川上流星らを輩出 新潟県の新発田ジュニア指導者・姚天明「人生懸けてますから」 | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:新発田ジュニアの指導者・姚天明(ようてんめい)/撮影:ラリーズ編集部

卓球インタビュー 川上流星らを輩出 新潟県の新発田ジュニア指導者・姚天明「人生懸けてますから」

2026.07.10

この記事を書いた人
愛媛県出身。2025年6月からRallysアドバイザー。
軽い小咄から深堀りインタビューまで、劇場体験のようなコンテンツを。
戦型:右シェーク裏裏

その小さな卓球場には、エアコンがない。

住宅街の一角に看板も出さずに卓球クラブを運営して、28年目。

次世代の“日本のエース”と称される川上流星(木下アカデミー)をはじめ、数々の有望選手を送り出してきた新発田ジュニア。

卓球ファンに向けて新発田(しばた)とルビを振る必要がないのも、このクラブが、卓球界に果たしてきた役割の大きさを物語っている。

県内各所から子どもたちが集まってくる前の、凛とした空気に包まれた練習場で、指導者・姚天明(ようてんめい)さんに話を聞いた。


写真:新発田ジュニアの卓球場/撮影:ラリーズ編集部

上海で8年コーチを務めた男がなぜ新発田に

1963年、中国・上海生まれ。小学4年で卓球を始め、高校時代には上海市チャンピオンに。大学でスポーツ学を専攻し、卒業後は上海体育学校で約8年、プロコーチを務めた。


写真:新発田ジュニアの指導者、姚天明(ようてんめい)/撮影:ラリーズ編集部

――上海で8年コーチを務めて、29歳のときに来日されたのはなぜですか。
姚天明:横浜国立大学大学院で、動作分析や、解剖学、心理学などのスポーツ理論を学ぶためです。当時、先進国で経済的にも豊かな日本に興味があって、若いうちに行ってみようと。
――この新潟県新発田市には、いつ来られるんですか。
姚天明:横浜にいる頃、千葉のクラブで年配の方に卓球を教えていた齋藤健さんに出会いました。この新発田ジュニアのオーナーです。月に2,3回、横浜から通って指導を手伝っていたあるとき、齋藤さんから言われました。

“私の地元・新発田で、世界で活躍する選手を育てたい”と。

私には、中国で8年間教えてきた経験がある。よし、挑戦してみようと思いました。1998年、35歳のときですね。

――でも、異国の誰も知らない土地で卓球場を開くのは大変じゃなかったですか。
姚天明:来る前は心配はなかったですね。齋藤オーナーの地元ですし、卓球を教えることには自信があったので。

ただ、始めてみると、知り合いも友だちもいないですし、当時は独身だったので料理なども全部自分でやらないといけなくて。

いま思えば、始めた当時は大変で、寂しかったですね。


写真:姚天明さん/撮影:ラリーズ編集部

虫取りしている子どもたちに「卓球やってみない?」

――新発田ジュニア創設時は、生徒さんは何人くらいいたんですか。
姚天明:4,5人です。ほとんど初心者、全くラケットを触ったことがない子もいました。

この近くで虫取りしている子どもたちに“卓球やってみない”って声をかけて、親にも来てもらい、持ってきたのが1,000円の張り上げラケットでしたが、“感覚いいね”って褒めながら。

――上海でプロコーチをしていたときとは全く違う環境ですね。
姚天明:中国では、情熱があり、意識が高く、能力が高い子だけが来るので、コーチはその中で光るものを持つ子を選んで教えていきます。

日本ではそうはいきません。私に限らず日本のジュニアの指導者は、中国なら3、4人のコーチがそれぞれやることを一人で担当する。すごいと思います。あと、保護者の協力がないと、指導が成立しません。


写真:練習開始前の様子/撮影:ラリーズ編集部

「個性を引き出す」指導哲学とは

――姚さんが子どもを指導するうえで大切にしていることは何ですか。
姚天明:「個性を引き出す」ことです。

子どもを見てすぐに判断はできません。生年月日、能力、性格もそれぞれ違う。少し成長したら全然変わることもあるし、たまたま今伸び悩んでいるだけということもある。

日常生活の態度も見て、親ともコミュニケーションを取りながら、時間をかけて見ていきます。

私も指導者を始めた頃、初心者をどう教えてよいか迷いました。やっぱり指導経験の長さも必要だと思います。

――でも、戦型は始めてすぐに決めないといけないですよね。
姚天明:基本的に自由です。ペンホルダーでもカットマンでも、子どもが好きなことを優先的にやらせたほうが良いです。


写真:指導風景/撮影:ラリーズ編集部

指導者に求められるのは「チェック」と「指示」

――では、練習メニューに、姚さん独自のものがあるのでしょうか。
姚天明:いや、チェックの問題だと思います。フォアドライブの練習であれば、初心者なら続けば十分ですが、上級者はコース取り、回転、スピードが要求されます。それぞれのレベルにとっての“質の高さ”を意識しています。
――具体的にはどうするんですか。
姚天明:それぞれに指示していきます。何のためにこの練習をするのかを伝えることも重要です。同じメニューでも得るものが全然違います。
――確かに、練習を拝見して、姚さんがずっと練習場を動き回ってひとりずつに声をかけている姿が印象的でした。


写真:練習中、子どもたちをくまなく指導する姚さん/撮影:ラリーズ編集部

姚天明:練習中、私は座りません。

指導者のレベルが問われるのは、判断です。この子は次のステップに進むべきか、まだもう少しこのまま練習したほうが良いか、その段階を見極めること。限られた練習時間を無駄にしないためにも。


写真:新発田ジュニアの練習風景/撮影:ラリーズ編集部

勇気を持って挑戦してほしい

――姚さん自身が客観的に見たとき、新発田ジュニアの指導の特徴ってどんなところだと思いますか。
姚天明:“必ずこうじゃないといけない”というこだわりは私は無いので、多彩なプレーの選手が育っていると思いますね。

もしできない技術があれば、他の子と違ってもいいから、自分で勇気を持って変えればいい。子どもたちには挑戦させたいのです、私自身も新発田での指導そのものが、ずっと挑戦なので。

あと私は、技術は教えますが、余計なことは言いません。私が親を教えたり叱ったりする理由はないので、親がいつ観に来てもいいし、自分の子どもにいつ教えてもいいです。

それで、もし結果が出ない場合は、飲み会のときに親と腹を割って相談します(笑)。

――大事ですね(笑)。
姚天明:最後は結果ですから。結果が良ければ私はそれでいい。“私のほうが親よりレベルが高いのに”、とか全然考えないです。

いつも、親の皆さんには助けてもらってると思っています。


写真:練習場に入るとまず掃除から始める/撮影:ラリーズ編集部

強くなる子は集中力が長く続く

――これまで多くの有望選手を育ててきた姚さんから見て、強くなる子とそうでない子の違いはどんなところにありますか。
姚天明:集中力ですね。集中力が長く続く子は上達が早いです。パワーや敏捷性は、成長するなかで後からついてくるので、今伸びてなくても心配しなくて良いです。
――集中力は、後から身につきますか。
姚天明:生まれつきのものもあるとは思います。5分しか続かない子もいれば、少ないですが最初から1時間集中できる子もいます。そういう子は、遊びも集中して遊びますね。

クラブOB・川上流星について

――新発田ジュニアOBの、川上流星選手はそんな選手でしたか。
姚天明:まさにそうです。大会で、一年生のときの彼を初めて見た日をいまも覚えています。

運動神経も抜群で、感覚もいい。大会終わったときに“ぜひクラブに練習来てください”とお願いしました。親御さんも新発田ジュニアに入れたいと思っていたとのことで、すぐに連れてきてくれました。

嬉しかったですね。


写真:川上流星(木下アカデミー)/撮影:ラリーズ編集部

――練習を見てどうでしたか。
姚天明:素晴らしいです。毎日毎日伸びていきますから。

2〜3時間の練習も1回もダレない、最初から最後まで集中していました。遊びも一生懸命、休憩無しに遊んでいましたね(笑)。

――特に優れた点を一つ上げるとすると、どこでしょうか。
姚天明:吸収力もありますが、負けず嫌いなところだと思いますね。

自分よりレベルの低い相手とのゲームで、“5本ハンデあげて”と私が言うと“あげたくないです”と言ってました。練習でも絶対負けたくない。その気持ちにあふれてました。


写真:練習場の一角に飾られた新発田ジュニア全国表彰の数々/撮影:ラリーズ編集部

齋藤健オーナー「姚さんは全幅の信頼が置ける人」

新発田ジュニアを語るとき、もうひとり欠かせない人物がいる。

齋藤健さん。姚さんと新発田ジュニアの28年をずっと支え続けた、クラブのオーナーであり、明治29年から続く日本で最も古い損害保険代理店「株式会社龍崎」の4代目社長(現役)である。

76歳になった今も現役で仕事を続けながら、千葉に地域コミュニティのための卓球場を開いて8年になる。


写真:齋藤健さん/撮影:ラリーズ編集部

新発田ジュニアの出発点は、齋藤さんの「新発田で、世界で活躍する選手を育てたい」という思いだ。新発田の卓球場をはじめ、姚さんが卓球指導に専念するための支援をずっと続けてきた。

「出会った頃から真面目で全幅の信頼を置ける人」と信じた姚さんに、その夢を託した。

「姚さんは日本に帰化するまで決心してやってくれているんですから、私もできることは最大限やるのは当然です。たいした会社ではないので、できることは限られていますが」

しかし、28年だ。

「任せたからには、支援はしてくれるけれど細かい口出しは一切しない、それがありがたかった」と、姚さんも齋藤オーナーに盤石の信頼を寄せる。

「保険の仕事というのが、困っている人に手を差し伸べられて、感謝される仕事ですから」と齋藤さんは笑った。


写真:新発田ジュニアの子どもたちから齋藤さんに寄せられたメッセージボード/撮影:ラリーズ編集部

「人生懸けてますから」

ところで、インタビュー中に、姚さんが一度だけ答えに詰まった質問がある。

「振り返って、新発田市での約30年はどんな時間でしたか」

クラブ創設当初のユニフォームも揃わなかった日々が脳裏をよぎったのか、それまで淀みなく答えていた姚さんが、黙った。


写真:姚天明さん/撮影:ラリーズ編集部

プロフェッショナルの目にも涙。

絞り出したのはこんな言葉だった。

「私はずっと頂点を目指してやってきました。人生懸けてますから、やりがいと達成感はあります。ここまで支えてくれた、たくさんの親たちに感謝です」

その答えは、卓球指導への絶対的な矜持と、周囲に自然と支える輪ができる姚天明さんの人柄を表していた。


写真:姚天明さんの指導風景/撮影:ラリーズ編集部

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