「オレがルールブックだ」。プロ野球の審判がそう言い放ったこともある。
卓球の審判とは、どんな仕事なのだろうか。
現代卓球では、ビデオ判定の導入が検討され、副審がボールを選手に渡す必要があるマルチボールシステムなど、審判が今まで以上に多くの役割を担っている。
写真:青春ドリームマッチでの審判を務める大前ケイ子さん/撮影:ラリーズ編集部
今回Rallysでは、審判歴40年以上、卓球審判活動に携わっている大前ケイ子さんを取材した。卓球ファンなら「主審、大前ケイ子」のコールに聞き覚えがあるかもしれない。
国際審判員として、ワールドカップ、パラ五輪などのビッグマッチを多く裁いてきた大前さんに、審判になるために必要なこと、海外出張の苦楽など、審判にまつわる全般について話を聞いた。
>>卓球の審判のやり方や種類、役割は?ジェスチャーやアナウンスも紹介
実業団選手から審判へ
写真:Tリーグ女子開幕戦でも審判を務めた大前ケイ子さん(写真左奥)/撮影:ラリーズ編集部
――大前さんが卓球の審判になられたのはいつ頃ですか?
大前ケイ子さん(以下、大前):公認審判員の試験を受験したのは44年前。20代後半のときでした。
――それまでも卓球関連のお仕事だったんですか?
大前:審判員試験に挑戦したときも実業団で選手をしてました。
広島銀行、デパートの福屋、山水電気、唐橋卓球、健勝苑とプレーしていましたが、膝を痛めて30歳過ぎで選手を辞めました。
その後は、日本リーグの事務局で3年8ヵ月パートタイマーとして働き、退職してからは審判活動と東京都卓球連盟、荒川区の競技役員に従事しています。
写真:年齢を聞くと「え、レディにそれ聞くの?」と怒られました/撮影:ラリーズ編集部
審判員になるために 国際大会での実技試験も
――そもそもなんですが、卓球の審判はどうやったらなれるのですか?
大前:まず、筆記試験と実技を通過して『公認審判員』になる。
2年~3年以上公認審判員として活動後、上級審判筆記試験に合格すると『上級公認審判員』に、また3年以上、上級公認審判員として審判活動をし、規定活動日数など諸条件に達すると『公認レフェリー』への挑戦資格が得られます。
その後、筆記試験合格者は『公認レフェリー』としての活動に従事します。
図:日本国内の審判員区分とテストなどの情報(日本卓球協会参照)/作成:ラリーズ編集部
上級審判員合格者の次の目標は、国際大会で審判を務める『国際審判員』ですね。
JTTA上級公認審判員資格を取得後、国際卓球連盟(ITTF)が実施する2年に1度実施される国際審判員試験を受ける資格が得られます。
国際審判員は、『一般国際審判員』、『ブルーバッジ』、昨年度から実施されている『グリーンバッジ』(新設)という分類になります。
――国際審判員の試験はどのような内容なのですか?
大前:ブルーバッジは一次が筆記試験で、二次が実技試験のある国際大会に参加して4回合格、三次試験がITTFの試験官とスカイプを使って30分以上英語でのフリートークです。
三段階全て合格するとブルーバッジの資格を取得となります。
図:国際審判員になるために(日本卓球協会参照)/作成:ラリーズ編集部
――実際に試合を裁く実技試験があるのですね。
大前:実際の試合で試験官に60項目くらいのチェックリストで見られます。例えば、制服、行動、姿勢、競技進行手順、正規ルールの遂行などです。
写真:Tリーグサードシーズン開幕戦で審判を務める大前ケイ子さん/撮影:ラリーズ編集部
――大前さんは全部一発合格ですか?
大前:それがブルーバッジは三次の口頭試験で落ちました。
口頭試験の少し前にオーストリアで開催された国際試合に派遣して頂き、その大会で白人以外の審判員に対して人種差別を感じました。
オーストリア卓球協会の競技委員長や審判長は全員白人の競技役員でアジア系、アフリカ系男性審判は、準決勝、決勝などの試合は携われなかった。最終日近くは仕事がないと言う体験をしました。今となっては貴重な体験ですが。
なので、口頭試験の際に未熟な私の英語力で「人種差別を感じました」とITTFの試験官に訴えたところ、「協調性のない審判員は資格者として疑問に思う。ネクストイヤー」と言われて不合格宣言を受けました。正直に言って良いこと、悪いことがあるのだなと痛感しました(笑)。
写真:東京都卓球連盟では理事を務める大前ケイ子さん/撮影:ラリーズ編集部
一年浪人の末、翌年の口頭試験は別の試験官でしたが合格を頂き、無事ブルーバッジの資格はもらえました。
でも合格すると、今度は3年以内に国際大会での実技の合格点を3ポイント追加で採らないといけない。それ以降もずっと毎年1ポイントずつ外国へ行ってポイントを採らないとブルーバッジを維持できないんです。
写真:青春ドリームマッチでの審判を務める大前ケイ子さん/撮影:ラリーズ編集部
――なかなかシビアですね。国際大会は自費で参加なんですか?
大前:ほとんどがボランティア活動です。
もちろん日本卓球協会からの海外派遣要請については、ヨーロッパ圏、アメリカ圏、アジア圏それぞれ大半は補助があります。多少の個人負担はありますが。
写真:青春ドリームマッチでの審判を務める大前ケイ子さん/撮影:ラリーズ編集部
――それだと国際大会に行ったら赤字になりませんか…?
大前:赤字?そんな時もありますが、それでもブルーバッジ資格維持のためにはポイントが必要ですから派遣のチャンスを頂いたときは応じます。
それにも増して、国際大会通して外国のたくさんの審判員の友達と出会えたし、国内では経験できない貴重な経験もできました。
今年はコロナの影響で国際大会のほとんどの中止が続き、25年連続参加していたUSオープンも参加できず残念です(笑)。
写真:Tリーグサードシーズン開幕戦で審判を務める大前ケイ子さん/撮影:ラリーズ編集部
感銘を受けたパラの試合
――ビデオ判定については、審判の立場としてはどう思いますか?
大前:実行して頂きホッとしていますし大賛成です。
――そうなんですね。審判的には嫌なのかと思ってました。
大前:例えば、微妙なサイド、エッジの判定などで迷うことがあります。
実際の試合では、主審と副審の意見が違うときは選手に聞きます。両方の選手がエッジ(台の端に当たった)との事であれば、潔く審判員が訂正宣告をします。
逆に選手の意見が違うときには審判の判定が優先されます。でも審判としても判定がわからないときはある。だから(ビデオ判定が導入されるのは)ありがたいですね。
写真:2019世界選手権女子ダブルス決勝での早田ひな(写真左)と伊藤美誠のサービスレットの判定が物議を醸した/提供:ittfworld
――海外も含めて審判をしていて、大前さんが一番印象に残った大会は?
大前:もう20年も前の話、第1回カタールオープンに派遣して頂きまして、宗教的な問題で男尊女卑がすごかった。女性は全く外出していないし、男性と女性は食事の部屋も別々でした。
日本からの審判は私と一緒に派遣された女性だけでした。「デパートに行きたい」とお願いしたところ、親切に地元の競技役員の方に案内して頂きました。驚いたのは店員さんはじめ従業員は全て男性でした。
その後、女性を車に同乗させてデパートに連れて行ったということで、その人は翌日から仕事なし。申し訳ないと思いました。現在はそんなことはないと思いますが。
写真:オールスターで審判を務める大前ケイ子/撮影:ラリーズ編集部
――性差別を肌で感じたわけですね…。プレー面で印象に残った試合はありますか?
大前:シドニーのパラ五輪です。松葉杖をついた義足の選手が優勝。すごく感動しました。
最近だと昨年のスウェーデンで開催されたパラの国際大会でも、両腕のない選手がいて、どうやってプレーするのかなと思っていましたら、ラケットを口でくわえて足でボールを投げ上げトスしていました。
選手の頑張っている姿を目の当たりにして、感動しました。少しのことでくよくよ悩むより、もっと強靭な精神で生きていかなくてはダメだなって痛感しました。
写真:両腕がないパラ卓球選手 イブラヒム・ハマト(エジプト)/提供:ittfworld
――なぜ大前さんは審判を40年以上やり続けられるんでしょうか?
大前:楽しいし、私の生き甲斐でもあり、使命でしょうか?
やりがいもあります。色々な経験を積めば積むほど勉強になって、自身の血となり、肉となって成長に繋がるのではないでしょうか。
何も目標や信念のないまま生きていくよりは意味はあるかなと思ってます。
写真:Tリーグサードシーズン開幕戦で審判を務める大前ケイ子さん/撮影:ラリーズ編集部
――審判は生涯現役?
大前:私にとって卓球は人生そのものでした。でも他の事にも冒険が必要かな?
死ぬまでは?やんない、やんない(笑)。だって卓球の世界しか知らないから。私の人生もあと何十年生きられるかわからないし。
冒険と言っても何をしましょうかね。本当に審判活動を辞められるのか?未練はないのか?やり残したことないのか?自問自答の日々です。だから先はわかんないですよ(笑)。
写真:演歌歌手としてもデビュー経験のある大前ケイ子さん/撮影:ラリーズ編集部
審判台での毅然とした対応とはまた違うチャーミングな表情で、この先の人生については煙に巻かれた。
卓球の仕事に関するインタビュー
>>「このシーン、あなたならどう伝える?」 奥が深いスポーツ実況の世界(山﨑雄樹アナ)