新型コロナウイルスパンデミックによる長い自粛期間を経て、卓球界では少しずつ大会が再開している。全国の都道府県では中高生のための総体代替試合や、各地域内で県をまたがない小規模大会などはすでに実施されている。
だが思った以上に体力が低下し、練習も満足にできていると言い難い今、試合で万全を期すためには、日々の身体づくりや疲労回復が1つ重要なポイントとなるだろう。
そこで今回は、食事、栄養面から卓球再開に向け準備をしたいと考えた。世界卓球にも帯同し、栄養面から日本卓球界をサポートする公認スポーツ栄養士の飯野直美先生(群馬県安中市立安中小学校)に「全卓球人への栄養アドバイス」を聞いてみた。
>>前編はこちら 卓球選手躍進の裏に“栄養士の徹底サポート”あり 選手を「食」で支える仕事とは
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動けない時期は体重の増減でチェック
――現在、コロナ禍で運動量そのものが減っていると考えられます。この状況の中で、栄養・食事面で何かアドバイスありますか?
飯野:最近動いてないし太ってきたんじゃないかなどを、客観的にチェックできるのは「体重」です。
体重を毎日決まった時間、できれば朝起きてトイレに行った後、同じような服装で測ってもらうのが一番良いと思います。食事の内容よりも体重を測ってもらえれば、数字として見られるので自己管理としては一番簡単です。体重の増減に合わせて、食事量を調整しましょう。
――シンプルに体重なんですね。自粛期間には選手にも同様のことをお伝えしたんでしょうか?
飯野:栄養士だけではなく、監督やトレーナーさんからも伝えています。選手の場合は、食事量だけでなくトレーニングも関係してくるので筋肉量と体脂肪量も測って、管理した方がより良いですね。
ジュニア層へのアドバイス「摂取エネルギー以上の練習をしないこと」
――続いては、以前は毎日のように練習していたであろう学生やジュニア世代の卓球プレーヤーへのアドバイスをいただきたいです。
飯野直美先生(以下、飯野):主食、汁物、主菜、副菜、果物、乳製品と基本的な栄養バランスの摂り方は変わらないです。
写真:栄養バランスが整えられる朝食例(小学校低学年 食指導資料)/提供:飯野直美
スポーツの中でも卓球は、試合時間は平均して30分くらいですけど練習量がすごく多い。繊細な技術が多いので、練習量が必要なのかなと素人目線ですが感じます。トップにいけばいくほど多いですし、ジュニアでトップを目指している選手は、小学生から週末は1日6~7時間という声がよく聞かれます。
ジュニア時代は成長期ですので食事で摂りきれないほどのエネルギーを練習で消費してはいけないと言われています。成長への影響やオーバーワークによる怪我などが心配されるからです。
――練習で消費する以上に食べて摂取することは難しいのでしょうか?
飯野:難しいと思います。卓球の練習量が多いのはそうですが、そもそも食べられる量には限界があります。
胃の大きさや本人の消化吸収の能力もあるので、摂取エネルギーよりも消費エネルギーが多くなる。そうすると疲労が蓄積したり、怪我をしやすくなったりします。
ジュニア世代の食事ポイント「カルシウム」
――普段からたくさん練習しているジュニア選手の親が食事・栄養面で気にすべき点はありますか?
飯野:基本的には、主食、汁物、肉や野菜の主菜、副菜、果物、乳製品がバランス良く栄養を摂れるスタンダードな食事です。揃えてもらえば自然と栄養バランスが整います。
その中でも特にジュニア選手は成長期なので、骨を強くしてくれるカルシウムはしっかり摂りたいです。
タンパク質ももちろん必要ですが、肉や魚、卵など何かしら食べると思いますのでおそらく足りなくなることはあまりないでしょう。でも、カルシウムは意外と意識しないと摂りにくい栄養素です。
写真:成長期に重要な栄養素・カルシウム 小・中学生選手対象の研修で使用された資料/提供:JTTA栄養・食事ガイドシリーズ(木村典代)2009より
――カルシウムとなると牛乳などの乳製品がポイントですか?
飯野:そうですね。小学校、中学校の給食に牛乳がつくのも、牛乳にはカルシウム、炭水化物、脂質、タンパク質が入っていて、栄養価がぐんと上がるからなんですよね。
ただ、給食では1日に食べてほしいカルシウム量の半分を目標として献立を考えていますが給食だけでは、摂れても半分を補っているだけなので、ご家庭でも牛乳やヨーグルト、チーズなどを積極的に食卓に取り入れてもらいたいです。他には豆腐や納豆、小松菜・ほうれん草などの青菜にも多く含まれます。
また、女の子は、思春期の時期に貧血になりやすいので鉄分も重要です。小松菜やほうれん草はカルシウムが入っていて鉄分も多いので良いですね。
写真:成長期に大切な栄養素・鉄(小・中学生選手対象の研修で使用された資料)/提供:JTTA栄養・食事ガイドシリーズ(木村典代)2009より
強い選手は「何でも食べられる」
――ジュニア世代だと小松菜やほうれん草など野菜が苦手な選手もいるかと思います。その場合はどうアドバイスされますか?
飯野:まず、「食わず嫌いはやめようね」と言います。見た目で判断してはどういう味がするかわからないし、色々な味を覚えることがジュニア期は大事で、これが食育の1つです。
特にトップを目指す選手は、食わず嫌いしていて海外に行ったらどうするの、と。海外だとピンク色のスープだったり、イチゴヨーグルトのスパゲッティだったりが出てきます。海外の事例を紹介しながら、第一歩は味を知るために一口食べてみようと話をしますね。
――親としても子に食わず嫌いしないよう促すのが良さそうですね。
飯野:そうですね。家庭の嗜好や食傾向が大きく影響するのは言うまでもありません。保護者の方には「子どもが嫌いなものを除いて食事を作らないでください」とお伝えしたいです。
例えば、野菜全般を苦手とする偏食になると、栄養バランスが崩れてしまったり、必要な栄養が摂れなかったりします。最初は野菜を細かくしてわからないように料理に混ぜるのも1つの手です。
しかしそのままだと、野菜の味がわからないので、少しずつ実はこの野菜が入っていたんだよと教えて、段階を踏んで食べられるようにしていくのがよいと思います。
写真:海外遠征では食事の摂り方がより大事になってくる(小・中学生選手対象の研修で使用された資料より引用)/提供:飯野直美
――好き嫌いの無さもアスリートにとっては1つの大事なポイントのようですね。
飯野:何でも食べられるのはすごく良いことですし、選手としては大きな力を持っていると思います。海外に行くとなるとなおさらです。強い選手はどこでも寝られて何でも食べられる選手が多いです。
試合前日夜にオススメ料理は生姜焼き
――話を少し変えて、自分は3か月に1回くらい試合に出るホビープレーヤーなんですが、試合出場前日の夜や当日の朝にオススメの食事はありますか?
飯野:試合はだいたい1日中ですよね?そうすると炭水化物を多めにして、消化の良いものが基本になります。炭水化物を多めにすることはつまり、エネルギーを身体に蓄えるということです。
また、夜食べた物の消化が睡眠に関わってきます。そのため、脂っぽい物やお酒など胃に負担がかかるものは睡眠の質を下げるので避けましょう。「脂質を少なく、ちょっと炭水化物を多めに」を意識すると、試合前の食事としては良いと思います。
――「脂質を少なく、ちょっと炭水化物を多めに」について、具体的に何を食べると良い・悪いまで教えていただいても良いでしょうか…?
飯野:揚げ物や焼肉はやめた方がいいですね。焼肉は試合の後のお楽しみにしましょう(笑)。
食べるべき王道は豚肉です。豚のしゃぶしゃぶは脂が落ちて良いですし、生姜焼きもおすすめです。なぜかというと豚肉はビタミンB₁を多く含む食材だからです。ビタミンB₁はエネルギーを作るときに使われる栄養素で、疲労回復の役割を担ってくれます。
また、生姜焼きだと玉ねぎを一緒に炒めて食べると良いですね。玉ねぎはビタミンB₁の吸収をアップさせるアリシンを含みます。豚肉と玉ねぎの組み合わせは、試合の前後どちらでも疲労回復になるのでオススメです。
――ありがとうございます。試合前日は生姜焼きを食べたいと思います!試合当日の朝は何かオススメはありますか?
飯野:ごはんの他に汁物にお餅やうどんなどを入れるとエネルギー量をしっかりとれます。「脂っぽいものを減らして、糖質を多くする」のが試合前のポイントで、朝は果物で糖質が多めのバナナやオレンジジュースも最適ですね。
写真:ポイントは糖質多めの食事(学校給食にも応用)/提供:飯野直美
――試合後の食事についてのアドバイスはありますか?例えばお酒についてなど。
飯野:練習ですごく汗をかいてその後の一杯は美味しいとは思いますが、「それは水分補給にはなりません」ということは言わせてください。
楽しいコミュニケーションツールとしてお酒はすごく良いと思います。ただ、お酒を飲むとアルコールの分解に肝臓が働いてしまうので、疲労回復などが後回しになってしまいます。だから、結局は飲みすぎは良くないのです。
たくさん飲みたいときは次の日に休めるときにするなど、ちょっとしたことに気を使うと良いと思います。
――たくさんのアドバイスありがとうございます!卓球の試合が徐々に再開しつつあるので、今後は食事・栄養にも気を使って臨んでみたいと思います。