東京五輪代表の平野美宇、全日本卓球選手権優勝の早田ひならが現在所属する日本生命は、60年以上の歴史を誇る名門チームだ。
日本卓球リーグに所属していた際は、実業団5大大会で通算72回の優勝に輝いた。2018年から参戦したTリーグでは、1季目にシーズン2位でファイナル優勝、2季目はシーズン1位とまさに最強の名がふさわしいチームだ。
Tリーグに参戦するトップチーム・日本生命レッドエルフだけでなく、「ジュニアアシスト卓球アカデミー」というジュニア育成組織も擁している。Tリーグ2ndシーズンでは、そのジュニアから3選手が参戦し、当時中学生の赤江夏星が勝利を挙げるなど、幅広い世代で選手が育っている。
3月初旬、大阪・貝塚の練習場を訪れ、未来の日本代表から現役五輪代表までを輩出する、日本生命の強さの源を探った。
>>“3000人のTリーグ開幕戦”で思うコト<日本生命・村上総監督#1>
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「楽しくて料理も美味しい」充実の寮生活
新大阪駅から電車で約1時間の場所にある「日本生命体育館」が卓球部の練習場だ。1964年の東京五輪で「東洋の魔女」と呼ばれた実業団の女子バレーボール部を育んだスポーツゆかりの土地で、選手たちは練習に励む。
選手は体育館に併設された寮で生活を共にする。寮生活を選手たちは楽しんでいるようですと日本生命レッドエルフの岸田聡子監督が語るように、練習場でも隣の寮でも、選手たちの声と表情はとても明るい。「3食の栄養バランスを栄養士の方が考えて作ってもらっているので、食事もすごくいいと思います」と寮生活のメリットを口にする。
写真;取材時の晩御飯。栄養バランスが考えられたメニューになっている/撮影:ハヤシマコ
トップチームにも加入しTリーグに参戦している17歳・麻生麗名(あそうれいな)も「寮生活は楽しくて料理も美味しい」と語るように、選手からの寮生活の評判も上々だ。
「嫌なことだと続かない」自由に楽しむ卓球
「強豪チームで寮生活をしてジュニア時代から腕を磨く」と聞くと、厳しい練習漬けの毎日をイメージしてしまうが、岸田監督に伺うと日本生命の指導方針はまったく違った。
「今の中学生が、選手としてやっていく場合、今後10年、20年やっていくことになる。嫌なことだと続かないので、楽しい気持ちを持って卓球をやってほしい。そのため、週に1回必ず休みを設けています。中高生で毎週1回休みがあるのは珍しいと思います」。
写真:楽しんで練習に取り組む麻生麗名/撮影:ハヤシマコ
皆川優香(みながわゆうか)、麻生麗名、赤江夏星(あかえかほ)のジュニア3選手に取材した際も、「卓球が楽しい」と全員が口を揃えた。
「練習が休みの日は、学校から帰ってきて、外でご飯食べたり、買い物したりしてますね。携帯もOKでテレビも冷蔵庫も部屋にあるし、すごく自由にさせてますね。特に禁止がなくて最初はすごい心配だったんですよ。でも悪いことは全然起こらなかった」と岸田監督も目を細める。
「例えば、食事はお菓子やアイスなんでも食べていいんです。ただ栄養の教育はしてるので、自分たちでそれなりに理解してやってます」。全てが充実した上で自由な環境で、選手たちは自ら考える力も育んでいく。
練習メニューは「楽しく」「選手の特徴に合わせて」
「楽しむ」意識は、練習メニューにも表れている。
「午前中は多球練習などきつい練習をします。逆に午後は選手同士または選手とコーチで実戦に近い一球練習を。また、週末は団体戦をしたりシングルスでトーナメントをしたりリーグ戦したり、内容を変えながらゲーム練習をします」と練習がマンネリ化しないように創意工夫が施されている。また、楽しむだけでなく部内でのゲーム練習を盛んに行うことで、競争意識を上手く刺激している。
選手の特徴に合わせたメニューも意識しているという。
「コーチやスタッフも多いので、選手のことをしっかり見れますので、全員一緒のメニューをやるっていうよりは、それぞれの選手の特徴を生かした練習を、と考えています」。
写真:充実の練習環境/撮影:ハヤシマコ
さらにゲーム練習にはもう1つ工夫がされている。「ゲーム練習については事前に選手たちに伝えておきます。すると選手たちは作戦を考えてくる。そういう考える時間も必要かなと」。戦術が重要な要素を占める卓球では、試合前、試合中に自ら思考し戦術を立案する力が非常に大切だ。その自ら考える力を日本生命ではジュニア世代から養っていく。
トップ選手を間近で見られる刺激
日本生命の最大の特徴は、なんといってもジュニアからシニアまで1つの拠点でともに練習を行うことだ。トップチームには平野や早田だけでなく、韓国代表の田志希(チョンジヒ)やチャイニーズタイペイ代表の陳思羽(チェンズーユ)、シンガポール代表の于梦雨(ユモンユ)と海外の実力者も揃う。
写真:日本生命を背負い戦う平野美宇/撮影:ラリーズ編集部
「ジュニアの選手はTリーグを観にいったり、早田や平野や海外のトップ選手の練習を見られたり、一緒に練習したりすることもあるので、すごく刺激にはなると思います」。一方で、ジュニアからシニアへの刺激もあると岸田監督は語る。「トップチームの選手もジュニアが頑張ってたり、賑やかにやってたりすると、活気があってもっと頑張んなきゃなと感じると思います。一緒の練習場だからこそできることです」。
幅広い世代が刺激し合い、今の常勝日本生命が創り上げられている。
写真:皆川優香/撮影:ハヤシマコ
地域にも支えられている日本生命卓球部
このチームは、貝塚市の地域の方々にも支えられている、と岸田監督は実感を込める。
「学校の先生方も、選手たちの体調を普段からとても気にかけてくださるし、市長は率先して大会応援にも来て頂いている」。市の職員や地域の方々も、折に触れて「何か困ったことはありませんか」と声を掛けてくれると言う。
写真:「たっきゅうおしえてくれてありがとう」子どもたちから贈られた絵/提供:日本生命
その昔、バレーボール「東洋の魔女」を町ぐるみで応援してきた貝塚市の文化が、今は卓球の日本生命女子を支えてくれているのかもしれない。
日本生命としても、積極的に地域との交流を深めている。その中での一つが、近隣幼稚園への卓球普及活動だ。
「平日、森さくらや前田美優、陳思羽も行ってます。幼稚園の子たちが将来強くなってここに来てくれたら嬉しいですよね」。
縦軸に、ジュニアから社会人までを一拠点で育成・指導できる充実した環境。そして横軸に広がる、地域の方々からの温かな支援。脈々と続く日本生命卓球部の伝統の上に、この縦軸と横軸の強みが加わる。
練習場に響く明るい選手たちの声に、日本生命のさらなる常勝時代を予感した。
日本生命レッドエルフ特集
>>第2話 “高2で福原愛下し卓球全日本2位” 森さくらを苦しめた呪縛
>>第3話 森さくら「初めて卓球の楽しさに気付けた」卓球人生変えた恩師との出会い
>>第4話 転機は「インドの“さくら”コール」 Tリーグ最多勝・森さくら誕生秘話
>>第5話 皆川優香「真似できない」平野美宇との練習 一歳下から“黄金世代”を追いかけて
>>第6話 「早田ひなに憧れて」 卓球激戦区・大阪に現れた17歳のニューヒロイン麻生麗名
(取材:3月初旬)
取材:槌谷昭人(ラリーズ編集長)