スポンサー募集、という言葉をよく聞くようになった。プロチームから、一個人まで。
でも、スポンサーになりたい、という声は稀だ。
「執念、でしょうか」男は爽やかに笑う。
スポンサー探しの、ではない。
スポンサーするための、である。
「あまりにこちらから働きかけるので、最初は怪しまれることもあります」
爽やかに笑うのは、株式会社ハッピースマイル代表取締役社長、佐藤堅一氏である。
開幕シーズンからT.T彩たまのスポンサーを務め、現在は松島輝空はじめ松島家のスポンサーも務める他、卓球YouTuberのユージくん、先日からは卓球場YOYO TAKKYUへのスポンサーも始める。
写真:佐藤堅一氏(株式会社ハッピースマイル代表取締役社長)/撮影:槌谷昭人
佐藤氏自身が卓球選手だったわけではない。
陸上自衛隊を8年勤め上げた、元自衛官である。
なぜ、卓球を支えるのか。
スポンサーを決める判断基準は何なのか。
これは現代卓球界における、スポンサーによるスポンサー論である。
このページの目次
「みんなのおもいで.com」とは
佐藤氏が2008年に埼玉県内で創業した株式会社ハッピースマイルは、写真代行販売サービス「みんなのおもいで.com」を運営している。
全国の幼稚園・保育園を中心に現在6,000ヶ所以上で幅広く利用されており、卓球界では、卓球スクールでの子どもの様子やオフショットなどを、WEB上で気軽に閲覧・購入できるサービスとして、全国の卓球場を中心に導入が進む。
写真:みんなのおもいで.comのトップページ/提供:株式会社ハッピースマイル
佐藤氏が卓球に関わる契機は、2017年。
Yahoo!ニュースのとある記事に目が止まった。
“日本の卓球プロリーグ、Tリーグ創設”、記事には埼玉県でもチーム発足予定とあった。
「埼玉で起業したこともあって、地元に恩返しできないかなと考えていたときでした。これから始まるプロスポーツチームを応援し一緒に盛り上げていける、これだと思いました」
写真:Tリーグファーストシーズン開幕戦/撮影:ラリーズ編集部
「まだ何も決まってなくて…」
記事には、問い合わせ先の記載はなかった。
こういうことは、きっと協会に聞けばわかるはず。
電話番号を調べ、日本卓球協会に電話を掛けた。
「スポンサーになりたいんです」
「いや、まだ何にも決まってなくて。とりあえず明日担当者から電話させます」
「明日の何時頃でしょうか」
「え、ではお昼頃に」
「お昼というのは、12時という認識でよろしいでしょうか」
翌日12:00に電話がないことを確認し、12:01に佐藤氏から電話を掛けた。
まるで、スポンサーを獲得する側の積極性だ。
しかし、佐藤氏は、まだ立ち上がったばかりのTリーグのチームスポンサーに手を挙げた側なのだ。
写真:佐藤堅一氏(株式会社ハッピースマイル代表取締役社長)/撮影:槌谷昭人
「これから」を応援したい
T.T彩たまの担当者がやってきた。
まだ何にもないんですが、と申し訳なさそうにしつつ、まっさらなユニフォーム案を広げた。
それは佐藤氏にとって、未知数の不安ではなく、未来に広がる選択肢に見えた。
「“これから”にワクワクするんです。卓球というスポーツも、チームもこれから。いま有名なものより、未来のために懸命に頑張る人やチームを応援したいんです」
写真:T.T彩たまユニフォーム左胸にある「みんなのおもいで.com」ロゴ/提供:T.LEAGUE/アフロスポーツ
あと、と笑って付け加えた。
「埼玉にはプロ野球やJリーグチームもありますが、このロゴスペースが空いたのでどうですかというお話ばかりで、“余りもの”感があって。私は、一番乗りで手を挙げて、全ての選択肢の中で自分が決めたい性格なんです」
選択肢はたくさんあってほしい。
その思想は、みんなのおもいで.comサービスにも通底するものなのだが、それは後ほど。
松島家へのスポンサーの場合
“これから”を応援したい、という文脈で考えると、松島家へのスポンサードも頷ける。
「松島輝空選手がパリ五輪を目指すというのは、松島一家の夢でもあるんです。そして4人のお子さんそれぞれが高いレベルで頑張っている。ならば、ぜひ一家を応援させて頂きたいなと」
写真:松島輝空(木下グループ)の左胸に「みんなのおもいで.com」ロゴ/撮影:ラリーズ編集部
ちなみに、この松島家のスポンサーについても、佐藤氏から松島家母のtwitterにDM(ダイレクトメール)を送ったことがきっかけだ。
「スポンサーしたいんですが、とメッセージをお送りしたところ、夫から連絡させますね、というお返事でした。何の面識もない人間からの突然の打診に怪しまれたのかもしれません(笑)」
写真:佐藤堅一氏(株式会社ハッピースマイル代表取締役社長)/撮影:槌谷昭人
YOYO TAKKYUの場合
卓球場YOYO TAKKYUは、なぜなのだろう。
「川口陽陽(YOYO TAKKYU代表)さんの息子さんの陽向くん(小学二年生)に、当社の卓球部員が中野区の大会で負けたことがきっかけですね(笑)」
え?
写真:川口陽向(YOYO TAKKYU)/撮影:ラリーズ編集部
「名前を検索したら、U-7の日本代表候補にも入っていて。その大会の間、気になって見ていたんです。試合に負けた後、本当にずっと悔しがっていて。本人の中でも練習したという自負があるんだろうなと。頑張ってないと悔しくないですから。お父さんは廊下に連れて行って“対戦相手に挨拶に行きなさい”ってずっと諭してましたけど(笑)」。
会社の卓球部員は負けたけれど、応援したいと思ったという。
「あれくらいの年齢の子は遊びたいはずなんです。でも、きっとほぼ全ての時間を卓球に捧げている。もちろん親が用意した環境もあると思いますが、その本気さ、ストーリーを応援したいなと」
みんなのおもいで.comとは
ところで、松島家の練習拠点の田阪卓研や、YOYO TAKKYUでも導入している「みんなのおもいで.com」とは、いったい何のサービスなのだろうか。
写真販売代行サービスとして、大きく3つの特徴がある。
①安全に写真を見てもらう場所
簡単に撮ることはできる時代だが、簡単に見せられるかというとハードルがある、と佐藤氏は言う。
「生徒さんすべてのご家族に個別で写真を送るのは大変です。かといってオープンな場所には上げられない。卓球場にとって無理がない方法で、完全にクローズな空間で、かつ平等に、生徒さんやご家族に写真を見て頂く場所を提供できます」
写真:佐藤堅一氏(株式会社ハッピースマイル代表取締役社長)/撮影:槌谷昭人
卓球場にとっては、導入費用も含め、すべて無料で使えるサービスである。
コーチがレッスンの合間のふとした瞬間に、子どもたちの様子を撮影し、あとは写真を全選択してアップロードするだけだ。次のレッスンをしている間に、写真を読み込んでくれる。
「仮に1枚も売れなくても利用料金は無料なので、やってみてマイナスになることは何もなかったというお声を頂きます」
1枚も売れなかった例は一つもないんですけどね、と佐藤氏は笑う。
「卓球場にとって、販売という言葉がハードル高く感じるかもしれませんが、導入が進んでいる全国の保育園・幼稚園では、安全に写真を見てもらう場所として使って頂いていますね」
写真:可愛い営業車もある/撮影:槌谷昭人
②選択肢を多く
「写真は感性だから人によって良いと思うものは違います。だから全て展示して、欲しいと思ったものだけを買って頂くほうが良いんです」
買う側に選択肢を持って頂きたくて、という言葉に、思わず佐藤自身氏も「あ」と小さく声を上げた。
それはT.T彩たまスポンサーに手を挙げたとき、先方に求めたことと同じものだったからだ。
当たり前だが、事業は創業者の世界観とよく似ている。
写真:佐藤堅一氏(株式会社ハッピースマイル代表取締役社長)/撮影:槌谷昭人
③頑張ったプロセスに光を
試合の写真よりも、普段のレッスンの合間の子どもたちのリラックスした表情を見たい。試合会場に行くまでの道中は、どんな様子で、何をしていたんだろう。
「習い事に、記念写真はあるんですが親が見たいスナップ写真が少ないんですよね。写真の上手い下手はそんなに大切じゃないんです」
そこにも、結果よりも頑張ったプロセスに光を当てたい、という佐藤氏の哲学が反映されている。
写真:オフィスには東京五輪使用台もあった/撮影:槌谷昭人
スポンサー契約の後は
ふと気になって聞いてみた。
スポンサーになった後は、何か相手に求めるんですか、と。
いえ、何も、と落ち着いたトーンで答えた。
「先方が困ってるときに何か聞かれたら、私なりのアイデアは出します。それ以外はこちらからは特に何も言いません。本気でやっている人にしか見えない景色があります。極めれば極めるほど苦難の道もあることは、よく知ってますので」
支援者は、伴走者なのだ。
それは、スポンサーの一つの理想的なあり方だと思った。
写真:佐藤堅一氏(株式会社ハッピースマイル代表取締役社長)/撮影:槌谷昭人
取材を終えて
インタビュー後、スチール撮影しながら、ふと佐藤氏の足元のラケットケースに目が止まった。
“せっかくだから手に持って頂いて”と持ちかけると「実は、少し前にアンチラバーに替えたんですよ」マイラケットを取り出しながら、嬉しそうに笑った。
「いま、アンチを使ってる人少ないじゃないですか。ラケット交換でも気づかない人もいて、すると最初の何点かは取れるんですよ(笑)」
写真:佐藤堅一氏(株式会社ハッピースマイル代表取締役社長)/撮影:槌谷昭人
笑顔の似合う創業社長である。
そういえば、社名もハッピースマイルだった。
写真:佐藤堅一氏(株式会社ハッピースマイル代表取締役社長)/撮影:槌谷昭人