かつて水谷隼と左・左ペアを組んでいた男からのエール「水谷/丹羽ペアは類まれな才能の融合」 | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:日本卓球界の“ペン裏面の開拓者”村守実/提供:本人

卓球インタビュー かつて水谷隼と左・左ペアを組んでいた男からのエール「水谷/丹羽ペアは類まれな才能の融合」

2021.07.17 取材・文:槌谷昭人(ラリーズ編集長)

いよいよ東京五輪、卓球の日本男子団体はすぐそこだ。

今回の日本男子団体の特徴は、水谷隼・丹羽孝希という左利き同士の“左・左ペア”が登場する可能性が高いことだ。

同じ利き腕同士ペアでは動きが重なってしまい、不利になるというのが一般的な見立てだ。

日本男子は代表3人のうち、唯一の右利きでエースの張本がシングルスを2回戦うオーダーとなる可能性が高く、その場合、ダブルスは水谷、丹羽の左利き同士で組むことになるのだ。


写真:2019年香港OPでペアを組んだ水谷隼(写真左)と丹羽孝希(写真右)/撮影:ラリーズ編集部

かつて、水谷隼と左・左ペアを組んでプロツアーに出場していた男がいる。

村守実(むらもりみのる)、35歳。
2003年の第1回世界ジュニア卓球選手権では、岸川聖也とのペアで男子ダブルスで世界一になったこともある。

水谷隼の4学年上の村守は、2003年高校3年のインターハイを終えると、ドイツ・デュッセルドルフに渡った。
坂本竜介、岸川聖也、そして当時中学生だった水谷隼らと共に、ブンデスリーガの名門デュッセルドルフの監督を務めていた名指導者マリオ・アミズィッチの薫陶を受ける。その“ドイツ組”の成長が、日本の男子卓球の飛躍に繋がっていったのは周知の通りだ。

2003年から2004年にかけて、村守と水谷は左・左でダブルスペアを組み、プロツアーに参戦していた。
日本卓球界の“ペン裏面の開拓者”と呼ばれた村守に、当時のお話を伺いつつ、今回の水谷/丹羽ペアへのエールを聞いた。


写真:2004年NT合宿時にて水谷隼(後列右から二番目)らと村守実さん(後列右端)/提供:本人

ドイツ・デュッセルドルフで同部屋生活

――水谷選手と左・左ペアを組んだ当時の理由と経緯を教えてください。

村守:2003年から2004年当時、私はジュニアの国際大会は(岸川)聖也と組んでいましたが、聖也はシニアの大会は坂本(竜介)さんと組んでいたので、私はパートナーがいませんでした。(水谷)隼も当時はシニアの大会では決まったパートナーがいなかったので、余りモノ同士でペアを組むことになったんだと思います(笑)。

――村守さんも水谷選手も、当時ドイツのデュッセルドルフで暮らしていた頃ですよね?

村守:そうですね、デュッセルドルフの同じ部屋で生活していました。当時彼はまだ中学2年でとても若かったです。

――水谷選手は、当時どんな選手でしたか?

村守台にボールを入れる感覚やボールを扱う感覚は、他の選手にはない、とても優れたものを持った選手でした。当時のブンデスリーグでも、他の選手や観客が、まだ中学生の彼の試合をとても注目して観ていたことを覚えています。

――水谷選手とペアを組んだなかで、最も印象に残っている試合ってありますか?

村守:20年近く前なので、正直あんまり記憶に残ってないんですよね……(笑)。ただ今回のお話を頂いて、過去の結果を調べてみたら、メイス(デンマーク)のペアや李廷祐(韓国)のペアにゲームオールで惜しい試合をしていて、我ながら驚きました。


写真:マイケル・メイス(デンマーク)/提供:ittfworld

――かつて水谷選手と左・左ペアを組んだ人間として、水谷/丹羽ペアに対する村守さんのお考えを教えてください。

村守:ダブルスはコンビネーションがとても重要です。特に同じ利き手で組む場合は、ラリー中にペアで重なる事が多くあるので、パートナーの動きを予測して動かなければなりません。それを体で覚えるには、たくさんの練習時間が必要となります。

ただ、そういったコンビネーションが取れるようになれば、右左のペアと対等に戦うことができると思いますし、逆に相手ペアも左左のペアとは、試合をすることが少なくやり慣れていないので、十分にチャンスがあると思います


写真:2019年香港OPでの水谷隼(写真左)と丹羽孝希/撮影:ラリーズ編集部

「隼と孝希という二人の類まれな才能の融合」

――今の水谷隼選手をどう見ていますか。

村守:僕が一緒にいた頃は、隼は中学生でしたからね。当時の彼は飲んだ後のコーラの瓶を捨てずに、部屋に瓶がところ狭しと並んでいたり、夜中までゲームをやって翌朝寝坊して、今起きたような顔で朝の練習に来ることがよくありました(笑)。

現在の彼は、テレビなどで見ていても、もちろん私が知っている当時の隼ではなく、日本チームを背負って立つ選手に立派に成長して、とても頼もしく拝見しています。

――水谷/丹羽ペアへのエールを下さい。

村守:コロナ禍で五輪開催の是非を問う声が嫌でも聞こえてくる中で、これまでの五輪とは違い、競技だけに集中するのが難しい状況だと思いますが、自国開催の五輪で、これまでで最高のパフォーマンスと最高の結果を出せるように頑張ってもらいたいです。

隼と孝希という二人の類まれな才能の融合で、卓球界の”左・左ペア=不利”というイメージも払拭してほしいですね。


写真:リオ五輪で2つのメダルを獲得した水谷隼/提供:ロイター/アフロ

“水谷隼のいる時代”に

村守が現役を引退したのは、2009年3月、まだ23歳のときだった。
リーマンショックによる景気悪化に伴い、当時所属していた日産自動車の硬式卓球部が休部になってしまったためだ。

現在は、日産自動車いわき工場に勤務し、主に生産現場での労働災害防止や従業員の健康確保に関わる業務に従事している。

週末に家族の住む横浜に戻り、卓球を始めた7歳の長男を指導する生活も3年目を迎えた。

「金曜夜、仕事が終わってから家族の住む横浜に戻り、土日に子どもの指導をして、日曜夜にいわきに戻ります」慌ただしい日々の中でも、卓球に関わり続ける喜びを噛みしめる。


写真:Tリーグでのエスコートキッズとして水谷隼選手と入場した村守結仁(ゆいと)くん/提供:村守実さん

たくさんの世代の多くの思いと歴史を背負って、左/左ペアが日本男子団体戦の一番手に登場する。

それは“水谷隼のいる時代”に卓球に関わった者たちにとって、一つの到達点でもある。


写真:2003年アジアジュニア卓球選手権にて水谷隼(右から二番目)、村守実(左から二番目)ら/提供:本人

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