行動基準は“世界一を狙えるか” 名将・村上恭和、貫く信念と変化する柔軟さ【前編】 | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:村上恭和(日本生命レッドエルフ総監督)/撮影:槌谷昭人

卓球インタビュー 行動基準は“世界一を狙えるか” 名将・村上恭和、貫く信念と変化する柔軟さ【前編】

2021.05.12 取材・文:槌谷昭人(ラリーズ編集長)

日本生命レッドエルフというチームがある。
卓球Tリーグは2018年秋に始まり、昨季で3シーズン目を終えたが、男女合わせて3連覇したのは、女子の日本生命レッドエルフだけである。


写真:Tリーグ3連覇を果たした日本生命レッドエルフの早田ひな日本生命レッドエルフ)/撮影:ラリーズ編集部

なぜ日本生命だけが勝てるのか。

平野美宇、早田ひなら人気・実力ともトップの選手たちがいることはもちろん大きな理由だろう。今春からは、高校を卒業した長﨑美柚が所属することも発表された。
では、なぜ引く手あまたの有望なトップ選手たちが、日本生命に集うのか。


写真:平野美宇(日本生命レッドエルフ)/撮影:ラリーズ編集部

日本生命レッドエルフを率いる総監督は村上恭和。
ロンドン、リオ五輪と、女子代表監督として日本卓球界に史上初の五輪メダルを2大会連続でもたらした“名将”だ。

世界で勝つための体制を構築し、日本の卓球再興の機運を盛り上げる一方、日本リーグ所属時代の1990年から、日本生命監督としての優勝は30回を数えた。


写真:3連覇を果たした日本生命レッドエルフメンバー/撮影:ラリーズ編集部

勝つことで、社会での卓球の地位向上を果たしてきた村上は、いま、何を頭に思い描くのだろう。

「なぜ勝てるのか」に答える村上の答えは、自分のチームの勝利だけでなく、卓球界にとっての未来の勝利を定義し、いま卓球界に関わるそれぞれを励ますような言葉が続いた。


【村上恭和】
自身は実業団選手を30歳で引退した後、“ママさん卓球のコーチ”として指導者人生をスタートする。1990年日本生命女子卓球部監督に就任6年後に日本一になって以来、常勝チームに作り上げた。1996年日本女子代表コーチ、北京オリンピック後の2008年10月から監督就任し、2012年ロンドン五輪、2016年リオ五輪と、女子代表監督として日本卓球界に史上初の五輪メダルを2大会連続でもたらした。リオ五輪後に代表監督を退き、現在Tリーグ日本生命レッドエルフ総監督として、Tリーグ三連覇。

日本卓球リーグ時代から30年以上の歴史

静かに村上は口を開いた。

「勝つために一番大事な選手、この選手層が厚い。これが一番です」。

では、なぜ実力のある選手が日本生命に集まるのだろう。

「練習環境でしょう。環境の中には不動産的なものと動産的なものがあります。不動産でいうと、施設ですよね。体育館、寮が完備されている。動くものとしては、コーチの数、トレーナーの数が多い。それを取り巻く日本生命レッドエルフについても、母体の日本生命が安定していて支援が大きい」


写真:日本生命の貝塚練習場/撮影:槌谷昭人

誇るでもなく、淡々と事実を重ねる。

「それは、私たちは30数年前の日本リーグ時代から、動産・不動産を含めて少しずつ準備して、でき上がってきたわけです。一方で、Tリーグのチームのほとんどは、(Tリーグが開幕した)3年前に事業を始めた。それは急にできるはずがなくて」


写真:村上恭和(日本生命レッドエルフ総監督)/撮影:槌谷昭人

「でも、無理する必要もなくて、徐々に作っていけばいいんです。スタートしてからまだ3年。今は私たちがすべて整っているから強いのは当たり前です」

村上の言葉にずっと底流するのは、卓球界全体への視野だ。

中国NTをイメージした担当コーチ制

いま、日本生命にコーチ・トレーナーは何人いるのだろうか。

「僕もコーチの一員だとして、私、岸田監督、竹谷コーチ、石田コーチ、唐(タン)コーチ、後は岡トレーニングコーチ、コーチ陣としては6人ですかね。そこに今度は練習相手のトレーナーが、常駐で3人、日替わりで3人くらい。加えて現場以外で、卓球経験者で卓球部専属のマネージャー、会社からは部長と渉外担当部長が、体育館に常駐しています」


写真:日本生命の貝塚体育館エントランス/提供:ラリーズ編集部

多い

「そうですね、日本リーグのチームも含めて、これだけの体制は他にないと思います」

理想としたのは中国ナショナルチームの体制

そして、Tリーグでの日本生命ベンチでよく目にした光景が、出場する選手によって担当コーチが席を交代する姿だ。


写真:早田ひなにアドバイスを送る石田大輔コーチ(写真右)/撮影:ラリーズ編集部

「私が理想としているのは、中国卓球協会がやってたことなんですね」

村上は言う。

「僕が日本のナショナルチームに20年ぐらい関わって、中国に何度も行って遠征もしました。中国ナショナルチームは、監督がいて、トレーニング、マッサージの人も必ず帯同して、そして選手の担当コーチ制ですね。中国ナショナルチームは、選手二人に対して一人のコーチっていうのがほぼ決まってます」


写真:丁寧(ディンニン・中国)/提供:ittfworld

「下のレベルに行くと4人に対して一人だったりするんだけど。そういうのを勉強して、実際に日本のナショナルチームでもやったんです、8年間。そこでまあまあ成果が出て日本も強くなったから、日本生命に持ち込んでいます」

簡単に言うが、いわゆる「ヒト・モノ・カネ」を大幅に手当しなければ実現しない話だ。そう水を向けると、少し微笑んだ。

「日本リーグ時代にも、会社側も“良いな、やろうか”となったんです。でも、そこまでの資金的エネルギーはなかったですね。で、Tリーグに行くときには整備しようということで、今の体制になりました」


写真:村上恭和 総監督/提供:ラリーズ編集部

「他のスポーツも勉強しましたねぇ。例えば、一番コーチが多いのは野球じゃないですか?ピッチャー、バッター、打撃、守備、走塁、と全部違うから」

確かにそうだ。

「でも、卓球も実はそうなんです。左もいれば右もいる。カットもおれば表もおって。だからこそ卓球のコーチは、一人か二人の選手だけを担当して勉強し続ける必要がある

世界のトップレベルの話ですが、と前置きした上で、競技性の近いテニスの例も挙げる。

「錦織(圭)さんは一時期、確か7人いてましたからね、コーチ・トレーナー合わせて。そこまでしないと、世界一にはなれない。うちはそれを組織でやってるということです」

世界一。
常に村上の行動基準には、それで世界一を狙えるのか、がある。

「寄り添わなあかん」

「あとは人間は性格が違うから、それぞれに寄り添わなあかんですよね。一人のコーチが4人の選手見るのは無理です。」

長年“常勝”の女子チームを築き上げてきた名将の実感だった。
寄り添うとは具体的にどういうことか。

「技術はもちろん、メンタルのことも含めてです。体調管理、怪我の状況も知っとかないといけないし、今日はやめようとかも、全部コーチと選手が話し合う。コーチは運転手もします。病院行くときもトレーニング行くときも担当コーチが連れていきます」


写真:Tリーグ3rdシーズンファイナルで森さくらにアドバイスを送る竹谷康一コーチ(日本生命レッドエルフ)/撮影:ラリーズ編集部

コーチは座らない

「あと、コーチは座りません」

意外なことを口にした。なぜか、日本生命はその種の根性論とは遠い気がしたからだ。


写真:貝塚練習場の風景/撮影:ハヤシマコ

「選手が座ったら座りますけどね。これは、きっかけがあって」

懐かしそうに振り返る。

「25年ぐらい前、スウェーデンの監督をナショナルチームに招いたんですね、男子の。アンダース・ツンストレムかな。スウェーデンが中国倒して世界一、男子が世界一になってから引退した監督を日本に招いて、いろいろな勉強会や合宿もした。そこで、彼が言いました。日本はコーチがふんぞり返っている。練習中椅子に座ってみている、それはダメと

「選手が立っているときはコーチも立てと。スウェーデンみたいな自由な文化の人がそう言ってきたので驚いた。でも実際、中国に勝って世界一になったからね、スウェーデンは。よし、真似しようと思った」


写真:村上恭和/提供:ラリーズ編集部

世界一になる。それが日本の卓球人気を高める最大の推進力になることを誰よりも知っている

その目的のためには、とことん貪欲な指導者である。変えることに躊躇しない。

ジュニアからの一貫した育成システムと「補欠を作らない」信念

日本生命レッドエルフは、ジュニアアシストアカデミー(以後、ジュニアカ)という中学・高校生のための育成組織を持ち、同じ貝塚の練習場で練習している。日本生命の寮に住み、中学生は貝塚第二中学校、高校生は香ヶ丘リベルテ高等学校に通う。

この一貫した育成制度が、ジュニア選手の強化にも、トップチームへの次世代選手供給という面でも、日本生命の強さに貢献している。


写真:ジュニアカに通う篠原夢空(貝塚第二中)/撮影:槌谷昭人

村上は、ここでもスウェーデンを意識したと言う。
「スウェーデンがそうだったんです。学校スポーツがなくて、クラブスポーツだから。クラブは学年関係ない。小学校でも一番強かったらそのクラブの代表になる。それをずっと荻村伊智朗さんが言われてて、日本にクラブスポーツを根づかせようとして、ご自身が青卓会を作ったわけです。これが50年前で、今のTリーグの思想の根本にあります。」


写真:今季から日本生命レッドエルフ所属となったジュニアカ出身の麻生麗名(日本生命レッドエルフ)/提供:©T.LEAGUE

中学生・高校生は、最初の入部人数を絞っていると言う。

「理想は、中学生は6人から7人、高校生は5人。団体戦の人数が違うから、人数は変わるけど。地方から出てきて、一試合も出ずに卒業したっていう子を作りたくない。これは私の信念です。」

基本的に柔らかな表現を好む村上のほうから、めずらしく「信念」という強い言葉が出た。

「日本リーグ時代からそうなんです。日本生命はいつも社員ギリギリ5人か6人。特に日本リーグは、選手にとって最後の場所。小さい頃から卓球始めて最後のところで試合に出ずに引退っていうのは、私はダメだと思った。その考え方が、今の中高生への育成の方針、レギュラーじゃない子は絶対いないという人数にこだわる理由です」


写真:村上恭和 総監督/提供:ラリーズ編集部

「だからこそ、本人や親たちも、試合に出る希望を持ちながらやっている。最終的には日本生命レッドエルフに入れるんじゃないか、日本代表になれるんじゃないか、って思って練習するから、全員の意識が高いわけです」


写真:ジュニアカの選手たち/提供:ラリーズ編集部

【後編】「勝利の栄誉を称えないと衰退する」村上恭和総監督の見つめるTリーグと卓球界の未来 に続く)

特集・日本生命レッドエルフ第2弾 なぜ日本生命は強いのか?

>>指導者、ジュニアカメンバーのインタビュー!日本生命レッドエルフ特集

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