"努力の伝統"根付く名門校 スポーツ推薦から一般入部までが集う早稲田大学卓球部 | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:早稲田大学の練習風景/撮影:槌谷昭人

卓球インタビュー “努力の伝統”根付く名門校 スポーツ推薦から一般入部までが集う早稲田大学卓球部

2021.08.30

この記事を書いた人
Rallys編集長。学生卓球を愛し、主にYouTubeでの企画を担当。京都大学卓球部OB。戦型:右シェーク裏裏

大学生になって体育会の卓球部に所属するのは、どことなく敷居が高い。特に私立大学では、高校まで名門校で腕を磨いた選手がスポーツ推薦で入学してくるから尚更だ。チームによっては推薦選手以外は入部できないところもある。

だが、早稲田大学は違う。スポーツ推薦だけでなく、AO入試、自己推薦、一般入試に至るまで、すべての学生に門戸が開かれており、全員が同じ練習場で汗を流す。


写真:早稲田大学卓球部の練習/撮影:槌谷昭人

早稲田大学卓球部の伝統はシンプルだ。「練習して強くなる」。かつては高校時代“無名”の存在だった大島祐哉(現・木下グループ)が、早稲田大学での猛練習で急成長を遂げ、日本代表入りを果たしている。

今回は、自身も早稲田大学卓球部OBで監督8年目となる永山健一監督と、4年間チームを支えてきたエース兼主将の五十嵐史弥を取材した。


【早稲田大学卓球部男子】昭和3年に体育会運動部に。全日本大学卓球選手権(団体の部)では、直近は時吉佑一らを擁し2007年に優勝。関東学生卓球リーグ一部に所属する大学卓球界屈指の強豪校。大島祐哉(木下グループ)や笠原弘光、御内健太郎(ともにシチズン時計)、東京パラ五輪にも出場した岩渕幸洋(協和キリン)らTリーグや実業団で活躍する卒業生を輩出している。

「練習して強くなる」という早稲田の伝統


写真:永山監督(早稲田大学)/撮影:槌谷昭人

――まずは今年のチームの特徴からお伺いさせてください。
永山監督:現在、男子部員は17人中4年生が8人というチーム構成です。

4年生の中では、五十嵐(史弥)と川上(尚也)がスポーツ推薦で入ってきています。また、福田(純大)は落ちるかもしれないリスクのある中、自己推薦で希望が丘高校から「早稲田大学に入りたい」と来てくれました。

彼ら3人が中心ですが、8人の4年生それぞれがみんなで話し合って、色んな入試方式で入ってきた選手がいるチームを上手くまとめてくれていますので、下の代もついていきやすい状況ではあると思います。


写真:4年生の川上尚也(早稲田大学)/撮影:槌谷昭人

――スポーツ推薦だけでなく、すべての学生に門戸が開かれているところが、早稲田大学卓球部の特徴の1つですね。
永山監督:一般入試とスポーツ推薦、AO入試、自己推薦など、すべての入試形式で入ってきた学生が一緒に練習して、一緒に試合に臨み、喜怒哀楽を共有しています。トップ校の中では珍しい部類で、1つの特徴だと思います。
――でも、それはそれでレベルの差があるなど、難しい点もあるのではないでしょうか?
永山監督:おっしゃるとおりだと思います。ただ、私も指定校推薦で入部しましたし、スポーツ推薦自体は20年前くらいから始まったものです。それまで伝統をずっと築いていたときは、それこそスポーツ推薦がまったくない状況でした。


写真:早稲田大学卓球部の2000年卒業のOBでもある永山健一監督/撮影:槌谷昭人

永山監督:そのため、「練習して強くなる」という伝統は今も昔も変わりません。

入ってきてくれた選手を鍛えて、そしてトップを目指していくというのは、伝統として今後も継続していきたいと思っています。

――いろんなレベル層の選手がいる中、監督として大事にしている点はありますか?
永山監督:卓球が上手くなるだけでは、社会で通用する人間にはなれません。

指導者としては、色んな入試の方式で入ってきた様々な背景を持った人間がいて、卓球に費やしてきた時間が違う人間が同じ空間でチームとして日本一を目標にやっていくのは、良い意味で個人個人が成長する上で刺激にもなると考えています。

そこをしっかり理解してもらえるように指導するのが我々、監督・コーチ陣の仕事だと思っています。


写真:永山監督(早稲田大学)/撮影:槌谷昭人

永山監督:また、部内ランクが上位の選手が下位の選手と練習を一緒にし、アドバイスをするので、下位の選手が急激に伸びることもありえます。

例えば、センター競技歴利用で入部した4年生の久保田(烈央)は、先日の群馬県の国体予選でベスト4に入るなど大きく成長しましたし、そこは大事にしていることですね。


写真:久保田烈央(早稲田大学)/撮影:槌谷昭人

主将・五十嵐史弥「早稲田に入って本当に良かった」

ここで主将の五十嵐にも、早稲田大学卓球部での生活を聞いた。


写真:五十嵐史弥(早稲田大学)/撮影:槌谷昭人

――早稲田大学に入学して4年目ですが、入る前はどういうイメージでしたか?
五十嵐史弥:早稲田大学のイメージは、大島祐哉さんのように自分で頑張ればそれだけ成績が出るというイメージでした。
――そのイメージを持って、早稲田大学に入学してどうでしたか?
五十嵐史弥:イメージ通りです。

早稲田はスポーツが強くて入ってきた人もいるし、勉強で入ってきた人もいます。特に勉強で入ってきた人の卓球への愛情がすごくて、「練習したいです」とお願いしたらいつでもやってくれるような先輩がいっぱいいたので、そこはやっぱり幸せでした。


「幸せでした」

――コロナで最後の2年間は思うようにいかない学生生活ですが、ここまでをどう振り返りますか?
五十嵐史弥:全体的には早稲田に入って本当に良かったと思います。

他の大学だったら経験できないようなことも経験できたし、コロナ禍で大変だったんですけど最後もキャプテンさせてもらいました。

最初キャプテンになって、色んなところに目を向けないといけなくて、ちょっとしたことが気になるなど大変でした。でも、同級生や後輩にも相談した際、「そこはいいんじゃない?」とか「俺もこう思うよ」とかみんな親身になって聞いてくれたので、最後までやりきれたと思います。


写真:練習の合間に下級生とコミュニケーションを取る五十嵐史弥(早稲田大学)/撮影:槌谷昭人

スポーツ推薦がなくなっても

最後に永山監督に監督生活や卓球部の今後について尋ねた。


写真:永山監督(早稲田大学)/撮影:槌谷昭人

――永山監督が、監督生活の中で一番印象深い試合はありますか? 
永山監督:一番嬉しかったのは、愛媛でのインカレで準決勝に明治大学に勝った試合です。今、木下グループにいる大島祐哉とリコーにいる山本勝也が4年生のときですね。

決勝で愛知工業大学に残念ながら負けてしまったんですけど、その準決勝の試合が一番嬉しかったです。


写真:2013年ジャパンオープンでの大島祐哉/提供:ittfworld

永山監督:監督として自分に悔いが残っている試合は、2年前、春リーグの優勝が懸かった明治大学戦のラストで、主将の硴塚(現・協和キリン)を勝たせてやれなかった試合です。

タイムをどこでとるかずっと迷い続けて結局タイミングを逸してしまった。リードしてるときになんでタイムアウトをとってあげれなかったんだろうと、監督として後悔の残っている試合の1つです。


写真:硴塚将人/撮影:ラリーズ編集部

――推薦組の数は限られているなかでチーム構成が難しい時期はなかったですか?
永山監督:監督を務めてる中では、ちょうど大島と山本の代が抜けた後は、選手層が少し薄くなってしまいました。

その一年は私だけではなくてコーチ陣、また学生全員で切り抜けるべく、主将の高田を中心に頑張ったんですけども、精神的にきつかったですね。

実は今後、スポーツ推薦で選手が取れなくなる可能性が高く、しっかりやっていかないとなとは思っています。


写真:永山監督(早稲田大学)/撮影:槌谷昭人

――そうなんですね…。今後はこれまでのような各学年にエース級を抱える選手層とまではいかないわけですね。
永山監督:ですが、20年前のスポーツ推薦が始まる前のときのように、早稲田大学としての価値や、卓球部としての指導方針、卒業生たちの活躍ぶりなどを高校生、もしくはその前の中学生、小学生、卓球を支えているご両親たちにアピールしていこうと考えています。

例えば、小中学生を練習場に呼んで、早稲田ファンになってもらって数年後、早稲田大学を受験してもらうことなども含めて、色んなPR方法を考えていきたいと思っています。

――伝統のある早稲田大学卓球部に入りたいという学生は多いと思います。どういう選手が早稲田大学には合うのでしょうか?
永山監督:規律や規則はあるんですけども、自由ではあるので、自分の目標に向かって時間を精一杯、卓球に、そして勉強に打ち込んでもらえるような、気概のある選手に是非、早稲田大学に来てもらいたいと思っています。

伝統ある早稲田大学卓球部の、与えられた環境、与えられたメンバーで日本一を目指す。インカレ優勝、もしくはリーグ戦優勝という目標を学生が毎年掲げてくれてますので、そういった目標に賛同してくれて、この環境に適応してくれる学生に集まってもらいたいという願いです。

様々なバックグラウンドを持った選手が集い、彼らの自主性を基に練習をして強くなり、日本一を目指す。

まさに、進取の精神が早稲田大学卓球部には息づいているのだった。

五十嵐史弥 独占インタビュー

>>五十嵐史弥、イタリアへ。「いっぱい回り道をしてきました」(前編)

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潜入・大学卓球部

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