「"応援してください"だけじゃダメ」上田仁が見つめる新たな卓球選手の地平【第4話】 | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

卓球×インタビュー 「“応援してください”だけじゃダメ」上田仁が見つめる新たな卓球選手の地平【第4話】

2021.05.18

この記事を書いた人
1979年生まれ。テレビ/映画業界を離れ2020年からRallys編集長/2023年から金沢ポート取締役兼任。
軽い小咄から深堀りインタビューまで、劇場体験のようなコンテンツを。
戦型:右シェーク裏裏

オーバートレーニング症候群から復活を果たしたプロ卓球選手・上田仁は、以前にもまして周囲への気遣いにあふれ、自らの心境をよどみなく言葉にした。

でも、少し優等生すぎないか。
裏側に、それはまた疲れないかという気持ちを忍ばせながら聞いた。

>>第3話はこちら プロ卓球選手・上田仁、カムバックを懸けた異例の“オープン戦”

なりきることもプロ

その誠実なイメージに縛られて、苦しくなることはないのだろうか。
「思ったことありますよ」そう笑った。「卓球しているときのイメージで思ってくれるけど、普段そうかというと、普通にだらしないですし笑」


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

自分の疲れの状態を人一倍チェックするようになった。
家でネガティブな発言が増えてないか、妻にも確認する。「無意識のことなので、一番近くで見ている人の意見が大事」。
上田は今も自身を“治った”と表現しない

「キャパシティを超えないようにしないと、結局また同じことを繰り返してしまう。病気を受け入れるっていうのはそういうことだと思います」

でも、と区切って続けた。
「期待してくれる人がいるなら、ある程度はなりきることもプロなのかなって思っています。たぶん神もそうじゃないかな」。


キャプテンの神巧也は闘志あふれる試合の傍ら、埼玉県内の卓球場訪問も続ける

今年30歳を迎えるこの年になって、ようやくわかってきた感覚だという。
「偽善と思う人もいるかもしれない。でも全員に好かれることは無理ですから、僕はその自分の姿勢や言動を喜んでくれる人を大事にしたい。自分への戒めとしても」。

結局自分のためにやってるんです、と上田は言う。
「卓球も、地域の支援活動も。自分のためにやったことが、いろんな人に感謝されることに繋がるってことにようやく気づいたんです。最初から人のためにやってることは、自分の幸せじゃないなって思って。人のためになるためには、まずは自分が充実していなきゃダメで」。


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

「落ちるところまで落ちたから、気づいたのかもしれない。20代前半で僕ができたかって言えば、おそらくできなかった」。もはや、年と経験を重ねることは、上田にとってネガティブなものではない。

“応援してください”だけじゃダメだ

近い年代のチームメイトとなった神たちとよく話すのは、今後のTリーグをどう考えるかだ。一致するのは「ファンを作り、離さない活動の大切さ」である。

T.T彩たまは、この三年間、独立したチーム運営法人として地域密着型のチームを目指して、リーグでも有数の熱狂的なファンを獲得してきた。


写真:青森山田中からの同級生・松平健太(T.T彩たま)/提供:©T.LEAGUE

「地域に根づいて応援してもらうには“応援してください、ここで試合やってます”だけじゃ絶対ダメだな」。神巧也が続ける埼玉県内の卓球場・ショップを回る活動にも帯同するようになった。

一言で卓球、と言っても、立場によって求めるものは全く違うと知った。
「僕らプロは技術とか強さを極めるために頑張る。でも、子どもたち、町の卓球場の子たち、指導者は、やっぱり人間形成なんですよね。だから、僕らが行きました、技術、チキータ教えます、もちろんいいことなんだけど、それよりも、自分の人となりとか、どういうことをしてきたとか、そういう話をしてほしいという声が多くて」


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

自分が果たせる役割にも気づいた。
「例えば、小さい子たちに普段、指導者が言っても伝わらないことも、同じことをトップ選手が言うと子どもたちは“あっ、やっぱりそうなんだ”って思うんです」。
3歳から100歳までと言われるほど幅広い愛好者を持つ卓球には、プロの自分が知らない視点がまだまだあった。


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

13連敗後の1勝に見た「凄み」

ところで、昨季、T.T彩たまは13連敗した。全21試合中の13連敗だ。
それでも、有観客の試合にはファンは必ず会場に駆けつけ、やっと掴んだ1勝に監督・選手・ファン・スタッフが、涙を隠さず喜んだ。


写真:坂本監督にエールを送る彩たまサポーター/撮影:ラリーズ編集部

上田はそれを「T.T彩たまの凄み」と表現した。

「13連敗って、普通だったら地獄です。相当重い空気だと思うんです。でもその中で、選手とフロントがあれだけ一勝に向かって一つになって、勝ったときのあの選手とファンの喜びかた。勝つことの大切さともう一つ、何かこう、すごく大事なものを感じました」。


写真:神巧也(T.T彩たま)/提供:©T.LEAGUE

事実、T.T彩たまはその一回勝ったことによって息を吹き返し、終盤戦も勝利を重ねて通算5勝でシーズンを終えた。
苦しいときにみんなが同じ方向を向くっていうのが並大抵のことじゃない。良いときはみんな同じ方向を向けるんです。でも、人間苦しくなったときにどうしても不満が出てくる」

思い出すように、言った。
「苦しいときに、自分の本性が出るんです」。

かつて休養中、自分の内面を見つめ続けた実感が込もっていた。


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

これからの上田仁

「もちろん、コロナ次第なんですが」と前置きした上で、楽しそうに言う。
「今みんなで言ってるのは、開幕戦、僕らのチームで会場を満員にしよう。そのための活動をしようって」


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

そして、これからの上田仁自身は。

「実は、彩たまの、と名乗ることに最初、少しだけ抵抗があったんです」
でもすぐに「逆に失礼だな」と思った。リベッツにも、彩たまにも、これまでどんな状況でも支えてくれたファンにも。

「僕の人生の中でリベッツの3年間はかけがえのないもので、すごく感謝している。でも、僕は自分で決めて彩たまに来た。もう吹っ切れています」。

では、Tリーグ4季目の抱負を。
T.T彩たまの上田です。少しでもチームで自分の地位を確立して、やっぱり、優勝したいです」。


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

(終わり)

上田仁・復活物語

>>【第1話】「あのとき僕はうつでした」プロ卓球選手・上田仁が初めて明かす休養の真相

>>【第2話】「いろんな生き方、いろんなプロがいていい」Tリーガー・上田仁、ドイツで掴んだ復活の契機

>>【第3話】プロ卓球選手・上田仁、カムバックを懸けた異例の“オープン戦”