30歳で新天地移籍 笠原弘光「まだトゲがなくなったとは思わない」 | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:笠原弘光(シチズン時計)/撮影:ラリーズ編集部

卓球×インタビュー 30歳で新天地移籍 笠原弘光「まだトゲがなくなったとは思わない」

2020.08.17 取材・文:山下大志(ラリーズ編集部)

1989年生まれの“水谷世代”の1人、笠原弘光(シチズン時計)は2020年6月27日で31歳を迎えた。30歳で挑んだ全日本卓球選手権ではダブルス3位入賞を果たし、若手選手の台頭著しい日本卓球界の中で、同級生の水谷隼(木下グループ)らとともに未だ最前線で戦い続けている。

笠原は30歳に突入した2019年、大きな転機を迎えていた。7年間所属した実業団・協和発酵キリン(現・協和キリン)を退社し、シチズン時計へと移籍したのだ。日本卓球界では稀有な例である実業団間での移籍を30歳で決断した理由とは。

>>第2話はこちら 水谷隼を追い詰めた試合の裏側 笠原弘光が明かす“じゃんけん研究事件”の真相

30歳で決断した実業団間での移籍

――30歳になった2019年、チームを移籍されましたね。
笠原:
とても大きな変化でした。生活は変わりましたし、自分の職業も会社員から卓球一本と大きく変わりましたね。

――協和キリンの時は仕事と卓球をしていて、今シチズン時計では卓球だけという形なんですか?
笠原:
そうですね、シチズンでは僕だけの初めての雇用形態です。

協和にいた時は正社員として会社に朝満員電車で行って、という生活だったんですけど、シチズンに来てからはずっと卓球だけでスーツを着る機会は試合の報告する時ぐらいですかね。

――移籍を決めた理由はなんだったんでしょうか?
笠原:
元々(協和キリンに)入社した時は正社員で働こうと思ってて、入社時の面接で「5年ぐらい卓球やったあとは仕事で頑張りたいです」と言ってました。会社に7年間勤めて、特に協和は東大卒が多くて頭良い人ばっかなんで、自分が卓球だけしてると分からなかった会社の基礎の部分のことを多く学べたのは大きかったです。

でも過ごしていくうちに、卓球を辞めてから会社に残って仕事するよりは、他の道で頑張っていきたいという気持ちの方が強くなりました。

協和を辞めて他の会社に正社員で入るのも違うなって思ってたところ、シチズンの伊藤誠さん(シチズン時計前監督)が僕の大学時代の監督という縁もあって声を掛けていただき、移籍を決めました。


写真:2020年全日本での笠原弘光(写真右)・上村慶哉/撮影:ラリーズ編集部

――卓球一本で食っていくというある意味プロのような形は不安ではなかったですか?
笠原:
不安よりもやってやろうって気持ちの方が大きかったので、自分には向いていたのかなとは思いました。大学の頃の“勝たないと終わり”という気持ちを思い出しました。

充実したシチズン時計の環境

――移籍したシチズン時計ではどうですか?
笠原:
練習場の環境は充実してると感じました。トレーナーの方も親身で、しっかりトレーニングできる環境だと思います。


写真:シチズン時計練習場(2019年1月撮影)/撮影:寺西ジャジューカ

――腰の痛みが1年間なかった話からも、選手寿命が伸びそうですね。
笠原:
本当に競技人生が伸びると思いますね。

同級生の御内(健太郎)はカットマンであれだけ動いてるのに今もケガ無くずっと動けてるじゃないですか。それってやっぱシチズンにいるからなのかなと思ってます。


写真:シチズン時計トレーニング場(2019年1月撮影)/撮影:寺西ジャジューカ

――2020年全日本ダブルス3位に入ったのもトレーニング含めた環境が要因の1つでしょうか?
笠原:
そうですね。以前だと見逃してたボールを追いかけることができた。去年1年間は動いてる量が前の2、3年と比べて全然違ったと思います。


写真:2020年全日本での笠原弘光(写真右)・上村慶哉/撮影:ラリーズ編集部

――移籍初年度は総じて良かったという感じですか?
笠原:
前半の方は成績も良くて、変な負けはなかったですし順調に来てました。でも後半は自分的には納得してなくて、全日本はダブルスだけは3位でしたけどシングルスは4回戦負け。

後期日本リーグもチームは6位でしたし、ファイナルも最後自分が勝ってれば優勝で、監督の伊藤誠さんの最後の試合だったんで何としても優勝したかったんですけどできなかった。

前半は上り調子だっただけに後半は落とされたような気持ちでしたね。

笠原弘光の30代

――卓球界では決して若くはない30代に突入しましたが、「自分が思い描いていた30歳よりはるかに若く感じます」とツイートされてました。
笠原:
30歳って、大人に入っていく段階かなと思ってました。でも思ったより体は若く感じますし、心の面でもまだ自分からトゲがなくなったとは思わない。

自分の気持ちを棚に上げてまでやりたくない、自分が思ったことは貫きたい、という信念は昔から変わらずありますね。そういう心の部分が大きいかもしれないです。


写真:全日本での笠原弘光(写真右)と上村慶哉(ともにシチズン時計)/撮影:ラリーズ編集部

――今後、笠原選手が目指すものは?
笠原:
卓球面では、自己記録をずっと狙っていきたいです。自分のレベルがこれ以上上がるかわからないんですけど、目標を持たないとやっぱり頑張れない。目指さないのであればもう辞めた方がいいのかなと思うんで、勝って自分のベストを更新していくのを目標にやっていきたいです。

あとはシチズンを日本一にしたいですね。

僕がもっと戦えたりずっと長い間プレーできたりしたら、周りからのシチズンの評価が変わると思うんですよね。僕は本当に良いチームだと思ってるんで、これからのシチズンのためにも強い選手に入ってきてもらいたい。去年1年間優勝することできなかったんで何としても早いうちに優勝させたいです。


写真:2020年全日本での笠原弘光/撮影:ラリーズ編集部

日本卓球界を牽引してきた“水谷世代”は30代に差し掛かった。

小学6年生での初対戦から19年。笠原は実業団を支えるベテラン選手として、水谷は内定した東京五輪代表選手として、それぞれの頂を目指した挑戦が続く。

一人しか勝者のいない卓球選手にとって、敗北は終わりではない。負けて、そこからいかに立ち上がって、次の戦いに挑めるかだ。

円熟の30代を迎える笠原。ずっと同世代に水谷がいたから、今の笠原がいる。

特集・笠原弘光 水谷世代の現在地


写真:笠原弘光(シチズン時計)/提供:笠原弘光

>>第1話 不滅の大記録でも「水谷隼は倒れてくれなかった」 31歳・笠原弘光、水谷世代に生まれて

>>第2話 水谷隼を追い詰めた試合の裏側 笠原弘光が明かす“じゃんけん研究事件”の真相

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