選手がいたら、監督が注意をすべきだ。プレイヤーは1人でも、団体戦は全員で戦っているという意識を皆が持たなければならない。
写真:愛み大瑞穂の応援メンバーが掲げたプラカード/撮影:ラリーズ編集部
そしてゲーム間に選手が帰ってきたときも、ドリンクを渡す、うちわで仰ぐ、戦術のアドバイスをする、といった献身的な補助をすることで、選手は気持ちよく集中して次のゲームに向かうことができる。
また戦術のアドバイスについても、特別なことを言う必要はない。「何をやって点が取れたのか。逆に何をやって点が取られたのか」。それを選手に聞くだけでも、選手自身は頭の整理になって、次の作戦が立てやすくなるのだ。または自身が過去に対戦した経験がある相手なら、そのときの情報を伝えたりすることも、非常に有効なアドバイスになるだろう。
ここでもなるべくネガティブにならないよう、ポジティブな思考で次のゲームをどうするか、といったことを考えていこう。ときには笑いも交えながら、なるべく選手がプレッシャーを感じずにのびのび戦えるような言葉かけを意識したい。
勝つための策は尽くして、それで負けたならば仕方がないから、思い切ってやってこい、そいうった雰囲気を作ることも非常に大切なのだ。
写真:水谷隼に眼鏡を手渡す張本智和/提供:森田直樹/アフロスポーツ
このメンバーでの戦う瞬間を大切にする
実は団体戦の試合というのはものすごく貴重だ。中高の部活動なら、毎年3年生が抜け1年生が入りと頻繁にメンバーが入れ替わることになる。
もちろん自分自身も活動ができるのは2年半しかないわけで、その間で団体戦の出場機会に恵まれることも限られている。一度も団体戦に出ないまま終わる選手だっているのだ。
そしてメンバーに選ばれたとしても、団体戦が行われる機会というのはそう多くはない。せいぜい年間2~5大会程度だろう。さらに言えば社会人になってからも、やはりそれぞれの仕事や家庭環境などで、ライフスタイルが3年以上全く変わらないなんてことはめったにないだろう。
そんななかで時間を捻出しながら卓球競技を続け、今このメンバーで目の前の試合を共に戦っているということ自体が奇跡であり、次の試合もまた同じメンバーで戦える保証なんてどこにもないのだ。
決勝を戦い終えた日本女子チームへのインタビューで、石川佳純選手が「このチームで戦えたことを誇りに思っている」と話していたのが印象的であった。2度とないかもしれないこのメンバーでの戦いを後悔のないものにしたい、そんな想いで取り組めば、おのずと試合に挑む気持ちや、ベンチでの意識も良いものになってくるはずだ。
写真:平野美宇、石川佳純、伊藤美誠/提供:YUTAKA/アフロスポーツ
千載一遇の機会を大切に考えて、その環境を与えてもらっているという感謝を忘れない。そして2度とないかもしれないメンバーでの試合に一生懸命向き合う。そいうった「心持ち」の部分が強いほど、チームとしても個々人としても成長していくし、より勝利に近づける。私はそう信じている。
まとめ
写真:インターハイでの希望が丘高校メンバー/撮影:ラリーズ編集部
サッカーやバスケなど他の団体競技では、チームワークが直接実力や勝敗に影響するので、そこをおざなりにすることはできない。しかし卓球の場合は団体戦といえども、所詮は個人競技だ。勝敗に直結するのは間違いなく個々人の技量である。
しかしやはり技術レベルの近い選手同士の対戦や、今後の人生を左右する大きな舞台ともなると、技術以外の要素が大きく絡むことになる。そういった場面では今回述べた内容が非常に重みを帯びてくる。
一人ひとりがしっかりと考え抜いて、自分のできる最大限の役割を果たし、その結果「勝利」の2文字を掴み取り、チームで喜びを分かち合う。その時の心の充実感は何ものにも代えがたい。ぜひとも仲間の顔を思い浮かべながら、次に団体戦の機会に恵まれたときは、今回のお話を思い出して、精一杯頑張ってほしい。
若槻軸足インタビュー記事
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