"大学で伸びた男"の卓球スペインリーグ挑戦秘話(北陸大学・中陳辰郎インタビュー) | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:中陳辰郎(北陸大学)/撮影:ラリーズ編集部

卓球インタビュー “大学で伸びた男”の卓球スペインリーグ挑戦秘話(北陸大学・中陳辰郎インタビュー)

2020.07.24

取材・文:川嶋弘文(ラリーズ編集部)

高校までの厳しい指導から解放され、大学では遊んでしまって伸びが止まる。スポーツ界ではよくある話だ。

だが、この男の場合は違う。

北陸大学卓球部のエース中陳辰郎(なかじんたつろう、20歳)は数少ない“大学で伸びた”アスリートの一人だ。

昨年のインカレでは名門・早稲田大学戦で勝利。今季挑戦したスペインリーグ(2部)でもシングルス4勝2敗の好成績を収めるなど伸び盛りの中陳だが、高校時代は団体戦レギュラー外。大学1年次も補欠からのスタートだった。

そんな遅咲きとも言える中陳の「成長のきっかけ」と「海外挑戦の裏側」に迫った。

>>「第一話:東京一極集中を覆せ〜北陸大学卓球部 学生スポーツ界の新たな挑戦者たち〜」はコチラ

「人生が変わった」木村監督からの一言

高校時代、神奈川県最強の湘南工大付属高で腕を磨いた中陳は「体育教員免許が取れる」「全国で勝てるチームを目指している」という2つの理由で北陸大の門を叩いた。


写真:北陸大学卓球部/撮影:ラリーズ編集部

天井が高く、14台の卓球台を広々と設置できる恵まれた練習環境の中で、大学での競技生活をスタートした中陳を待ち受けていたのは、愛のある厳しい言葉だった。

“うまくなってるけど、強くなってないな”

木村信太監督のこの一言で中陳の卓球人生は変わったという。


写真:木村信太監督(右)と中陳辰郎選手/撮影:ラリーズ編集部

「大学1年の合宿の時でした。練習をして技術レベルは上がっているはずなのに試合では勝てないという状態がずっと続いて悩んでいました。木村監督に言われてから“うまく”ではなくて“強く”なるってどういうことなんだろうと、深く考えるようになりました」。

その後、中陳が監督・コーチ・チームメイトに相談しながら、悩み抜いて出した答えは「得点に直結する練習をすること」だった。ラリーを続けない“単発系”練習の導入を決めたのだ。

「日本の卓球は伝統的にラリーの練習が多い。僕も高校まではずっとサーブ、レシーブからフットワークの練習が中心でした。だから体は動くしミスは少ない。でもそれだけでは勝てないんです。勝つために、一発で打ち抜く、得点になるボールを沢山打とうと思いました」。


写真:中陳辰郎(北陸大学)/撮影:ラリーズ編集部

それから中陳は毎日の3時間の規定練習とは別に「単発系」練習の時間を設けた。

「単発」とはラリーを続けるのではなく、ラリーを終わらせるボールを一球ずつ打つことを指す。授業と授業の間の空きコマや、授業前の朝7時代から仲間に球出しや練習相手をお願いし、直接得点に繋がるボールを打ち続けた。

そしてその成果は如実に現れ部内ランクは徐々に上昇していった。2年生からはレギュラーの座をつかみ、次第にエースとしてチームを引っ張る存在となった。

そんな中陳に卓球人生で最も印象に残っている試合について尋ねると間髪入れずに「インカレでの早稲田戦」と返ってきた。

欧州行きのキップを懸けて 運命のワセダ戦

大学日本一を決める全日本大学総合卓球選手権大会・団体の部(通称インカレ)はここ10年ほど関東の大学がベスト16のうち約10〜11校を占める圧倒的な強さを見せる。ここに割り込むことを目標としている北陸大にとって、関東の大学との対戦は最も熱が入る。

とりわけ2019年のインカレは中陳にとって特別な大会だった。大会前に、欧州に広い卓球人脈を持つ雪本修一氏(㈱LaboLive代表取締役)の紹介で北陸大に海外リーグ行きのオファーが来ていたのだ。

「大会前に監督から『本学の選手も欧州リーグに挑戦できるかもしれない。そのためにはこのインカレで活躍しないと推薦できない。』というような話があり、気合が入っていました」。


写真:2019年インカレでの北陸大対早稲田大戦/提供:北陸大学

予選リーグを通過し、決勝トーナメント初戦の相手が名門・早稲田大学に決まった直後、中陳は思い切った行動に出る。

「それまでずっとオーダーは後半に出ることが多かったんですけど、監督に前半に出たいと直訴しました。こんなことは初めてです。勝てば欧州行きへのアピールになる。それに予選リーグでシングルスで接戦で勝てて、ダブルスでも法政大を追い詰めたりと、調子も良くて自信もあった」。

そして中陳の願いは叶い、早稲田戦で前半に出場。ここで中陳は期待に応え、チームで唯一となる勝利を挙げたのだ。この勝利で自信をつけた中陳はその後も北信越大会で学生王者になるなどの成績を残し、文句無しでチームで唯一となるスペインリーグへの挑戦権を手にした。

>>中陳辰郎(北陸大学)の早稲田戦のLaboLive試合映像(外部リンク)はコチラ

スペインリーグ挑戦記


写真:中陳辰郎(北陸大学)/提供:北陸大学
2020年2月。大学の春休み期間突入とともに中陳が待ちに待ったスペイン挑戦の機会が訪れた。人生初の欧州行きが卓球の試合というシチュエーションに「心が踊った」という。

もちろん見知らぬ海外の地でのホテル生活に不安が無かったわけではない。だがその不安は初日からチームメイトによって払拭された。

「お土産で持っていった柿の種と日本酒がチームメイトにウケたんです。柿の種はその場でヒーヒー言いながら食べてくれて、なんだこの辛いのは〜!と笑いがおきました。日本酒も向こうでは漢字が書いてある高級品という位置づけらしく、家に飾ってくれたりして。温かいチームというかファミリーだったので一気に打ち解けました」。

またプレーの面でも得るものは大きかった。フォアハンドとフットワーク中心の日本式卓球を地で行く中陳にとって、バックハンド重視のヨーロッパスタイルや考え方の違いは自身の卓球を見つめ直す良い機会になったという。

「スペインでは、バックハンドを基礎から習いましたね。威力を出すための腹筋が足りないと言われてトレーニングもしました。日本よりもゲーム練習が圧倒的に多かったのも毎週試合があるヨーロッパならでは。実践重視で理にかなっていると感じて、学ぶところが多かったです」。

試合ではスペインリーグ2部のオロト(CTT oloto)のメンバーとして出場した。試合は1チーム3人がシングルスで2回ずつ計6試合を行う。勝敗が決すれば試合終了となり、3対3となった場合だけ最後にダブルスで勝敗を決めるという方式だ。

「実はこのルールを聞いていなくて。初戦で3対3になったところで、『今からダブルスだよ』と言われて初めて知ったんです。練習も一度もしてなかったんで負けてしまったので、チームメイトや監督に『ダブルスも練習したい』と言うと、『そんな時間あったらシングルスで勝てるようにするんだよ』と言われました。つまりダブルスは全く練習しないと。日本では考えられないですよね。スペイン人らしいなと思いました(笑)」

残念ながら、中陳のスペイン挑戦1シーズン目は、新型コロナウィルス感染拡大の影響を大きく受けた。中陳のスペイン入りから約1ヶ月経過した頃、シーズン途中で試合の全日程中止が決まり、帰国を余儀なくされたのだ。

中陳の公式twitter。チームから愛されている様子が伝わってくる

ただ中陳が出場した3試合で5勝3敗(シングルス4勝2敗、ダブルス1勝1敗)という好成績を残せたこともあり、来シーズンは中陳を含む北陸大の複数の選手が、LaboLive社のサポートの元、スペインリーグへの参戦を予定している。

中陳は来季に向け、卓球の練習もそして英語の勉強にも高いモチベーションで取り組んでいる。

スペインで見えた新たな人生設計

そんな中陳の将来の夢は「地元富山県にオロトのような卓球クラブチームを作る」だ。

中陳がスペインで感銘を受けたヨーロッパのクラブチーム文化を、日本でも実現するという発想だ。


写真:中陳辰郎(北陸大学)/提供:北陸大学

「スペインでは同じクラブに色んな年齢と強さの人がいる。トップチームの人は子供たちの育成もやるのが当たり前なので、僕もオロトでは毎日1時間小中学生と打ってからそのあと2時間自分の練習をさせて貰いました。すごく良い文化で、日本でも取り入れたら地域が卓球で活性化すると思うんです。

それから向こうでは大会ランクを選手の年齢で分けずにレベルで分けていました。スペインリーグの4部とか5部とかだと小学生ぐらいの男の子と50代、60代のおじさんが団体戦のチームを組んで真剣勝負をしていたのを見て、微笑ましいというか、素直にいいなと思いました」。

中陳のスペインリーグ参戦は地元メディアでも取り上げられた

こうしたクラブチーム文化は試合の時の応援にも現れる。

「僕たちトップチームの試合になると、ホームゲームの観客の応援がとにかく本気なんです。日本で言うとサッカーの日本代表戦のサポーターのような感じ。1本取ると立ち上がって歓声をあげますし、ラリーで点を取られると本気で残念がります。文字通り一緒に戦っているんですよね。いつも一緒に練習している仲間の代表が戦っているわけですから本気で応援したくなるんです。」

一方で、経済経営学部で学ぶ中陳は、クラブチームを立ち上げてその経営を継続させるのがいかに難しいことかについても、理解しているつもりだという。

「もちろん大学卒業していきなりこれ1本で、本業で、というのは考えていません。地元富山の民間企業で働きながら、賛同してくれる仲間を集めて、はじめは趣味、副業としてスタートできるのでは無いかと思ってます。北陸大学卓球部も地域の企業にスポンサー頂いていますので、どういうチームだったら企業が応援したくなるのか、選手やクラブはどうやって企業に貢献できるのか、今のうちにしっかり勉強したいですね」。


写真:中陳辰郎(北陸大学)/撮影:ラリーズ編集部

現在3年生の中陳の大学生活も残すところあと1年強となった。

大学生活でやり残しは無いかと尋ねると「まだまだあります。インカレで上位に入って監督、コーチ、大学、スポンサーに恩返しがしたい。そして後輩も育てたい。来年の春、僕のように高校でやり残しがあって、まだ満足していない。大学に入ってチャレンジしてやるぞという子に入部して欲しいですね。」と返ってきた。

金沢の地から、第2第3の中陳が生まれる日もそう遠くなさそうだ。

第3話:6つの肩書を持つ男「全ては卓球普及のために」に続く)