及川瑞基は、専修大学卓球部に籍を置きつつ、現在、ドイツブンデスリーガ1部に参戦している。ドイツ卓球修行中の“若武者”に今回、束の間の日本滞在中に取材することができた。
後編では、自身がドイツブンデスリーガ1部での練習や生活、さらには試合の応援文化をめぐる、日本とヨーロッパの違いについてもじっくり話を聞いた。
前編はコチラ>>独ブンデス帰りで日本一 “右右ペア”18年ぶりVの裏側<卓球・及川瑞基>
海外で生きていく力がメンタルの強さに繋がる
写真:インタビューに答える及川瑞基選手/撮影:ラリーズ編集部
−−日本にもTリーグができて環境も整ってきましたが、及川選手は来季もブンデスリーガでのプレーを決めました。
及川瑞基選手(以下、及川):海外で人間的な強さも身につけたいと思っています。僕はドイツ7年目ですが、言葉が十分に通じない中で、卓球して生活する環境はやっぱり毎日ストレスはありますね。
−−具体的にはどういうストレスを感じるのでしょうか?
及川:小さいことですが、卓球だと球拾いもっと自主的にやろうぜとか(笑)。生活する上では「チョコクロワッサン1つ、持ち帰りで」をドイツ語で言えず、友人が買ってるのを真似するところから、とか(笑)。
当たり前ですけど、自分で考えて自分で解決していかないと誰も助けてくれない。でもその環境で生きていく力が、卓球のメンタルの強さや自信に繋がると思っているので、それがブンデスでプレーする理由の1つです。
−−卓球の質そのものはドイツと日本でどう違いますか?
及川:今回の全日本でも思いましたが、日本のプレーはやっぱり上手いし速いです。ただブンデスで毎週試合をやっていると、やりづらい選手や日本であまりない展開も経験できて、自分の引き出しが増えていると感じています。
こんなにやってくれてるのに負けてられない
写真:ドイツ、ブンデスリーガでプレーする及川瑞基/提供:及川瑞基
−−卓球を取り巻く環境はどうでしょうか?
及川:一番思うのは、特に自分のチーム(ケーニヒスホーフェン)はボランティアが1から10まで会場の設備もやってくれるんです。こんなにやってくれてるのに僕ら選手は負けてられない。勝ってボランティアやファンの方に「やって良かったな」って思ってほしい。
板垣監督にも、お前にそういう気持ちがあるんだったらまだ出来ると言われますが、自然とそういう思いが溢れてくる。こんなにやってくれたのに0-3で負けてファンに帰ってもらうとき、申し訳無いとつくづく思います。
ブンデスリーグ第19節 対デュッセルドルフ1ー3敗退☔️☔️
お客さんも1300人以上の方々が来てくださり良い雰囲気の中勝ちきることが出来ず…
来週のホームゲーム勝つぞ
Auf geht‘s TSV🔥🔥 pic.twitter.com/XenEHSQgJD— 及川瑞基 (@r_j6626s) February 17, 2020
−−他のブンデスのチーム、例えばデュッセルドルフへの憧れはあるのでしょうか?
及川:確かに、ティモ・ボル(ドイツ)と同じチームでやれるというのは思いますけど、監督に板垣さんがいる今のチームと違って日本語が全く通じない環境も、それはそれで少し不安です。
デュッセルドルフは伝統あるチームですし、チャンピオンズリーグを出てますし、試合数も増えるので間違いなく貴重な経験になるのもわかるので、確かにそういう意味では夢としてはあるかもしれません。
ブンデスは「全然入ってねえよ」って野次が来る
写真:インタビューに答える及川瑞基選手/撮影:ラリーズ編集部
−−ファンの応援については、日本とドイツではどう違いますか。
及川:僕はTリーグに参加していないので、Tリーグとの比較は難しいんですが、ブンデスの場合はボランティアの方やファンの方それぞれが地元のチームという意識が強くて、ビール飲みながら「全然入ってねえよ」と野次飛ばしてきたり(笑)。物理的にもファンが台を囲むくらいの近さで、それは僕の場合、良い方向での相乗効果がある気がしてます。
−−Tリーグでも試合中「張本君かっこいい」などの黄色い声援が結構聞こえるようになってきました。
及川:今回の全日本でも、準々決勝や戸上・宮川(野田学園高)との決勝の時に「三部君、及川君ファイト!」と声援が聞こえてきて、それはすごく嬉しかったですね。ブンデスでは、僕にじゃないですけど「愛してる」とかの声援も飛んでたりします(笑)
写真:全日本で声援を受ける三部航平と及川瑞基(ともに専修大)/撮影:ラリーズ編集部
−−集中力が切れたりしないですか?
及川:自分は逆に力になりますね。嬉しかったです。Tリーグはもしかしたらこんな感じなのかなと思いました。
−−ドイツ7年目で語学もかなり上達したと聞きました。
及川:単純に生きていく上で必要なので(笑)。
ドイツは卓球も人気ですが、サッカーはもっと盛んなので、テレビつけたら卓球じゃなくてサッカーです。例えば、バイエルン対フランクフルトの試合をやっていて、その実況聞いておくと、次の日練習場行ってチームメイトとコミュニケーションが取れる。『どうやって語学覚えますか』というのは、僕にとっては、『どうやって生きていけますか』という話に近いです。もちろん、興味もあるからストレス解消にもなりますけど(笑)
全ては、2024年パリ五輪のために
写真:インタビューに答える及川選手/撮影:ラリーズ編集部
−−関東学生、インカレ、全日学、そして全日本ダブルスで優勝しながらブンデスでの挑戦、濃密な大学4年間だったと思います。
及川:本当に充実した4年間で、専修大学の方々には感謝しかないです。卒業式で勉強・スポーツとかの各代表として出るんですけど、それに加えて4年生全員の代表、その総代もやってほしいという話を全日本前に言われて全日本より緊張しました(笑)。
−−そして、いよいよプロ卓球選手1本になりますね。
及川:一年一年が勝負です。来年はブンデスだけど再来年はわからない。海外経験は大事ですけど、結局何のためにと言うとやっぱりパリ五輪に日本代表として出るためなんです。
真剣な表情で言い切った及川の顔には、遠いブンデスリーガで自分を主張しながら立ち位置を確保してきた男の、矜恃のようなものを感じた。
取材の最後に、明日テストなのに長時間になって申し訳ないと謝ると、「テスト、たぶん大丈夫です」とあどけなく笑う顔は、確かにまだ大学生の名残も感じられた。
このインタビューの後、1月末〜2月初旬に行われたドイツオープンでも、予選から勝ち上がりドイツの3番手フランチスカを破り、ドイツと日本の卓球ファンに改めて「及川ここにあり」を見せつけた。ドイツで、この頼もしい若武者がパリ五輪を見据えて成長を続けている。日本卓球は、たくましく世界に根を張りながら進化しているのだ。(了)