男は、ちょっとしたやり取りも電話だ。
「あ、着きました」
約束の時間の1時間近く前に最寄り駅にやってきた男は「まだドイツから送った荷物が届かなくて、ひげ剃りもそこに」と、無精髭を触りながら照れた。
吉田海偉(よしだかいい)、41歳のプロ卓球選手だ。
2022年2月、長く所属した実業団・東京アート卓球部が休部を発表、今季は家族を日本に残して単身でポーランドに渡り、デコルグラス・ジャウドボに所属した。
現時点で個人は13勝2敗、チームは1位という大車輪の活躍を見せる。
11月には、ECL(ヨーロッパチャンピオンズリーグ)では、東京五輪銅メダルのオフチャロフを倒し、吉田海偉の健在ぶりに世界がどよめいた。
写真:吉田海偉/撮影:ラリーズ編集部
吉田が15歳で中国人留学生“宋海偉”として青森山田高校にやってきてから、長い時間が過ぎた。その間、日本には次々と才能溢れる若い選手が脚光を浴び、そして去っていった。
なぜ、吉田海偉だけは現役第一線で踏ん張り続けられるのか。束の間の日本帰国時に、話を聞いた。
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13勝2敗も理想の成績ではない
ポーランドリーグは全勝して、ECL(ヨーロッパチャンピオンズリーグ)は世界のトップ選手と試合やりたい。
中国語のコメントで“なんか知らない選手がオフチャロフに勝った”というのを見て、“お前調べろよ、そもそも中国出身だし、世界選手権で団体銅メダル獲ってるぞ”って思ったけど(笑)。
写真:吉田海偉/撮影:ラリーズ編集部
最初はロシアリーグで、まだオフチャロフが20、21歳頃のときに試合して勝ってますね。その後プロツアーでは2回対戦して全部2-4で負けてるんだけど、2-2までは行く。でも、オフチャロフはオリンピック銅メダル2回獲って世界ランク9位の選手だから、レベルは向こうのほうが高い。
こないだの試合は、1ゲームとりあえず取りたいなと思ったら2ゲーム連取できた。
で、急に疲れちゃったんです。
張本は若いからいいんだよ。あの張本も41歳であんな声出してオールフォアでガンガン打ったら、絶対疲れるはず(笑)。
3ゲーム目はチャンスボールも自分がミスして、いつもと全然違う卓球で。
ベンチに戻ってバナナもらって食べて、4ゲーム目が勝負だなって思ってました。2-2になると5ゲーム目は6点勝負、オフチャロフが起きてくるから。
写真:ドミトリ・オフチャロフ(ドイツ)/提供:ittfworld
娘・紅偉ちゃんはオフチャロフのファン
ドイツで朝ごはん食べてるときオフチャロフがいたから、日本にテレビ電話して、隣でオフチャロフが“おはよう”って言ったら、めちゃくちゃ顔赤くして“ヤバい、やめてやめて”って照れてました(笑)。
オフチャロフにサインもらったユニフォーム、紅偉ちゃんはでかすぎるパジャマにしてるよ(笑)。
写真:愛娘の小西紅偉(Global Athlete)/撮影:ラリーズ編集部
普段言わないけど、奥さんには感謝している
俺も負けたくないよって。でも、相手も負けたくないから一緒じゃん。勝負の世界、勝つか負けるしかないじゃんって。
男はね、つらいときもありますよ(笑)。
“よく考えたら、すごいじゃん”って。
“1回負けた相手のことをトップ選手は絶対研究する、2回目負けたくないから。自分もそうだったし。自分より全然若いトップ選手に、2回目も2-3ってすごいよ”って。
嬉しかった。最初から言えよって思ったけどね(笑)。
でも、奥さんには感謝してる、普段奥さんの前では言わないけど。
感謝してるから、ヨーロッパで一人でもわがまま言わずに頑張れる。途中で帰りたいとか、絶対言わないようにしている。
日本食が食べたい、くらいかな(笑)。
写真:吉田海偉/撮影:ラリーズ編集部
試合に勝つことが一番のストレス発散
あんまり喋る相手もいないです。自分は夜早く寝るので、時差の関係で日本の家族ともあんまり電話できない。夜は寂しくなりますね。
ヨーロッパは移動も長いから、試合が始まると時間がなくて、全部移動です。ホーム会場も、住んでいるところから監督の車で2時間くらいかかる。
連チャンで試合して帰ってきて、2日後にまた10時間くらいかけて車で移動して試合、とか普通です。
でも、それが本当のプロリーグでしょう。
プロは大変さを感じなきゃダメ
確かに、日本のTリーグも毎日卓球でお金もらって、それもまあプロでしょう。
でも、本当のプロはね、いろんな大変さを感じなきゃダメなの。日本の移動は新幹線、飛行機でサッと行ける。美味しいもの食べられる。
俺41歳、ヨーロッパで、我慢、ストレス、我慢。美味しいもの全然食べられない。もうラーメンも飽きた。
でも自信持って言える。俺のほうがファンタジーがある。俺のほうがカッコいいって。
写真:熱いガッツポーズを見せる吉田海偉/撮影:ラリーズ編集部
プロの意味をわかってない
だからこそ、今の日本の卓球に不満もある。
お客さんに対してパフォーマンスもできない。試合終わって黙って帰る。だから人気が出ない。
サッカーがなんで人気なのかって、あのパフォーマンスがあるからでしょう。
Tリーグを観に来て、選手が黙ってプレーして黙って帰るなら、もう寝てるのと一緒。つまらない。
卓球をプロでやるっていう意味をわかってないよ。
Tリーグはプロチームの試合。オリンピック代表は選考会で選べばいい。一緒にしたらTリーグの魅力がなくなる。
チョコレートと酢、混ぜると酸っぱくない?別々に食べて、飲めばいいのに。混ぜるのは変でしょう?
諦めない41歳
ユニークな例えも交えながら、日本の卓球へ激を飛ばす吉田海偉。
「つい熱くなっちゃうんですよ、ポーランドで喋る機会少ないから」時折、照れる。
何ひとつ諦めていない男、吉田海偉、41歳。
写真:吉田海偉/撮影:ラリーズ編集部