日本リーグのエース、上田仁、プロ宣言。「転機となったゴジとの1試合」 | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

卓球×インタビュー 日本リーグのエース、上田仁、プロ宣言。「転機となったゴジとの1試合」

2018.03.07

取材・文:武田鼎(Rallys編集部)

開幕が迫り、盛り上がりを見せるTリーグに大きなニュースが入った。実業団によって構成される「日本リーグ」の協和発酵キリンから上田仁(3月よりシェークハンズ所属)がプロ宣言、Tリーグへの参戦を決めたのだ。全日本社会人選手権3連覇中、日本リーグの看板選手として活躍してきた上田はなぜプロ宣言に踏み切ったのか。上田への独占インタビューを3回に渡りお送りする。

世界卓球、その快挙を自宅で見た上田


その日、上田は自宅のテレビで一部始終を見届けた。テレビに映っていたのは「吉村・石川ペアの金メダル」「大島・森薗ペアの銀メダル」など快挙に沸いた2017年6月世界卓球選手権ドイツ大会だ。一緒に卓球界を盛り立てていた若手選手たちの活躍を素直に喜んだ。だが、もう一つの思いが胸をよぎった。「なんで自分があそこにいないんだ!」。素直に“悔しい”と感じているもう一人の自分がいた。そして悔しい自分を発見したのも驚きだった。「悔しいって感じるってことは挑戦したいっていう気持ちの裏返しなんじゃないか

この大会での後輩たちの活躍が上田に「葛藤」という“種”を植え付ける。「今のままでいいのか」。そう自問自答を続ける上田の心に芽生えた葛藤はどんどんと大きくなる。「現状維持」か、それとも「挑戦」か。次第に天秤はぐらつき始める。

天秤の片方には上田の輝かしいキャリアが載せられている。全日本社会人選手権3連覇に世界ランキング23位(2018年3月現在)。

協和発酵キリンのエースプレイヤーとしての評価、日本リーグの看板選手という名声…。今まで上田は数多くの実績を背負って戦い続けてきた。「当初はTリーグ参戦に、慎重でいようという気持ちもありました」と明かす。上田の言うとおり、「現状維持を選ぶ理由」をあげればキリがないだろう。上田のプレイする協和発酵キリンの監督の佐藤真二氏は日本リーグの中枢に位置する人物で、Tリーグ慎重派なのは周知の事実だ。さらに今年27歳という上田の年齢を考えれば、若さに任せた無茶はできない。妻もいれば子どもも生まれる予定だ。実業団に身を置いていれば月々の給料だけでなく、引退後も安定した身分が保証されている。

ではなぜ最終的に天秤は「挑戦」へと傾いたのか。最後の決め手となった「1試合」がある。相手は水谷隼でも張本智和でもない。「ゴジです。ゴジ・シモン」。上田はこう続ける。「その1試合で気付かされたことがあるんです」。

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「化物たち」がひしめく30位以内。自分に“足りないモノ”は何か


「ゴジとの試合」とは2017年11月のドイツ・オープンだ。この時点で、すでに上田は世界ランク30位以内の選手を4人倒している。調子は上々だ。ここで結果を出せば、水谷、張本、丹羽をいよいよ射程圏内に捉え、世界卓球(2018年ハルムスタッド大会、団体戦)の選考基準である「世界ランク30位以内に6人以上勝利」に大きく近づく大事な試合であった。対戦相手のゴジ・シモン(フランス)とはこれまで3戦3勝、それも4−0や4−1など、圧倒していた。上田も「相性は良かったし、自信はかなりあった」と振り返る。

だが、蓋を開けてみれば、試合はフルゲームまでもつれ込み、上田は敗れた。

この試合、1ゲーム目から10-12、11-9、11-9、10-12、12-10と全て2点差の大接戦となるも、上田が勝負強さを見せて5ゲーム目終了時点でゲームカウント3-2と優位に立つ。6ゲーム目前半も上田が5-3とリードし、一気に勝負を決めるかに思われた。しかしゴジの脅威の粘りに屈し、このゲームを8-11で落とすと、最終ゲームはゴジのバックサーブからの堅いブロックを崩せずに5-11で落とし、まさかの逆転負けを喫した。

過去の戦績、台上の技術を考えれば、あらゆる点でゴジを圧倒できたはず、だった。「世界ランキング上位になると技術的に大きな差があるわけではないと思うんです。でも僕はゴジに勝てなかった。そこにプロとアマチュアとの差があるのかもしれない」と分析する。

ならば、なぜ勝ちきれなかったのか。ただ一つ、ゴジが上田を上回っていた点がある。「それが気持ち。気迫が違ったんです」と上田は述懐する。「厳しいプロの世界に身を置くゴジからは『絶対に負けられない』という鬼気迫る思いが伝わりました」。改めて試合を観ると、第6ゲームまで、すべてが接戦だったが、最後に力尽きたのは上田だ。最終ゲームは6点差をつけられてしまった。離されても我慢のプレイを続け、着実に点を重ねるゴジに対して、追いつかれるたびに天を仰ぐ上田が対照的な試合だった。

小学生の頃から始めた卓球。そこから必死でもがき続け、世界ランキング30位以内という異次元まで這い上がってきた。水谷、丹羽ら国内トップ勢、馬龍などの中国勢やオフチャロフら欧州勢、気づけば“化物たち”がひしめき合う世界に足を踏み入れていた。もはや社会人という二足のわらじを履いているのは上田だけだ。無論、「勝ちたい」思いはあるが、果たしてその気概は“怪物たち”と同じくらい熱く、強いものだろうか。

上田は「実業団の選手として企業を代表して戦うことで身につく強さもある」と前置きしつつ、こう続ける。「実業団にいると、『企業スポーツは何か』を問うことが多くて、勝敗関係なく会社で盛り上がれる。でもやっぱり極論勝ち負けがすべての世界に自分が飛び込んだ時に、それが弱さになってしまう。ならばもう一度「一人の選手としてどこまで通用するか試したい

一度芽生えた「挑戦」への思いは天秤を一気に傾ける。それどころか今まで「挑戦」にとってネガティブだった要因も180度違ったものに見え始めた。「年齢的に27歳で無茶ができないってことは、逆に今がラストチャンスってこと。そうなればTリーグも様子見ではなくて、オープン当初から結果を残して立役者になった方がいい」。妻と子供がいることも上田にとってはもはや足枷にはならない。「妻にプロになるって打ち明けました。そうしたら妻からも『私が理由で挑戦するのを諦めたって言われるのだけはイヤだった』って言われたんです」。背負い込んだ荷物を一度下ろして「一人の卓球選手」に戻ることを決意した。

協和発酵キリンの社員というスーツを脱ぎ捨てた上田は“怪物”へと変貌を遂げるのか。会社では人事、総務部員だったという上田。スマートな物腰の下に秘めた「勝負師」としての顔を早く見たい。

>>【第2話】チームワールドカップ韓国戦、大逆転劇の裏側で上田仁が迎えた“2つの山場”

写真:伊藤圭