国際卓球連盟CEOに聞く「チケット22,000枚即売のワケ」と「82年ぶり新天地開催の意義」 | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:スティーブ・デイントンITTF・CEO(写真右下)とのオンラインインタビューの様子/撮影:ラリーズ編集部

卓球インタビュー 国際卓球連盟CEOに聞く「チケット22,000枚即売のワケ」と「82年ぶり新天地開催の意義」

2021.11.24

この記事を書いた人
1979年生まれ。2020年からRallys/2024年7月から執行役員メディア事業本部長
2023年-金沢ポート取締役兼任/軽い小咄から深堀りインタビューまで、劇場体験のようなコンテンツを。
戦型:右シェーク裏裏

「86日ぶりに家に帰って、ハッピーだよ」その男は画面の向こうで微笑んだ。

男の名は、国際卓球連盟(ITTF)CEO、スティーブ・デイントン。
多忙を極めるその男にオンライン取材ができたのは、東京五輪後も、世界選手権開催地のヒューストンはじめいくつかの都市を回り、ようやくITTFオフィスと自宅のあるシンガポールに帰国して、ほどなくのタイミングだった。

今、WTTを中心に国際大会のあり方を大きく変えようとしているキーマンに、史上初のアメリカ開催の世界選手権の意義や、今後の世界の卓球界のあり方について話を聞いた。
ITTFで新たに広報を担当するトライデン氏と、世界選手権の協賛を続けるタマスで長くITTF担当を務める寺本能理子さん同席のもと、話はWTT開催の理由など多岐に渡った。


写真:スティーブ・デイントンITTF・CEO/撮影:ラリーズ編集部

それでも開催を決断した理由

――今回、史上初めてアメリカで世界選手権を開催する意義はなんでしょうか。
スティーブ・デイントン:良い質問だね。ITTFにとって重要なことは、いつも新しい市場、世界でもっと卓球というスポーツを発展させられる場所を探し続けることだ。

今回1939年カイロ大会以来初めて、アジア大陸とヨーロッパ大陸以外で世界選手権を開催できることは、とても画期的な出来事だと思っている。知っての通り、アメリカのスポーツマーケットは世界で最も大きい。卓球を含む全てのスポーツはこの大きな市場で、成長と発展をさせる挑戦をしている。

だから、ブダペスト(世界選手権2019の年次総会)でこの発表をしたとき、とてもワクワクしたよ。


写真:2019ブダペスト大会で対戦する劉詩雯(手前)と陳夢(奥)/提供:卓球レポート/バタフライ

――その後、コロナパンデミックがやってきました。今回、開催の判断は難しかったのでは?
スティーブ・デイントン:いつも私たちはポジティブであろうと努力している。できる限り、希望の灯を絶やしてはいけない。どれだけ困難な状況でも、卓球界は再び大きな国際大会を開催できるという信念を示したかった。

もちろん、現実的には複雑で困難な状況はあったよ。

もう覚えていないかもしれないが、当初ヒューストン大会は2021年6月開催の予定だったから、東京五輪の一年延期に伴い、すべてを変更する必要があった。なので、当初の想定よりは、規模を少し縮小した会場と観客数で開催する。


写真:いろいろ聞いてみる槌谷/撮影:卓球レポート/バタフライ

――コロナ禍の只中で開催を決めました。
スティーブ・デイントン:昨年の釜山大会、戦後初めて世界選手権を中止した私たちにとって最も重要なことは、今年はもうキャンセルせずに開催することなんだ。

幸い、コロナ禍でもアメリカが比較的オープンな体制であることも手伝って、準備はとても良い形で進み、新しい世界選手権が誕生しようとしている。


写真:2020釜山大会が中止となり、幻となったバタフライのショーコート「グリディクス」の広告/撮影:卓球レポート/バタフライ

メーカーとITTFの関係とは

スティーブ・デイントン:もちろん、私たちITTFだけでなく、長く世界選手権を支えてくれているバタフライ始め、パートナーたちの力もとても大きい。Noriko、準備は滞りなく進んだ?何かこちら側の対応で困っていることはないかい?


写真:スティーブ・デイントンITTF・CEO/撮影:ラリーズ編集部

寺本能理子:ええ、ほとんどは(笑)。今回私たちが提供するボールについて、最近なにか反響はありますか。


写真:タマスで長くITTFの担当を務める寺本能理子さん/撮影:卓球レポート/バタフライ

スティーブ・デイントン:ネガティブなものは全く無いよ。2015年蘇州大会で、初めてプラスチックボールを導入したときは多くのクレームが来たことを思い出すね(笑)。

でも、もうこの数年は全くなくなって、2019年ブダペストは、会場でボールを注意深くボールを選ぶ作業も必要なかったくらいだ。ほぼ全てのボールの品質が素晴らしいから。

寺本能理子:それを聞いて安心しました。


写真:2019ブダペスト大会で使用されたバタフライ スリースターボールA40+/提供:卓球レポート/バタフライ

――メーカーとITTFって、どういう関係なんでしょうか?
スティーブ・デイントン:もちろん私たちはメーカーからの財政的なサポートも必要としているが、それだけでなく、一緒に“世界に卓球を広めていく”パートナーであることが大切だと思っている。

バタフライのスポンサーシップの素晴らしいところは2つあって、一つは言うまでもなく製品・サービスのプロフェッショナリズム性、もう一つは2000年半ばからずっと続けているITTFジュニアサポートプログラムへのサポートだ。

始めたばかりの選手がバタフライの製品を知って触れる機会があるのは素晴らしいことだし、若いジュニア選手が国際大会に出場機会を得られる素晴らしいプログラムだ。

寺本能理子:エジプトのオマー(オマー・アサール)もそこから飛躍していきましたね。


写真:オマー・アサール(エジプト)/提供:ittfworld

VIPチケットは発売と同時にほぼ完売した日も

――ところで、アメリカの観客は卓球の世界選手権を喜んでいますか?アメリカの現地組織委員会からは既に22,000枚のチケットが売れたと聞きました。
スティーブ・デイントン:当初、アメリカでは卓球は社会的な関心が低いのではと心配する声もあった。

でもチケットを売り出すと同時に、最終日のチケットとVIPチケットはほぼ完売した。


写真:2019ブダペスト大会の観客/提供:卓球レポート/バタフライ

スティーブ・デイントン:ヒューストンの人たちも興奮してくれるだろうし、アメリカの風を卓球というスポーツに吹き込んでくれると期待している。アメリカの投資家たちが卓球に注目する良い契機になると思う。


写真:アメリカ卓球期待の“新星”カナック・ジャー/提供:ittfworld

いま、卓球は真のグローバルスポーツと言えるか

――2023年は南アフリカのダーバンで開催。これまでと違う場所でも開催するという明確な意思を感じます。
スティーブ・デイントン:私たちはよく「卓球はグローバルスポーツだ」と言う。しかし、よく見てみれば、私たちはアジアとヨーロッパ大陸に偏ったスポーツであることがわかる。
これで、真のグローバルスポーツと言えるだろうか。


写真:スティーブ・デイントンITTF・CEO/撮影:ラリーズ編集部

スティーブ・デイントン:ITTFは世界の卓球界のリーダーとして、もし卓球が真のグローバルスポーツを目指すなら、他の地域でもより広く力強く普及させていくのが、私たちの仕事だ。

世界選手権をこれまでと異なるいくつかの場所で開催することで、少なくともそれらの大陸で、卓球が広まる最初のきっかけになればと願っている。


写真:クアドリ・アルナ(ナイジェリア)/提供:ittfworld

女子卓球の価値を上げたい

――確かに、東京五輪では男子シングルスベスト8に4大陸から多彩な選手が勝ち上がって多様性を感じました。一方で、女子では相変わらずアジア一強の状況が続いていますが、それはどうお考えですか。
スティーブ・デイントン:それは、スポーツとして私たちが抱える大きな課題の一つだ。ヨーロッパや他の世界の地域で、次世代を担う女子選手があまりいない。私たちITTFでも、この大きな問題を解決するために、草の根レベルでの育成・発展事業を行うことが大切で、いくつかの取り組みで改善は見られ始めている。


写真:プエルトリコの“新星”アドリアーナ・ディアス/提供:ittfworld

スティーブ・デイントン:しかし、女子トップ選手たちへの施策も重要だ。
他の女性スポーツを見てみると、今、女子単独で成立するスポーツイベントのショーケースを作ろうとしているが、卓球では開催されたことがない。いつも男子と女子は一緒に、だった。

時にそれは、女子卓球の価値を実際よりも低くしているのではないか。

なので、私たちは女子単独で年に4〜5回開催する大会を始める。女子卓球の素晴らしさに皆が注目する機会を作り出すことで、数カ国にとってのスター選手でなく、世界にとっての国際的なスター選手に押し上げたいと思っている。


写真:2019ブダペスト大会で盛り上がる観客/提供:卓球レポート/バタフライ

――男女別で年1回ずつ開催予定のWTTカップファイナル大会と、男女別で年4回ずつ開催するWTTチャンピオン大会のことですね。
スティーブ・デイントン:我々には、裾野を広げることも大切だし、トップ選手のためにするべき仕事もたくさんある。

女子卓球選手の素晴らしいプレーはもちろん、キャラクター、スター性に光を当てていくことが、(女子卓球の地域が偏っているという)問題解決への、細いかもしれないが一つの道になると思っている。


写真:早田ひな(日本生命)/提供:WTT

いままでにない開催地が次々と立候補を

――将来的には世界選手権の個人戦も廃止する方向かという報道もありました。
スティーブ・デイントン:それは正確じゃないし、そんなことは言っていない。私が考えているのは、未来にふさわしい世界選手権の形にする必要がある、ということだ。そこにWTTという新しい国際大会のビジネスモデルがフィットするのではないかと考えている。

ある人は世界選手権はやめるべきだと言い、ある人は続けるべきだと言う。
ただ私の意図はそこにはなく、近い将来WTTが成功するときに世界選手権をどう位置づけていくか、新たなビジネスモデルの大会と共にどう運営するのかという点だ。


切り込んでみる

――“その考えには同意するがプロセスがわかりにくい”という声があります。
スティーブ・デイントン:この世界選手権の改革に、批判があることも知っている。しかし、私たちの調査や評価では、もしこの改革をしなかったら、多くの卓球協会、都市にとって世界選手権を開催することはとても困難だった。

いま、これまで立候補しなかった多くの国から、世界選手権招致の応札がある。
それはわかりやすく、と私たちは願っているのだけれど、その改革によって、世界選手権の開催が以前に比べてリーズナブルになったからだ。


写真:スティーブ・デイントンITTF・CEO/撮影:ラリーズ編集部

ITTFとWTTの役割の違い

――あなたの提唱するWTTという「新しいビジネス」について、もう少し具体的に教えて下さい。
スティーブ・デイントン:おそらく、ほとんどの国の卓球協会にとっての最優先事項は、この卓球の国際的なビジネスについてではなく、自国のナショナルチームであり、国内の大会であり、それぞれの国の中でいかに卓球を普及させていくか、ということで、ITTFはその加盟メンバーをしっかりサポートしていく役割だ。

一方で、卓球というスポーツの将来性を考えたときには、私たちはもっと国際的なイベントを発展させていく必要がある。もっと大きく、力強いものに。それがWTTの役割だ。


写真:2020年11月に開催されたWTTマカオの会場/提供:ittfworld

スティーブ・デイントン:なぜそうしなければならないか。
多くの理由があるが、そのうちの一つに、私たちは他のスポーツと戦わなければならないからだ。他のスポーツのビジネス面における動きは、私たちよりもずっと迅速なので、私たち卓球界は取り残されてしまう可能性がある。


写真:2019ブダペスト大会の会場/提供:卓球レポート/バタフライ

トップ選手たちからの要望も

――しかし、WTTについては今も日本国内だけでも「よくわからない」「拙速だ」という声も上がっています。
スティーブ・デイントン:もちろん、いろんな疑問や議論があることは知っている。

でも一方で、選手にとっての改革でもあるんだ。
特にトップ選手たちからは、賞金をもっと高くしてほしい、より良い環境や待遇を用意してほしいという要望が、私たちに寄せられている。選手や関係者も、他のスポーツ選手が獲得する賞金が高くなるのに、私たち卓球選手の賞金が低いままに据え置かれる状態は見たくないんだ。

だからこそ私たちは、これまでと全く違うアプローチで、世界の卓球ビジネスをマネジメントしながら、多くの投資を卓球界に獲得しなければならない。
それが私たちがWTTをスタートさせた最も大きな理由だ。


写真:WTTコンテンダードーハ大会で優勝したドミトリ・オフチャロフ(ドイツ)/提供:ittfworld

取材を終えて

確かに、スティーブの主張は「世界の卓球産業の成長のため」という点では、一貫している。

卓球はビジネスか伝統か、ではなく、もちろんビジネスであり伝統でもある。
卓球をもっと普及させたいという思いは全ての卓球人が持つ願いだが、これまで卓球界が大切にしてきた機会の平等性や、WTTの中に世界選手権が位置づけられていくような大胆なビジネス戦略に、少なからぬ卓球人が不安を覚えているのも事実だ。

まずは、まもなく開幕する、史上初のアメリカ開催の世界選手権ヒューストン大会を刮目して見よう。

既に約22,000枚のチケットが売れ、決勝・準決勝は既に完売だという期待感。
ヒューストンに、新しい風が吹くか。
少し野暮だが開催地で例えるならば、私たちは卓球という同じ小さな宇宙船に乗り込むクルーなのだから。


写真:2019ブダペスト大会の会場/提供:卓球レポート/バタフライ

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