多くの学生が学業と並行しながら取り組み、勝ち負けだけでなく、人としての成長を促す「人材育成の場」としても機能してきた。
しかし、近年では少子化、指導者不足、教員の多忙化など、さまざまな問題が挙げられており、学校や地域によっては存続の危機にある。
そんな中、「部活を学校から切り離した方がいい」と提言するのが元卓球選手の山本恒安氏(56)だ。
山本氏は、1980年代後半から2000年代はじめにかけて実業団の名門・シチズン時計に“名カットマン”として名を馳せ、現役引退後は同社の卓球部の監督として活躍。その後はサラリーマン生活を経て、今年の2月末での退職を決意した。4月からは一般社団法人スマイル育英会を立ち上げ、部活動支援を軸に各年齢層の育成に当たっていく。
今回は、そんなサードキャリアとして新たなステージへ挑む山本氏に、今後の部活動の在り方、そして日本スポーツ界の未来について訊いた。
>>インタビュー前編「元卓球選手 50代からの“サードキャリア”」はこちら
部活は週休2日以上に。「強くなりたい」子供たちはどうする?
写真:現役当時の山本恒安氏/提供:山本恒安
55歳を人生の節目と捉え、今年の4月から一般社団法人を設立し、起業へと踏み切った山本氏。
前述の通り、テーマに選んだ社会課題は「部活動の支援」だ。
「部活動は体罰やパワハラなど、さまざまな問題を抱えてきました。加えて、その競技を経験したことのない先生が顧問になる状況も往々にしてある。それによって、やる気のある子供たちにとってはモチベーションの低下に繋がり、未来を担う貴重な人材が埋もれてしまう可能性があります。それを阻止するべく、事業を通して子供たちの人間形成を支え、部活動の顧問の先生方の働き方改革にも寄与していきたいと考えたのです」
山本氏は2019年より、西東京市で3つの中学校に出向いて訪問指導している。現場で感じる課題の1つが部活の「週休2日制」の浸透だ。
2018年にスポーツ庁が定めた「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」に基づく施策だが弊害もある。生徒によっては「いくらその競技で上手くなりたくとも、週6日以上の練習ができなくなった」のだという。
「競技の魅力に気づき、部活にのめりこみたい子にとっては気の毒なルールです。私が指導している学校では『もっと強くなりたい』『部活が無い日も練習がしたい』と直接申し出てくれる子もいます。彼らには、部活のない日でもボランティアで教えている。幸い教えている3校は比較的近くにあるため、各校に『何月何日にこの体育館で卓球教室を開きますよ』という案内を配布し、それによって今後さらに志願者が増えれば、どんどん規模を広げていこうと考えています」
すでに西東京市の総合型地域スポーツクラブ「にしはらスポーツクラブ」にて、ジュニア向けの指導を開始しているという。
将来的にはレディースやシニア層に向けての教室を開催する構想もあるといい、山本氏は「一般の愛好家からトップアスリートまで、レベルに関係なくあらゆる世代に卓球を楽しんでほしい」とスポーツを通じた地域コミュニティの活性化を見据えて、目を輝かせる。
部活動を通じて「社会性・学習習慣」を育む
写真:地元の中学生を指導する山本氏/提供:西東京市体育協会
山本氏が部活動で行っているのは、卓球の指導だけではない。子供たちが今後、豊かな人生を送っていくために必要な社会性についても教えている。
「中学・高校という時期は、社会に出る準備期間のようなもの。いずれ学生期間を終え、社会人として働いていく時のためにも、技術指導だけではいけません。挨拶をする、返事をする、周りに感謝をする。じゃないと『社会に出たら困るよ?』と。企業が求める人材育成をするためにも、部活動内で時間を割き、社会の中で生きていくためのルールやマナーを指導しているんです」。
さらに社会に出てからも必須となる学習習慣についても、ドイツの心理学者が導き出した理論『エビングハウスの忘却曲線』をもとに勉強のコツを伝えているという。
それについて山本氏は「そもそも、人間って忘れる動物なんです」と前置きした上で、ノートをとることの重要性を挙げる。
「私自身、メモをとることを習慣づけているのですが、記録することによって忘れにくくなるのはもちろん、目標を見失わないことにも繋がります。卓球に置き換えても、ノートをとることで、自分が目指すべき理想の選手像に至るまでの道筋が振れなくなります。子供たちには『学校でも科目ごとにノートをとるでしょ?』と話して、部活も同じくメモをしながら“学び、成長する場”であることを説明しているんです」
最終目標を明確にノートに記すことで、今取り組んでいる練習は「何のためにやっているのか?」を見失わずに、目標を振り返りやすくなる。さまざまなことで迷う時期にいる学生たちにとって、ノートを使った「目標・課題・思考の見える化」は欠かせない。
部活動を地域クラブに移行へ。教育現場とスポーツの未来を照らすために
写真:中学生を指導する山本恒安氏/提供:山本恒安
こういった部活動支援を軸にしつつも、山本氏が最終的に見据えているのが「部活動の地域スポーツクラブへの移行」だ。
いずれ少子化による影響で、学校単位での部活動の維持が困難になることが予想されている。部活動を学校から切り離すことで、その競技の指導経験のない教員が顧問になることもなくなり、生徒の競技力向上につながるだけでなく、教員の負担も軽減される。
だからこそ、「競技をやりたくてもできない」状況を防ぐためにも、早急な対応が必要とされるのだ。
しかし、過去にも同じような試みは行われてきたが、継続するには高いハードルが存在する。指導者不足と財源確保の問題だ。外部指導者の導入は、顧問の負担の縮減だけでなくその外部指導者の持っている実技指導力を学び、自らの指導力を向上させることができる機会にもなるが、地域によっては数が少なく、育成事業の規模拡大が難しくなる。
また財源については、まだまだ外部指導者が生活できるレベルにない。
そこで山本氏は「部活動を地域スポーツクラブに移行し、その流れの中で法人様や地域から支援していただく」仕組みづくりを目指している。
「サポートしていただくことにより、法人様は学校の教育現場に入っていくことができ、自社の商品やサービスの訴求を可能にします」と賛同企業のメリットについて説明。双方の利益を実現しつつ、部活動を新たなカタチで守っていくことができるようになる。
だがその中で、「全ての学校から部活動を切り離すことを考えているわけではない」と山本氏。「スポーツクラブに移行するかどうかは、学校がそれぞれ選択すればいいと考えています。教員の働き方改革の話もありますが、日本中の先生が『部活顧問はやりたくない』と思ってるわけではないじゃないですか。生き生きと教えている先生もいれば、負担に感じる先生もいる。だからその選択は自由であるべき」と、あくまで学校側の選択肢を増やす活動であることを補足した。
これから山本氏が歩む道のりは、決して平坦ではない。だが世界はこれまで、何事においても誰かが成功モデルを作ってきたことで、つねに発展を続けてきた。
部活動のスポーツクラブへの移行も、定着化させる仕組みの構築に成功すれば、卓球を含め日本スポーツ界の未来は明るい。そこに向かって、山本氏の挑戦は続いていく。