小学2年生で卓球を始め、秋田県で活躍していた米田裕哉(明治大4年・秋田高出身)。
YouTubeの動画をきっかけに明治大学進学のきっかけをつかみ、選手活動と学連業務の二刀流として活動した。
ユニバーシティゲームズでも選手を運営面から支え、4つのメダル獲得を後押しした米田に卓球経歴や明治大学での活動、楽しかったエピソードについて伺った。
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卓球との出会いから高校進学まで
写真:インタビューに応える米田裕哉(明治大)/撮影:ラリーズ編集部
出身は秋田県で、県立秋田高校を卒業して、スポーツ推薦で明治大学に入学しました。
最初はボールを投げるのが楽しくて、気づいたらラケットを握っていたという感じです。
中学校には卓球部がなかったので、個人部という形で学校の名前を借りて大会に出ていました。練習は週3~4回、父と姉と一緒にしていました。
写真:高校では勉強も頑張るために秋田高校に進んだ米田裕哉/撮影:ラリーズ編集部
コロナ禍と松平兄弟との出会い
そのタイミングで、松平賢二さんと健太さんがYouTubeで「松平兄弟が救います」という、コロナ禍で試合のない中高生にアピールの場を作ってくださる企画をやっていたので、応募してみたんです。
すると見事当選し、一人で東京に行って撮影しました。
ただ、秋田高校は強豪校ではないので、関東の強豪校に進学する場合、自分で伝手を作ってスポーツ推薦をもらわないといけませんでした。明治大学OBの高校の先輩にお願いして、進学できないかを探ってもらったのですが、当時の自分の実力的にもスポーツ推薦は難しい状況でした。
ただ、松平さんの動画を明治大学の高山監督も見てくださって、ちょうど僕が全日本ジュニアに出場が決まっていたので、「全日本の試合を見て決める」とチャンスをくださいました。
写真:明治大学の髙山幸信監督/撮影:ラリーズ編集部
賢二さんにも「頑張れ」と言っていただいたので、「絶対にあきらめないで戦おう」という気持ちで試合に入りました。
写真:秋田高時代の米田裕哉/撮影:ラリーズ編集部
後日、明治大学のスポーツ推薦をいただけることになりました。今思い返してもいろいろなことが重なった奇跡でしたね。
明治大学で直面した現実の厳しさと成長の軌跡
写真:米田裕哉(明治大)/撮影:ラリーズ編集部
僕も練習では割と打てるんですが、試合してみるとまったく歯が立たなかったです。入部1ヶ月で現実を知りましたね。
写真:当時の明治大学には宇田幸矢や宮川昌大ら全国トップレベルの選手が多数在籍していた/撮影:ラリーズ編集部
当時、関東学生3位だった平賀龍生さん(現・松戸市役所)がかなり練習される方だったので、よく一緒にやらせてもらいました。
授業に行って16時くらいに寮に戻ってから1回練習して、18時半にご飯を食べてから、また夜中の12時まで平賀さんと一緒に練習することもありましたね。
写真:明治大学時代の平賀龍生/撮影:ラリーズ編集部
5回戦で負けてしまいましたが、1年生としては十分に健闘した成績で手応えもありました。
写真:米田裕哉(明治大)/撮影:ラリーズ編集部
学連と選手の二刀流
断ることもできましたが、せっかく役職をいただいたならやってみようという気持ちで、引き受けることにしました。
学連に入ったからといってまったく卓球ができなくなるわけではないので、「学連と選手」の二刀流を目指していました。
写真:試合中も学連として運営に奔走する/撮影:ラリーズ編集部
秋田に帰って全日本選手権の予選で落ちたのが一番響きましたね。
「あれだけ練習したのに勝てないんだ」と思ってしまって、そこからは前のようにがむしゃらな練習をしなくなってしまいました。
3年生での転機とユニバーシティゲームズ
最初は右も左も分かりませんでしたが、選手としては気持ちが折れてしまっていたので、学連を頑張ろうと思って幹事長の仕事に本気で打ち込むようになりました。
写真:ユニバーシティゲームズでは4つのメダルを獲得/提供:米田裕哉
全日学が終わった3日後にJOCから書類を出すよう言われたり、あちこちから連絡が来て返信したり、徹夜した日もあり大変でした(笑)。
自分もSNSで速報を更新して日本のファンに向けて発信していたのですが、選手たちが「米田さんがSNSを常に更新したり、JOCとやりとりしてくれたり、本当に頑張ってるから僕たちも頑張ります」と言ってくれて、とても嬉しかったのを覚えています。
結果として金メダル2つ、銀が1つ、銅が1つで、メダルを4つ獲得できました。
大会後には、選手たちからタンブラーとメダルに僕の写真が入ったものをプレゼントしてくれて、すごく嬉しかったですね。
写真:受け取ったプレゼント/提供:米田裕哉
大学生活を捧げたアナウンサー就活
きっかけは、水谷隼選手と伊藤美誠選手の金メダルを獲得した試合の実況でした。
何気なくテレビを見ていたんですが、実況の方がすごく試合を盛り上げている姿を見て「かっこいいな」と思い、「自分もアナウンサーになって卓球の実況をしたい」と思いました。
ただ、ことごとく落ちて、本選考もダメでした。
写真:アナウンサー就活は苦戦が続いた/撮影:ラリーズ編集部
30社ほど受けて内定いただいたのが3社ほどでした。その中の人材系のメガベンチャーに就職を予定しています。
まずは早めに動き出すことが大事だと思います。
何をすればいいのか分からないなら、就活のプロに相談しながら進めていくのがいいかなと思います。
社会人卓球と今後の展望
写真:ユニバーシティゲームズで卓球熱が復活/撮影:ラリーズ編集部
「自分も熱い気持ちでプレーしたい」って思いました。
やっぱり卓球は好きですし、しばらく練習量は減っていましたが、改めて頑張りたいなと思いました。
結局届かないまま大学卓球を終えてしまったので、難しいとは思いますが全日本社会人でランク入りを目指して、仕事と両立しながら頑張っていきたいと思います。
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