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公開日 2019.05.17

【卓球・田添響】「結果がすべて」誓いの手紙で始めた卓球人生<インタビュー前編>

田添響

写真:田添響/撮影:ラリーズ編集部

“イケメン”と卓球界で噂の選手がいる。Tリーグ、木下マイスター東京の田添響(たぞえひびき)だ。身長178cmのスラリとしたルックスに加え、もちろん実力も折り紙つき。

2017年にはドイツのブンデスリーガ2部に参戦して22勝3敗、2018年の全日本大学総合卓球選手権大会(インカレ)では、専修大学を日本一に導きMVPを獲得。そして今年1月の全日本選手権で自己最高のベスト8入りを果たした。今もっとも勢いに乗る選手の一人である。

ちなみに兄は、同じく木下マイスター東京に所属する田添健汰(たぞえけんた)。兄弟が同じチームでTリーグに参戦したことでも注目を集めた。

人気も実力も申し分ない田添だが、「卓球がまったく楽しくなかった」時期があると言う。そこから如何にして苦悩を乗り越え、ここまで来たのだろう。田添響の卓球人生に迫る。

「楽しそう」から始まった

――卓球を始めたきっかけは、お兄さんの影響が大きかったんですか?

兄といとこがきっかけです。最初に兄が卓球を始めて、その後いとこが始めました。

親が2人の練習の送り迎えしていて、自分もついて行くことが多くて。練習を見ていると、ボールを打つ音などが楽しそうで、「やりたい」と親に言いました。

当時通っていた石田卓球クラブはとても厳しいところで、卓球を始める前から「遊び半分ではなく、本当に強くなるためにやるところだよ」と親に言われていたんです。

だから本気だということを親に示すために、手紙を書いたことを今でも覚えています。

――手紙ですか!どんなことを書かれたんですか?

「真剣に卓球をやりたくて、強くなりたいから、やらせてください」といった内容でしたね。親にも認めてもらって、そこから自分の卓球人生が始まりました。

――すごいですね。そこから宣言通り力をつけていった、と。

実際に卓球を始めてみたら、本当に楽しくて。ただ「卓球を楽しみながら強くなりたい」と当時は考えていたので、厳しい練習はあまり好きではありませんでした(笑)。

練習中も、先生が見てないところで遊んだりして、よく怒られました。

だけど続けていたら、自然と結果も出てきた。結果が出るといっそう卓球が楽しくなる、という好循環が働いていたように思います。

疲労骨折に気付かぬほど、のめりこんだ高校時代


写真:田添響/撮影:ラリーズ編集部

――今では全日本選手権でベスト8、インカレでMVPなど、大活躍ですね。最も思い出に残っている試合は何でしょうか?

高校2年生時のインターハイで春夏連覇を達成したときですね。春の選抜の団体戦で優勝をしていて、なんとかして春夏連覇したいとチームのみんなが思っていました。メンバー的にも優勝を狙えるような選手ばかりだったので。

たまたま地元で開催された大会だったので、応援もすごかったんです。緊張もしていましたが、観客席含めてすごく雰囲気がよくて、楽しくもありました。結果として優勝できましたし、一番記憶に残っています。

――チーム一丸となって地元で掴んだ栄光ですね。

高校のときの練習は、正直めっちゃキツかったんですよ。中国人コーチの方が高校に来て指導して下さってたんですが、ウエイトトレーニングもガッツリさせられて。死にそうになりながら必死に練習していました(笑)。

インターハイのとき、左膝がすごく腫れていたんですよ。「あれ、おかしいな」と思っていたんですが、練習を休むわけにはいかずトレーニングもバリバリやっていました。

インターハイが終わってから病院に行ったら、「疲労骨折しています」と言われて(笑)。「やっぱりキツかったんだな」と、そのとき思いました。

練習中は、良い先輩たちにも恵まれて、全然苦にならなかったんです。いろんな試練を仲間と一緒に乗り換えて優勝できたときは、とにかく感動しましたね。

「楽しさ」見失った大学時代、支えてくれた人々

――逆に、これまでの卓球人生で辛かった時期はありますか?

大学1年生のときは、卓球がまったく楽しくなくて辛かったですね。時間が経つのをただひたすら待っていたような感じでした。練習を休むことも多くて…。

当然、試合にだって出られなかった。成績も振るわない。何も目標がなかったので、そのときは卓球自体に楽しさを感じませんでした。

――そんな時期があったんですね。

けれど、1年生の終わり頃から、徐々に卓球に対して真面目に取り組むようになり、楽しさが戻ってきたんです。

――何かきっかけがあったんですか?

大きく2つあって。1つ目は、 VICTASからサポートのお話を頂いたことです。「契約するからにはしっかり頑張らないといけない」と思い始めました。

そして2つ目は、専修大学OBでもある福島万治さんとの出会いです。青森山田高校のコーチもやっていた方で、とにかくたくさん面倒を見ていただきました。

練習も、「もっとこの練習をした方がいい」と色々アドバイスをいただいて。実際に見に来てくれて、つきっきりで指導をしていただきました。

おかげで卓球に真剣にのめり込み、試合にも出られるようになりました。成績も上がって、練習を休んだりすることもなくなりましたね。

――周囲の人との出会いが、田添選手を卓球に向かわせてくれたんですね。

あと、2年の終わりに当時ドイツにいた邱(建新)監督(現木下グループ総監督)に、「ドイツに来るか?」と誘ってもらったことも大きなきっかけでした。

実際に行ってみると、相手選手のことをまったく知らないという、すごくやりづらい状態の中で結果を出せたことが、自分の中で大きな自信につながりました。

――つらい時期を乗り越えてここまで来た田添選手ですが、卓球の好きなところを挙げるとしたらどんなところですか?

目標をクリアしたときの達成感ですね。たとえば「この人に勝ちたい」と思っていた人と試合をして勝つ、とか。
逆に、いくら練習をしてても、試合で負ければ全然意味がないと思っていて。やっぱりスポーツ選手でいる限り、結果がすべてだと思うんですよ。結果が出ないということは、やっていることが間違っているんだと。だからその分、結果が出ると楽しさを感じますね。 
    
楽しさを原動力に強くなった田添響。丹精なルックスの奥には、楽しむことが出来ない時期さえも乗り越える精神力があった。後半では、Tリーグに参戦した2018年を振り返るとともに、プライベートについても掘り下げ、素顔の田添響に迫る。<後編へ続く>

取材・文:古山貴大

@riibel615
2019-05-26 22:14:20
大学1年生のエピソードに驚きです!
私も卓球が楽しく、どうしようもない時期がありました。
プロ選手も、辛い時期があり、それを乗り越えて今があるんですね。
マリオネット
2019-05-22 20:54:10
>結果が出ないということは、やっていることが間違っている
凄いですね。そこまで割りきるのは簡単ではないです。私も長年卓球やっているから分かりますが、そう割り切るのは今までやってきたことを否定することになりますからね。でも切り替える時はしっかり切替ないと無駄なことをいくら続けても成長はないですからね。結果が全て。その通りだと思います。しかしそれもそう思える人は少ないと思います。結果が出ないと、それまでの努力を否定することになりますからね。記事を読んで己としっかり向き合い、自分で自分を説得出来る人だなと感心しました。簡単なようでとても難しいことが出来ている。そこは自信を持って欲しいですね
@takkyuzukiri
2019-05-21 00:09:28
田添響選手の心情について深く掘り下げられていて面白かったです!また幼少期の時の出来事も書かれており改めてプロの凄さを感じました!

卓球専門WEBメディア「Rallys(ラリーズ)」