前卓球男子日本代表監督、倉嶋洋介。
リオ五輪では日本男子卓球界初の五輪銀メダルをもたらし、東京五輪でも団体銅メダルを獲得した。
2021年10月に木下グループ卓球部総監督に就任すると、一年目のシーズンで木下マイスター東京を優勝に導くなど、強化、そしてチームの勝利に確かな実績を持つ指導者である。
9年務めた代表監督から離れ、民間チーム総監督として、何を思うのか。話を聞いた。
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「家に帰れるようになりました」
でも逆に言うと、変わったのは、生活リズムと自分の年齢くらいで。
その責任感とプレッシャーを持っていないと“ナショナルチームで監督終わって、政治家の天下りみたいに木下グループに来た”みたいに思われたくないですから。自分の力を最大限に発揮してやらないと、と思っています。
写真:倉嶋洋介(木下グループ卓球部総監督)/撮影:槌谷昭人
倉嶋“監督術”の秘密
“ヨルジッチは来る”って、すごく早い時期からコメントしてましたよね。
写真:ダルコ・ヨルジッチ(スロベニア)/提供:ittfworld
ヨルジッチは、これだけのバックハンドの感覚を持っていて、きちんとした指導者についていれば強くなるなと思ってました。才能があっても育たない選手も多いんですよ、ヨーロッパの場合。環境が悪かったり、お金がなくて試合に出られたかったりということがあるので。
ヨルジッチにはずっと女性のコーチがついていて、合っているんでしょうね。ただ、持っているものからすれば、もっと強くなっても良い気もしますけどね、オフチャロフ並に。
たまたま僕が休憩中、観覧席にいたときに大島が試合をやっていたんです。これだけフォアハンドが振れて足がある選手って、日本になかなかいないな、面白いなと思って。
それで次の合宿に呼んで“そのフォアハンドとフットワークは世界レベルだ、あとは何をすれば世界で勝てる”っていう話をして。今までの武器と、弱い部分を組み合わせてバランスを良くしていく練習を続けて、2年くらいで芽が出てきましたね。ダブルスで世界を獲り、シングルスで世界ランク17位まで行きましたから。
写真:大島祐哉(木下マイスター東京)/提供:T.LEAGUE/アフロ
世界で勝てるプレースタイルかどうか
いまはみんな選手は個性を持っているので、その個性をどういうふうに育てていけばいいか、どうバランス良くすれば世界で勝てるか、というふうに考えます。元々のプレースタイルに武器や個性がないと、世界に勝つのは難しい。
あとは、試合勘も大切ですね。頭が良いというより、感じる力が強いということ。
感じて、さらに変えられる選手がトップ
感じるところまではわりとできても、試合中に変えられる選手はなかなかいないんです。
写真:水谷隼(木下グループ)/提供:ITTF
「だったら、今の卓球じゃダメだ」
写真:昨季Tリーグシングルス19勝5敗でレギュラーシーズン最優秀選手賞を獲得した及川瑞基(木下マイスター東京)/撮影:ラリーズ編集部
もちろん彼なら、日本でそこそこ勝つ、たまに全日本チャンピオンになる、それはできると思う。でも、彼は僕にはっきり“五輪を目指したい”と言った。だったら、ヨーロッパでもかつて勝っていたけれど、今はアジアが強いんだから、アジアに勝つスタイルを目指さないと勝てない。
ただ、一気に変えると卓球自体がおかしくなってしまう。
あくまで及川の持っている粘り強さなどの良さは生かしながら、少しずつ意識を変えていこうとしています。
バックハンドのカウンターや、もっと早いタイミングでのブロック。
フォアハンドも良いフォームで振れてなくて、フォロースルーでコントロールしていた。僕も原因がわからなくて、ずっと突き詰めていったら、理由の一つとして、ラケットが重かったんですよね。振り切れてなかったんです、筋力はあるのに。
パリ五輪選考会(2022年3月開催、及川は準優勝)前に何十グラムか軽くして、自分が思うように振り切れる重さにしたら、少し良い卓球になってきましたね。
写真:及川瑞基(木下グループ)/撮影:ラリーズ編集部
僕が木下に来たとき、うちのメンバーで及川だけが世界選手権に出たことがなかったんです。
でも、その後もずっと挫けずに力をつけ、結果を出し続けている及川選手は、やっぱり心が強い選手だなあと思って見ています。
写真:WTTフィーダーウェストチェスターを戦う及川瑞基(木下グループ)/提供:WTT
指導の基本は「コミュニケーション」と「選手に考えさせる」
言葉がけを僕はすごく重要視しています。選手たちが感じていることをちゃんと受け止めながら、どこまで自分が入っていって良いのか、間合いを考えながら。やっぱり、いつも選手とコミュニケーションを取っていないと、選手の状態はわからないですから。
写真:倉嶋洋介総監督(左)/提供:T.LEAGUE/アフロスポーツ
でも、卓球は0コンマ何秒の早さで来るボールを自分で判断し、決断して打つ。回転もコースも読んで、1球1球状況が変わるコート上で、戦術も転換しながら自分の頭で考えて、判断しないといけないスポーツです。
練習のときから、自分で考えて考えて、そして気づいて決断する選手を育てたいと思ってます。
選手たちに“絶対にできる”という自信を持たせる
選手はやっぱり未経験のことをイメージするときに不安になるんですよね。そこはなんとかしたいと思っています。
丹羽もリオ五輪直前は、ワールドツアー1回戦負けが続く絶不調だったので、もう弱点は練習しませんでした。得意なことだけやろうと、チキータやって速攻の練習ばかり。ゲーム練習もやらなかったです。で、悪いイメージを全部取っ払って臨んだ。
(吉村)真晴も、肩の故障で練習したくてもできない、と悩んでいた時期に、映像見せながら“お前の良さ、強さはここなんだよ、だから国内での世界ランキングがトップなんだ、決定率はこれだけ高い”と数値も示しながら。
大きな大会の直前は、家族からのメッセージなども入れたモチベーションビデオや思い出深い試合をみんなで見て、その後に円陣組んでというのがルーティンでした。
技術なんてそれまでやってきてるんだから、もう最後は気持ちですよ。「自分がやってやるぞ」という気持ちにさせるだけです。
自信がないと絶対に勝てませんから。
写真:東京五輪での日本男子の張本智和、倉嶋洋介監督、丹羽孝希、水谷隼/提供:森田直樹/アフロスポーツ
代表監督の孤独
写真:倉嶋洋介(木下グループ卓球部総監督)/撮影:槌谷昭人
その代わり、本当に貴重な経験をさせてもらいましたから。
木下代表、役員の方々、渡邉隆司をはじめスタッフの皆さんが身近で支えてくれています。
木下グループのバックアップは本当に心強いです。木下代表の決断の早さ、助言はなるほどなと思うことが多く、良いアドバイスを頂いています。
ああ、相談も良いなと思いました(笑)。
写真:倉嶋洋介(木下グループ卓球部総監督)/撮影:槌谷昭人
>>(後編「トップ選手を教える指導者が少ない」「Tリーグの発展は急務」前日本代表監督・倉嶋洋介が抱く日本卓球界の課題 に続く)