日焼けした黒ギャルが卓球する漫画が、密かな話題を呼んでいる。
講談社マンガアプリ、コミックDAYSにて連載中の卓球漫画『りこさんブッチギリです!』だ。9日、単行本1巻も発売となった。
卓球が大好きなのに、入部テストに落ちて卓球部に入れなかった高校2年生男子のムツ。毎日後輩のタマキ氏と一緒に、屋上の“自称”青空卓球場でこっそり練習を続けるも、そこに突然見知らぬ黒ギャルが現れる。
変なギャルは実は全中優勝のカットマン、一年生の姫野り子だった。りこは正規の卓球部の誘いを断り、青空卓球部メンバーに加わる。たった3人の部員たちは、インターハイでなく全日本卓球選手権を目指すのだったー。
写真:主人公の姫野り子/提供:講談社
あまたある題材の中から、なぜギャルが卓球する物語を描いたのだろうか。
作者の大田均(おおたひとし)氏に話を聞いた。
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テレビで観たロンドン五輪がきっかけ
――なぜ卓球を題材にしたのでしょうか
大田:最初に、ギャルのヒロインを描きたいなっていうのがあって。そのギャルが何のスポーツをやってたら掛け合わせとして面白いかというところから、自分が好きで観戦もしてきたスポーツの中から、卓球を選びました。
――ご自身は、卓球経験者なんでしょうか
大田:実際にプレーしたのは、学生時代の体育の選択授業ぐらいだったんですけど。8年前、女子団体でメダルを取ったロンドン五輪をあのときテレビで観ていて、愛ちゃんしか知らないなと思って見たんですけど、めちゃくちゃ面白くて。
写真:福原愛さん/提供:ittfworld
松平健太のブロックに驚き「これは何なんだ」
大田:そこから卓球を観始めて驚いたのが松平健太選手のブロッキング。ほとんど動かないのにパンパン返して、スイングもあんまりしてないのにノータッチで抜いて。これはなんなんだって、驚きました。当時自分は大学生でしたが、卓球ってこんな感じなんだって思って、すっかり好きになりました。
写真:松平健太の変幻自在のブロック/提供:ittfworld
写真:ブロック技術に感動するムツ/提供:講談社
――主人公の、姫野りこがカットマンであることや、王子サーブや三球目攻撃の描写など、しっかり取材されてる印象があります。
大田:取材する気満々で名刺も作ったんですけど、コロナ禍で小さな大会までなくなってしまって。全日本出場経験のある知り合いのコーチに監修はしていただいてます。
写真:三球目攻撃などの描写も細かい/提供:講談社
説明と漫画的な勢い・インパクトとのバランス
――卓球を描くことの難しさってありますか
大田:卓球ってめちゃくちゃ奥が深いじゃないですか。見なきゃいけないポイントが多い。
一般に卓球の勘違いされてるところって、反射神経でやってるんでしょ、という部分があるような気がします。ものすごく戦術のスポーツでもあるのに、反射神経で飛びついてパンパン打ち合ってるみたいなイメージがある。
漫画の中にも描いたんですけど、1球目のサーブからどうやって相手を崩していくかっていうところや、どれだけ回転のかかったボールを返すことが難しいのかということが、見ているだけでは伝わりづらい。
写真:卓球は“布石のスポーツ”/提供:講談社
これを漫画の中でどう伝えたらいいのかっていう難しさはあります。あまり説明が多くなると、漫画的な勢いやインパクトが失われるので、そのバランスですね。
漫画家目線では、卓球は描きやすい
――競技としての奥深さと、エンターテイメントとしてのわかりやすさのバランスですね
大田:でも、卓球を知らない人にとっては意味はわからないけど、なんかすごそうな単語は刺激になるのでやっぱり入れます。
――例えば
大田:裏裏とか。初心者には裏ソフト自体がわからないので。僕のアシスタントさんも最初、僕の間違いだと思って「裏表」に書き直したくらいです(笑)。でも、そこから説明しちゃうと教育漫画になってしまうので、ある程度は徐々にわかってもらえれば良いかなと。ただ、漫画家目線で言うと、卓球はかなり描きやすい方だと思います。
――え、そうなんですか
大田:はい。テニスとかだとコートが広いんで、人物と人物を描くときに画面の中に入れようとすると、どうしても小さくなるんですよ、人が。だから勢いが出しづらかったりとか。
卓球は弾道の勢いもあるし、スイングも勢いよく描きやすい。あと敵と主人公が両方入るし、かなりいいですね。単調になりがちなので、そこのアングルは気をつけないといけないんですが。
写真:二人の選手が描かれるラリーシーン/提供:講談社
――意外です。描く範囲が狭いから難しいのかなと思ってました
大田:いや、チームスポーツほど人物を描かなくていいですし(笑)。いっぱい人を描くのって大変で…。担当の編集の方に「ラグビー漫画はどうですか」って聞かれたことがあったんですけど、ちょっと無理だと思いますって(笑)
インターハイでなく全日本を目指す理由
――高校生の部活でありながら、インターハイではなく、青空卓球部から全日本を目指すのは意外でした。
大田:卓球は描きやすいんですけど、単調になりやすいところもあって。もっと色をつけていくとすると、設定ゴテゴテのすごいキャラ、“いないよこんな人”みたいなのが出てきたり、強さのインフレみたいにどんどん強い人が出ることになる。
それでも面白くできると思うんですけど、もっと、いろんな年齢幅の人と戦える面白さを出していくのは個性になるかなって。
写真:全日本卓球選手権を目指す青空卓球部のメンバー/提供:講談社
――確かに全日本予選って、小さい子から出ますもんね
大田:そうなんですよ。小さい頃の張本選手みたいな人とかに当たっちゃったらコロッと負けちゃうわけで、そういう面白さもあるなと。
写真:2018年度全日本卓球選手権を当時14歳で優勝した張本智和/撮影:ラリーズ編集部
――“好きなことは最後までとことんやってみないとわからない”というメッセージを作品の中に感じました
大田:自分自身もずっと漫画が好きで、中学生の頃は漫画家になりたくて描いて応募して、でもそこからずっと描かなくて、勝手にもうやれないと思ってました。
美大を卒業して普通に働いていて、でもあるとき思い立って描いたビーチバレーの漫画『朝子さんは強くない』が、運良く今の編集者の目に止まって。そこから道が開けたっていうのもあったので。好きになること、のめり込むことで救われていくこともある、というのは思ってます。
すべてiPad1台で作画が完結する
――ところで、いま漫画ってペンで描くんですか、それともPCで?
大田:僕の場合はiPadで全部完結します。アシスタントさんとのやりとりも全部iPadで、描きながら右端にスカイプの別枠が出てて、通知が来て完了しましたみたいな。
写真:作画はiPadで完結する/提供:講談社
――ペンで描いて、それをPCにとりこんで、なのかと思ってました
大田:大御所の先生とかはアナログが多いんですけど、いま20、30代でフルアナログっていう人は、ほぼいないですね。僕みたいに1台で丸々描いてるっていう人は少ないかもしれないですが。
――最後に、作品の今後の展開を教えてください
大田:りこのライバルたちも絡んできますが、まずは全日本ジュニアに出るという目標に向かって部員たちが成長していくところを丁寧に描いていきたいなと思います。
「もう好きを無視しない」
卓球が、青春漫画の舞台として当たり前のように選ばれる時代なのだ。
作品の中に主人公・りこの、こんな台詞がある。
「決めたじゃん、もう好きを無視しないって」
写真:り子がムツにエールを送る/提供:講談社
時代が変われど「好き」が卓球を貫く共通言語であることは、今も昔も変わらない。
1話・2話は無料で読める。青空卓球部の挑戦をぜひ味わってみてほしい。
作者・大田均(おおたひとし)氏 プロフィール
埼玉県出身。第79回ちばてつや賞受賞後、『りこさんブッチギリです!』で連載デビュー。趣味は筋トレ。
第1巻全編を読みたい方は>>こちら