野田学園への転校、初の日本一から卓球人生最大の挫折へ【吉村和弘インタビュー#2】


兄・真晴とともに卓球の道を踏み出した吉村和弘。厳しい指導に耐えながらも「勝利の味」を覚えていく。「いつか兄を超えたい」と願う吉村に転機が訪れる。

第1話:鬼のオヤジに兄・真晴。卓球一家で生まれた和弘の卓球人生の幕開け【吉村和弘インタビュー#1】

小学6年の時、吉村の元に全国の卓球強豪中学校から誘いが届いていた。着実に結果を出していた吉村は兄・真晴と同じくらい注目され、次世代を担う選手として多くの卓球関係者から期待が寄せられていたのだ。

進学先の候補はいくつかあった。野田学園中学は、兄がすでに進学しており、名将・橋津文彦監督のこともよく知っていた。兄と同じ道を歩むのも選択肢の一つにはあった。しかし、吉村は「兄以上に強くなりたい」という気持ちを抱くようになっていた。

「同じところにいては同じレベルでしか強くならない。兄は兄、自分は自分で、本当に強くなれるところに行く。それだけで選びました」

吉村が選択したのが、北の名門・青森山田中学だった。青森山田は、中学、高校、そして青森大学まで一貫して卓球選手を育てるシステムが完成されていた。吉村が入学時には全中(全国中学校大会)で4連覇を達成、日本を代表する強豪校だった。

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名門・青森山田から野田学園への転校

青森山田学園卓球部が練習する体育館には、こんな標語が掲げられていた。

「世界で勝とう」

その目標達成のため、練習は非常に厳しかった。試合のような緊張感の中、ムダ口を叩くことなく、黙々と卓球台に向かう。当時の板垣孝司監督率いる青森山田の方針は「フォアハンド主体で打ち込み、ミスをしない」というものだった。小学校時代からバックハンドをフォアハンドと同様に振る「両ハンドスタイル」の確立を目指し、練習に食らいつき、試合で勝つことを意識してきた吉村はここで葛藤に苛まれた。

「当初は自分のプレースタイルを活かせず、腹が立ってしょうがなかったんです。練習するのも嫌になった時期もありました。」

なかなか踏ん切りがつかなかったが、中3になり、父に相談をした。父は息子の性格やプレースタイルを考慮し「野田学園に転向したい」という息子の申し出を認めた。そして、中3の秋、吉村は兄と同じ野田学園中学に転校した。早速練習に参加すると、意外な雰囲気の違いに驚かされた。

「青森山田は、いい意味でも悪い意味でもチームに緊張感があった。でも、野田学園は厳しい中でもみんな卓球を楽しんでいる。個人的な性格は野田学園の方があっていたのかもしれません」

橋津監督の指導も「両ハンドでミスしてもいいから思いきり打て」というものだった。それが野田学園の卓球スタイルで今の日本の卓球の主流にもなっている。本来、両ハンドで試合を組み立てていく吉村に、これがハマった。本人も徐々に手応えを感じ始めていた。

「中学から高校にかけて、一番成長しました。特に、バックドライブはすごく良くなりました。最初は思い切り振りきることがなかなかできなかったのですが、練習を重ねることで思い切り振り切れるようになって攻撃力が増したのはすごく大きかったです」

バックドライブは入れることを意識するととたんに威力が落ちてしまう。思い切って振り切ることでスピードと鋭さが増す。進化したバックドライブは練習を重ねることで研ぎ澄まされ、安定感も伴った。吉村は大きな武器を手に入れることができたのである。

そして、野田学園高校2年時(2014年)には、全日本卓球選手権ジュニア男子で優勝を果たす。

「この大会で優勝したことは、僕の卓球人生の大きなターニングポイントになりました」

220名が参加したこの大会で、吉村は決して本命ではなかった。同世代には男子ダブルスで優勝した三部航平(青森山田)や酒井明日翔、村松雄斗(ともにJOCエリートアカデミー)ら有力選手が多くいた。だが、下馬評を覆してベスト16決定戦で龍崎東寅を、準々決勝で緒方遼太郎を、そして準決勝ではカットの名手、村松を3-1で打ち破り、決勝へ進出した。決勝では酒井に対し、4ゲーム目6-10の劣勢から逆転し、ゲームカウント3-1で勝利。

JOCエリートアカデミーの選手を4連破して掴んだ優勝は、吉村にとって、高校2年にして初めて手にした「日本一」の称号だった。

「誰も僕が勝つとは思っていなかったと思うけど、優勝できてすごく気分が良かったですし、自信がつきました。この優勝で、『自分は戦える。世界を視野に入れて頑張っていこう』と思えるようになりました」

高3になると第41回全国高校選抜卓球大会で主力としてプレーし、青森山田高校を破って3大会ぶりの優勝にチームを導いた。有終の美を飾るべく、山梨県甲府でのインターハイに出場し、学校対抗、ダブルス、シングルスの3冠を狙っていた。気力体力ともに充実しており、村松ら有力選手に勝って自分の力を証明するつもりだった。ところが信じられない出来事が起きた。シングルスの県予選で敗退し、本大会への出場権を失ってしまったのだ。

「最悪、負の歴史です。思い出したくもない。本戦で優勝する気でいましたから……。3年目のプレッシャーを感じて負けてしまって、もう号泣しました」

周囲はもちろんのこと、吉村自身も己に期待していた。期待が大きい分、その結果に対する衝撃が大きかった。ダブルスに出場は決まっていたものの、自分の中でシングルスの敗戦を消化できず、大会会場に行くとナーバスな感情が表情や態度に出てしまった。結局、ダブルスは坪井勇磨、三部航平(青森山田)にゲームオールの末、敗れた。

「シングルスの負けを引きずって今までにないくらい落ち込みました。正直、もうどうしていいのか分からない。その状態からしばらく抜け出すことができなかったんです」

吉村は、卓球で初めて大きな壁にぶつかったのである。
(第3話 「真晴の弟」からの脱却。諦めない男、和弘が突き進む「卓球道」 に続く)
取材・文:佐藤俊(スポーツライター)、写真:伊藤圭
撮影地:T4 TOKYO

取材協力:VICTAS