東山、関学、そして卒業後は公務員へ 関西学生王者・佐藤匠海が大学を通して気づいた卓球との向き合い方 | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:佐藤匠海/撮影:ラリーズ編集部

卓球×インタビュー 東山、関学、そして卒業後は公務員へ 関西学生王者・佐藤匠海が大学を通して気づいた卓球との向き合い方

2026.01.06

この記事を書いた人
Rallys編集長。学生卓球を愛し、主にYouTubeでの企画を担当。京都大学卓球部OB。戦型:右シェーク裏裏

両親と兄の影響で幼い頃から卓球を始め、全国大会の常連選手になった佐藤匠海(関西学院大)。

東山高校へと進学し、厳しい指導を経て、関西学院大学では1年時に関西学生優勝を果たす。

関西の大学生を代表する選手へと成長した佐藤だが、日本リーグ所属の実業団には進まず、公務員への道へ進むことを決めた。

今回は佐藤に全国常連になるまでの道、進路選び、今後の抱負について聞いた。

卓球との出会い


写真:インタビューに応える佐藤匠海/撮影:ラリーズ編集部

――卓球を始めたきっかけを教えていただけますか?
佐藤匠海:両親と兄が卓球をしていて、兄の卓球について行ったのがきっかけです。気づいたら卓球台の上に登って卓球していました。
――かなり幼い頃から始めたんですね。
佐藤匠海:そうですね。幼稚園ぐらいのときに、初めて全国大会に出場しました。そこから6年生になるまで毎年出場していました。
――小学校時代で印象に残っていることはありますか?
佐藤匠海:全日本バンビで3位に入った時は、すごく嬉しかったです。

もう1つは、自分が小学校3年生ぐらいのときに兄が明徳義塾に行くことになって、それについて行かせてもらったことですね。

東山高校への進学


写真:父親や友人の影響で東山高校へと進んだ/撮影:ラリーズ編集部

――高校進学のタイミングで、東山を選んだ理由を教えてください。
佐藤匠海:いろいろな高校から声をかけていただいたんですが、自分の父と星優真(専修大4年・東山高出身)のお父さんが大学の先輩後輩の関係で、星が東山に行くと聞いて、父からも「お前も東山に」という感じになりました。


写真:東山高校時代にはダブルスを組んだ星優真・佐藤匠海/撮影:ラリーズ編集部

――入学前の東山はどんな印象でしたか?
佐藤匠海:フットワークが特徴的で、昔から強いというのは知ってました。

ユニフォームの赤のイメージも強かったです(笑)。

――ダブルスは1年生から星(優真)選手とペアを組んだそうですね。
佐藤匠海:高校入学前の合宿で星と組んで、たまたま先輩方に勝てたんです。

それで宮木先生に「ええやん」と言われて、そこから組むようになりました。

――最初は全然成績が出なかったと聞きました。
佐藤匠海:そうですね。最初は成績も良くなくて、星の隣に立ってるだけでダブルスでインターハイに出れたみたいな感じでした(笑)。

インターハイの学校対抗でもダブルスで出させてもらったんですけど、静岡学園に負けてしまったので、1年生の頃はいい思い出はないですね。


写真:仲間のおかげで自信がつく/撮影:ラリーズ編集部

――自分の実力に自信がついたのはいつ頃からでしょうか?
佐藤匠海:コロナで試合がなくなった年に、初めて全日本ジュニア予選に通ったんです。その予選で星と対戦して勝ってからは自信がついて、全国選抜でも勝ったりするようになりました。
――それほど星選手の存在は大きかったんですね。
佐藤匠海:大きかったですね。

星に勝てたから「自分もやれるんじゃないか」って思えるようになりました。

――東山は練習強度の高さでも有名ですが、いかがでしたか?
佐藤匠海:1年生の頃はダブルスだけだったので、3日間ぐらい連続でレシーブ練習だけやっていました。

あとは、フットワーク練習をやって宮木先生に怒られての繰り返しだったので、忍耐力はついたと思います(笑)。


写真:高校3年生では星選手とのペアでインターハイ男子複で3位入賞/撮影:ラリーズ編集部

関西学院大学での選択


写真:大学では兄の影響で関西学院大学へ/撮影:ラリーズ編集部

――大学で関西学院大学を選んだ決め手を教えてください。
佐藤匠海:兄が関西学院大学の卒業生だったことが大きかったですね。

関東の大学にも行きたかったんですが、当時はコロナで大会も少なく、関東の大学で試合に出られる自信がなかったので、「関東に行っても試合に出れないなら、関西で試合に出られたほうがいい」と思って決断しました。

――その判断は正解でしたか?
佐藤匠海:そうですね。関西のほうが試合に出られる機会が多いので、チャンスがいっぱい転がっていました。

それは大きかったと思います。

――1年時には関西学生選手権でも優勝されましたが、振り返ってみていかがですか?
佐藤匠海:その年の新人戦で3位だったんですが、春リーグには出られなくて、インカレもメンバーから外されていたんです。

なので、自分としては落ち込んでいたんですけど、いろんな人と「レギュラーじゃないのに関西学生優勝したらめっちゃおもしろいよね」って話して、気づいたら優勝してましたね(笑)。

自分でもびっくりしました。


写真:佐藤匠海(関西学院大)/撮影:ラリーズ編集部

――大学での成長は感じていますか?
佐藤匠海:そうですね。高校時代はダメダメだったんですが、大学に入ってからは「あいつと試合するのちょっと嫌だな」と思われるぐらいには強くなったんじゃないかなとは思います。
――大学時代に印象に残っている試合は何かありますか?
佐藤匠海:1年生のときの全日学選抜ですね。その年は北海道開催だったんですが、前日に大学のテストがあったので、テストが終わってから終電で東京まで行って、始発の便で北海道に行ったんです。

会場にはギリギリで到着できたんですけど、15分ぐらい練習してすぐに試合だったので、結果もそうなんですがめちゃくちゃ印象に残っています。

――そのときの結果はいかがでしたか?
佐藤匠海:1試合目は負けてしまったんですけど、2試合目の宮川(昌大)さん(現・協和キリン)との試合では2-0でリードされたのに、そこからゲームオールに追いつけて、そのまま調子よく勝てたので、なんとか予選を1位抜けできました。
――大阪オープンの活躍も印象に残っています。
佐藤匠海:スーパーシードが川上流星選手(星槎横浜高)で、キツイなと思っていました。「負けたら宮木先生のせいにしよう(笑)」と思って、宮木先生にベンチを頼んだら、勝ててしまいました(笑)。

次も当時高校3年生だった小野泰和選手(中央大)で、これまたキツイなと思ったのですが、宮木先生のベンチのおかげもあり勝つことができました。

高校時代から聞きなれていたアドバイスだったので、やりやすかったですね。


写真:佐藤匠海(関西学院大)/撮影:ラリーズ編集部

就職活動との両立


写真:卓球を続けるのではなく、就職を選んだ/撮影:ラリーズ編集部

――卒業後は公務員になられると聞いたのですが、卓球を続けるか就職するかはどのように考えて決めたのでしょうか?
佐藤匠海:大学に入って少し成績を出せたこともあり、日本リーグ所属の実業団に行って卓球を続けるかはすごく悩みました。大学3年生の全日学でランクに入るなどの成績を出せたら卓球で就職しようと思っていました。

その全日学の組み合わせが出て、シードが谷垣佑真選手(愛知工業大)ということで、大会前に「就活しよう」と決心しました(笑)。

もちろん真剣に考えて、いつかは卓球選手として終えるわけですし将来卓球を辞めた後のキャリアを考えて、一般就活をしました。


写真:佐藤匠海/撮影:ラリーズ編集部

佐藤匠海:就活を始めたときは、自分のやりたいことを見つけるのが難しかったんですけど、自分はこれまで人に支えられて生きてきたので、「人と関わるような仕事がしたい」という軸で就活を進めました。そのなかで、ありがたいことにいくつかの企業から内定をいただけました。
――複数の内定をもらったなかで、公務員を選んだ理由はなんだったのでしょうか?
佐藤匠海:公務員試験に落ちたときのことを考えると、何も就活をしないのはリスキーだと思いました。なので、先に就活をして、内定を取ってから公務員試験を受けるというアプローチにしました。

後輩へのメッセージ


写真:人の役に立てることをしていきたい/撮影:ラリーズ編集部

――進路に悩んでいる後輩たちへメッセージをいただけますか?
佐藤匠海:卓球の関わり方って選手だけじゃないと思うんです。兄弟に教えるとか、子どもに教えるとか、応援するとか、本当にいろんな関わり方があると思うんです。なので、「選手をやめること」=「卓球人生の終わり」みたいに考えなくてもいいのかなって思いますね。
――最後に、社会人としての抱負を教えてください。
佐藤匠海:公務員試験に受かったばかりでまだ実感が湧いてないんですが、人の役に立てるような仕事をしたいなっていつも思っています。公務員の仕事を通して、人に感謝されるような行動をしていきたいです。

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卓球偏差値上げてみた・佐藤匠海先生編