プロ卓球選手・上田仁、カムバックを懸けた異例の“オープン戦”【第3話】 | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

卓球×インタビュー プロ卓球選手・上田仁、カムバックを懸けた異例の“オープン戦”【第3話】

2021.05.17 取材・文:槌谷昭人(ラリーズ編集長)

「英田、ほら、また忘れもの」「あ、すんません笑」
4月、浦和美園にあるT.T彩たまの練習場では、既にすっかり馴染んだ様子の上田仁が私たちを待っていた。

約一年に渡る休養から待望の復活を遂げた上田仁
そのシーズンオフに発表された、岡山リベッツからT.T彩たまへの移籍は、卓球ファンに衝撃を与えた。

移籍の理由を聞いた。


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

>>第2話はこちら 「いろんな生き方、いろんなプロがいていい」Tリーガー・上田仁、ドイツで掴んだ復活の契機

敵チームなのに

「正直、プレシーズンマッチは大きかったです」

2020年3月以降、コロナ禍で大会はもちろん、練習の場もなくなった。
T.T彩たまはTリーグ3rdシーズン開幕直前の10・11月、実業団や大学の強豪チームと実戦練習と試合の場を設けた。いわば、他カテゴリーとのオープン戦だ。

そこにT.T彩たまは、復帰を目指していた、岡山リベッツ所属の上田仁にも声を掛けた。

「言ってしまえば、僕は敵チームじゃないですか。でも、そんなこと何も関係なく、監督の坂本さんもコーチの岸川さんも、そこでいろんなことを教えてくれた」


写真:2020年10月プレシーズンマッチで上田仁にアドバイスを送る坂本竜介監督/撮影:ラリーズ編集部

リコー、シチズン時計、早稲田大学と合計三回、プレシーズンマッチは行われた。そのうちの2試合に上田は参加した。


写真:2020年10月プレシーズンマッチに参加した上田仁/撮影:ラリーズ編集部

なんだ、上田まだ全然できるじゃん

あの時期、プロ・アマ関わらずどの選手にとっても、コロナ禍での貴重な実戦機会だったが、とりわけ上田には大きな意味があった。

休養のため公式戦から離れて、約一年が過ぎていた。上田には予感があった。

ここで変な試合をしたら、もうTリーグには出られないだろう

所属するリベッツに対して、開幕直前の最大のアピールチャンスだと思った。
「どれだけ練習で良くても、僕が監督の立場なら、試合からそれだけ離れている選手の名前は書けないですから」。


写真:久しぶりの実戦にも高い集中力を見せる上田仁/撮影:ラリーズ編集部

本番以上の気持ちで、プレシーズンマッチに望んだ
結果は2戦2勝。たった1ゲームしか落とさない圧倒的な試合内容だった。
「自分の中では、Tリーグがいつ始まってもいいくらいです」
試合後、努めて冷静に上田は言った。
その充実と仕上がりに、周囲の声は変わった。

なんだ、上田まだ全然できるじゃん、と。

上田は今も自分を、そのオープン戦に呼んでくれたことに深く感謝している。「選手としてはもちろん、一人の人間としても嬉しかった」。


勝利の瞬間、思わずガッツポーズが出た

ちなみに、この話には続きがある。
「でも昨シーズン、僕、T.T彩たま戦の勝率がめちゃくちゃ悪いんです」そう言って悔しそうな表情を見せる。


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

「ベンチでよく見てくれていたから、シーズンに入ったら、僕の嫌なことを試合でやってくる。僕もわかって対策するんですけど、相手のベンチのアドバイスまで考えて試合するのはやりづらかった」。
それも、練習拠点でつきっきりで見る環境があるからこそなのだ、と上田は感じた。

T.T彩たまには練習場があった

去年、上田は練習拠点を渇望していた。
まだ3年を終えたばかりのTリーグには、専用の練習場を持たないチームも多い。岡山リベッツもその一つだ。
「いろんな事情があって、仕方ないことは重々承知しているんです」。

しかし、コロナ禍で、他の実業団や学校の練習場に行くことはさらに難しくなった。
代表を離れた上田にとっては、他の代表候補選手たちのように、赤羽のナショナルトレーニングセンターで練習することもできない。
そのうえ、約8ヶ月に及んだ休養期間のブランクもある。
自分の精神の安定のためにも、練習環境は大事な要素の一つだと知った。


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

T.T彩たまには、専用の練習拠点があった。
「仮にこれで試合に出られなかったとしても、練習環境がある、練習ができるってことはまだチャンスがある。現役を続けられる可能性がある
上田は、代表が終わった後も選手が長く活躍するTリーグを思い描いている。その第一人者でありたい、と思っている。

年齢が近い選手たちからの刺激

上田は今年30歳になる。T.T彩たまでは、上田と年齢の近い選手が中心メンバーだった。
昨季一年で飛躍的な成長を遂げた、ひとつ年下の英田理志(あいださとし)。その英田と同い年のキャプテン・神巧也(じんたくや)、そして上田と青森山田中学からの同級生・松平健太
「若いやつだけじゃないっていうのが、見ていて僕はすごく勇気をもらった」。


写真:英田理志(T.T彩たま)/提供:©T.LEAGUE

これまで上田は“若手の見本”としての役割を担うことが多い選手だった。所属チームのほとんどでキャプテンを務めてきた。誠実な人柄はもちろん、言葉の選び方も繊細で、国際大会の解説を務めるとわかりやすさは評判を呼んだ。

でも、上田は「まず一人の選手だ」と思っている。

自分が復帰できたシーズンがあって、復活を果たせたからには、次のストーリーを求めた
東京五輪日本代表の丹羽孝希もT.T彩たまに加入する今季、ひょっとすると岡山リベッツに残るほうが試合には出場できたかもしれない。そう水を向けると、上田は頷いた。
だから、頑張れるんです。昨季僕が良かったのは、名前書かれるか書かれないか分からない状況だったからです」。


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

思えば、プロ転向もそうだった。落ち着いた受け答えに時々忘れてしまいそうになるが、節目節目で厳しい方を選ぶのが、上田仁の生き方だ

「キャプテンの立場は惜しかったですけどね」爽やかに笑った。


写真:上田仁(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

なぜ上田仁にオファーしたのか

上田仁を獲得した理由を監督の坂本竜介に尋ねた。


写真:坂本竜介監督(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

「キャプテン・神巧也の心の支えになるだろうと思ったこと。去年、神には負担がかかって、本人もつらい時期が続いた。そして、去年プレシーズンマッチで一緒に練習したとき、単純に上田はもっと強くなると思った。まだ寝てるな、寝てんじゃねえぞと。自分の培った知識を伝えていけば、まだまだ上田は良くなる。」
そして、付け加えた。

あと、それを素直に吸収出来る人間だと、僕は知っているから

坂本竜介もかつて

怪童と呼ばれ、日本の男子卓球にバックハンド革命を起こした坂本竜介が現役時代の後半、イップスに苦しんだことはよく知られている。
上田は、坂本と二人で食事をしたときの坂本の言葉を覚えている。
「イップスを経験したからこそ、人の痛みや気持ちに寄り添うってことを覚えた。あれがなければ、俺はたぶん卓球が強ければいいとずっと思っていた。つらい経験は必ずどこかで生きるから」


写真:坂本竜介監督(T.T彩たま)/撮影:田口沙織

普段は強気な坂本が上田にかけたその言葉が、何より嬉しかった。
そして、自分がこの病気にかかった意味について思った。

「正直、僕も人に言いたくなかった。でも僕が坂本さんに救われたように、僕が自分の病気の経験を話すことで救われる人がきっといる

そんなプロ選手がいてもいい。それで勝っていくチームがあってもいい。
スポーツはつまり、人生の戦い方を教えてくれるものなのだから。


写真:坂本竜介監督(写真左)と上田仁(写真右)/撮影:田口沙織

>>第4話 「“応援してください”だけじゃダメ」上田仁が見つめる新たな卓球選手の地平 に続く)

上田仁 過去インタビュー(2018年)

>>日本リーグのエース、上田仁、プロ宣言。「転機となったゴジとの1試合」
>>チームワールドカップ韓国戦、大逆転劇の裏側で上田仁が迎えた”2つの山場”
>>『僕は卓球エリートではない』 上田仁”雑草”からの成り上がり

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