張本智和、伊藤美誠のアベックV達成で有終の美を飾ったWTTスターコンテンダードーハ大会。中国が棄権したとはいえ、伊藤美誠は直前のWTTコンテンダーでも優勝しており、改めて日本卓球の強さを世界に示した大会であった。
秋からの国際大会の再開、全日本卓球選手権やTリーグサードシーズンの開催と、状況を見ながらではあるが、卓球界は再び動き出している。
今回から4回に渡って、この異例尽くしの1年間を日本卓球協会強化部長の宮﨑義仁氏に振り返ってもらう。第1回はWTTを中心とした国際大会についてだ。
【宮﨑義仁(みやざきよしひと)】1959年4月8日生まれ、長崎県出身。鎮西学院高校~近畿大学~和歌山銀行。現役時代に卓球日本代表として世界選手権や1988年ソウル五輪などで活躍後、ナショナルチームの男女監督、JOCエリートアカデミー総監督を歴任。ジュニア世代からの一貫指導・育成に力を注いでいる。公益財団法人日本卓球協会常務理事、強化本部長。
国際大会再開も“急すぎる”スケジュール
写真:WTTマカオの様子/提供:ittfworld
――2020年3月のカタールオープン以降、中止・延期になっていた国際大会が秋から再開されました。
宮﨑義仁氏(以下、宮崎):世界的なパンデミックの中でテニスやゴルフなどを中心に、無観客ではありますが、少しずつ国際大会がアメリカを中心に始まっていきました。そんな中、卓球界もこのまま止まっててはいけないということで新しく発足したWTTという組織が、国際大会開催へ進み始めました。
――その国際大会が、11月開催の男女W杯、ITTFファイナル、WTTマカオですね。
宮﨑:ところが9月4日に各大会の案内がきて、7日に締め切りという信じられない予定での申し込みでした。
写真:宮﨑義仁氏/撮影:ラリーズ編集部
――かなり急なスケジュールですね。
宮﨑:他のスポーツの大会だと、開催数か月前から入国時にある検査や隔離、PCR検査の回数などをzoomで選手に説明しながら、参加しますか参加しませんかというのを丁寧にずっとやってきている。ところが卓球は、いきなり4日にメールが入って7日締め切り。加えて、中身はいま検討中です、と何の説明もなしに進めてきた。
――結果的には日本選手は、男女W杯、ITTFファイナルに参加する形になりました。
宮﨑:日本卓球協会として、選手の権利を奪うわけにいかなかった。協会派遣はできませんでしたけど、選手個々の自費参加は粛々と認めていこうと。
写真:男子W杯でプレーした張本智和(木下グループ)/提供:ittfworld
4日に案内がきて、5日6日が土日。7日の昼までに申し込むために、全選手に連絡を取って、選手は出たいということでエントリーしました。マネジメントや所属が土日休みのところもあり、叱られるかもしれないが連絡は二の次にさせてもらいました。
ランキングの低い選手にチャンスのないWTT
写真:コロナ禍の国際大会でプレーする伊藤美誠(スターツ)/提供:ittfworld
――そうしてコロナ禍での国際大会第1回がスタートしたわけですね。
宮﨑:ただその方法について、日本卓球協会は納得できないし、こういうやり方はついていけない。まずここで一度抗議文を送りました。
それから11月くらいにWTTが、カタール、中国、ヨーロッパ、それぞれの国での大会開催を計画してますと発表した。私たちが「先の日程が読めないから、計画が立てられない。先の予定を出してくれ」とまた抗議文を提出して、やっと予定が出たので少し安心してました。
写真:宮﨑義仁氏/撮影:ラリーズ編集部
――予定通り3月上旬にはWTT中東シリーズがカタールで開かれました。
宮﨑:ところがカタールも大変でした。カタールはコンテンダー、スターコンテンダーということで、開催側が選手を選ぶW杯などと違って誰にでも参加のチャンスがある。
全日本がちょうどその前にあるので、全日本を予選会代わりにしようと考えました。小学生から大人まで全員が出ますから、それを勝ち上がった選手をエントリーするのが公平公正だろうと。
――1月9日にその選考基準が発表されましたね。
宮﨑:実際は、選考基準を作ってまさに発表しようとしたとき、それまでまったく連絡がなかったWTT側から、締め切りが全日本の終了の2日前と指定された要項がきた。
こちらから全日本が終わる最終日まで待ってくれと連絡して、すったもんだしましたけど、結局最終日まで待ってもらって、全日本ベスト4に入った選手をエントリーするという派遣になりました。
写真:初の全日本王者・及川瑞基(木下グループ)もWTTスターコンテンダーに参戦した/撮影:ラリーズ編集部
二転三転するWTTに振り回される選手たち
――WTT中東シリーズでは、全日本ジュニア男子優勝で国内選考基準を通過した濵田一輝選手(愛工大名電高)が参加できませんでした。
宮﨑:濵田君は、協会の基準を満たしたのでエントリーしたのに、WTTにとっては世界ランキングの低い選手ということで参加できなかった。というのもスターコンテンダーは世界ランキング20位以内はWTT側が選び、それ以外はエントリーした選手の中から世界ランキングが高い順に拾っていく。(参加人数が)埋まれば下のランクの選手は参加できない。
写真:全日本ジュニア王者の濵田一輝(愛工大名電高)/撮影:ラリーズ編集部
カタールではWTTの後にアジアの五輪代表予選や五輪最終予選が計画された関係上、トップ選手がみんなエントリーしてきた。ジュニアで頭角を現してきた濱田君たちのような、まだシニアではランキングの低い選手は押し出されて、日本の基準は通ったけど出られないということが起こってしまった。
写真:ドミトリ・オフチャロフ(ドイツ)らトップランカーもWTT中東シリーズに参戦した/提供:ittfworld
――日本で選考してもWTT側に弾かれる可能性があるということですね?
宮﨑:そうです。これだと今後、WTTについて日本で予選会をやって出そうとしても出られない可能性がある。
図:ITTF発表の新大会構想WTT/作成:ラリーズ編集部
(WTTのランクで)一番上のグランドスマッシュは、選手の指名権がWTT側にある。(2番目の)チャンピオンズも同様。グランドスマッシュとチャンピオンズに活躍した選手がカップファイナルに出る。スターコンテンダーとコンテンダーは、日本から4名と6名申し込めるけど、ランキングの低い選手は拾われない。
――結局、これまでにランクを持っている上位選手しか出られない大会になっていますね。
宮﨑:例えば、2019年の戸上隼輔(明治大学)のようにぱっと出て来て、全日本で優勝レベルまで来て、次の五輪代表に向けて、となってもノーランクなら3年間国際大会に1回も出られない。1回も出られなかったらランキングは絶対上がらない。
写真:Tリーグ前期MVPの戸上隼輔(琉球アスティーダ)/撮影:ラリーズ編集部
海外で言うなら林昀儒(リンインジュ・チャイニーズタイペイ)やカルデラノ(ブラジル)みたいな、低いランキングから1年で急成長する若手選手は必ず出てきます。今後活躍しそうな15,6歳の選手は当然今はノーランク。その選手は20歳くらいまで1回もランキングを上げるチャンスがない仕組みになっています。
写真:WTTコンテンダードーハでは、男子シングルス準優勝、混合ダブルス優勝の林昀儒(リンインジュ)/提供:ittfworld
――WTTには選手も振り回されていますね。
宮﨑:本当にWTTは困った仕組みを作ってしまった。1月に日本卓球協会から「もっと公平公正に出場できる仕組みにしてほしい」と再度抗議をしました。その返事は来ない。
それにいろんな情報がエントリーしてから後出しで来る。例えば、去年のW杯も9月7日にエントリーして、10月10日くらいに「中国では移動で省を跨ぐごとに必ず隔離です。だから最低でも8日は全くボールを打てません」という連絡が来た。
そんな状況なら参加選手の1人がキャンセルしますと連絡した。すると、「10月2日以降のキャンセルについては、8大会のうち1大会にペナルティをかけますのでランキングが落ちます」とWTT側から返ってきた。結局、2時間zoomで抗議し、ある程度納得してその選手は参加したものの協会も選手も世界ランキングを人質とした進め方をやられている。
――裏側ではかなり振り回されたWTTだったわけですね。でも日本選手は久しぶりの国際大会で結果を残しました。
宮﨑:選手は頑張りました。協会としては現地の環境が読めず、申込期限が1週間しかないという短さの中でも、いち早く全農(全国農業協同組合連合会)さんが食材の提供を申し出てくれたのも大変ありがたかった。
写真:WTTカタール遠征に提供された食品を手に笑顔の(左から)平野美宇、石川佳純、張本智和
――特にこの状況の海外遠征では食支援はありがたいでしょうね。
宮﨑:本当に卓球を応援してくれている。一昨年くらいから、国際大会での食の支援も始まってきて、会場にブースを出されたり、いろんな試みをされてきた。
写真:全農提供の食事列に並ぶ選手たち(2019年)
日本選手のみならず、日本食が世界各国の選手に認められるきっかけになってますよね。
日本食の周りに自然と人が集まって、いろんな言葉で喋りだして、卓球のテーブルではなく食のテーブルでは、争いではなく友好。それは、私たちが一番最後に望むスポーツの意味である世界平和の実現にも繋がる。
卓球ではライバル関係で競争するんですけど、でも卓球を通じて全世界と友好を結びながら笑顔のある交流をできたらいいなと。
国際大会という観点では、それがこの1年間の総括ですね。
(日本卓球協会がパリ五輪代表選考に国内試合の結果も重視する理由 続く)
宮﨑義仁氏の連載コラム
取材:槌谷昭人(ラリーズ編集長)