「優勝直後も厳しかった」全日本王者・及川瑞基を支えた"中国の名将"と"欧州のプロ意識" | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:及川瑞基(木下グループ)/撮影:田口沙織

卓球×インタビュー 「優勝直後も厳しかった」全日本王者・及川瑞基を支えた“中国の名将”と“欧州のプロ意識”

2021.03.06

この記事を書いた人
1979年生まれ。テレビ/映画業界を離れ2020年からRallys編集長/2023年から金沢ポート取締役兼任。
軽い小咄から深堀りインタビューまで、劇場体験のようなコンテンツを。
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時間が積み重ねた信頼感なのだろうか。

及川瑞基が邱監督にアドバイスを受けるとき、ファインダー越しにも二人の阿吽の呼吸を感じるときがある。


【及川瑞基(おいかわみずき)】1997年6月26日生まれ。宮城県出身の男子プロ卓球選手。青森山田中、高、専修大学へ進みつつ、中学3年生からドイツ・ブンデスリーガに挑戦、計7年間戦う。今季からTリーグ・木下マイスター東京に加入し、日本のプロ卓球選手として活動する。2020年の全日本では、三部航平と組んで優勝、2021年全日本で念願のシングルス優勝。両ハンドの粘り強いプレースタイルが特徴。世界ランキング最高61位。

>>前編はこちら 「張本に勝ってすごいね」全日本王者・及川瑞基の心に火をつけたもの

「邱さんのアドバイスが僕を奮い立たせてくれる」

優勝直後にも、厳しい言葉をもらいましたけどね(笑)。なんであそこに打たないの、とか、もっと簡単に勝てたでしょ、とか。満足してないんです。でもそれは、選手にもっと勝って欲しいから」。


写真:及川にアドバイスを送る邱建新監督/撮影:ラリーズ編集部

“及川ならできる”。邱さんはそう思ってくれているはず、と及川は言う。

「だから、もっと上を目指そうという気になる。邱さんのアドバイスが僕を奮い立たせてくれる」。

中国卓球の薫陶をドイツ・ブンデスリーガで長年受けてきた日本人として、いま、及川の多国籍な卓球スタイルは花開いている。

男女の全日本王者を生んだ名将

邱建新(キュウ・ジェンシン)。
今年の全日本男子チャンピオンの及川瑞基、女子チャンピオンの石川佳純、どちらのベンチにも入り、優勝に導いた指導者だ。

自身も元中国ナショナルチームの選手であり、ドイツのブンデスリーガでも活躍、選手引退後はブンデスに残って名門チーム・フリッケンハウゼンの監督となり、一時期は水谷隼のプライベートコーチも務めた。


写真:邱建新監督(木下アビエル神奈川)/撮影:ラリーズ編集部

そして、2018年のTリーグ創設にあたり日本に招聘された国際的な“プロ指導者”は、Tリーグ男子の木下マイスター東京、女子の木下アビエル神奈川を総監督として率いている。


真:邱建新監督のアドバイスを受ける張本智和(木下マイスター東京)/撮影:ラリーズ編集部

邱監督の指導の特徴とは

多くのトップ選手から厚い信頼を得る邱建新氏。
いったいその指導の何が優れているのだろうか。

「試合中の戦術転換の速さ・相手の弱点を見抜く速さっていうのが抜きん出ていると思います」。及川はその観察眼に舌を巻く。

「多くは言わずに2、3個ぐらいなんですけど、それが的確で迷わないんです。しかも、保険をかけないというか、これをやれば絶対大丈夫だからって自信を持って言ってくれるので、こっちも信じてやれる」。


写真:邱監督にアドバイスを受ける及川瑞基/撮影:ラリーズ編集部

練習中はどんな指導なのだろう。

「いま、この技術を使っている選手が勝っているからこれをやらなきゃいけない、みたいな最新の技術の流行も教えてくれますし、タッチが悪かったりすると、見逃さずに修正してくれます。あとは、邱さんが練習場に毎日来てくれるので、練習場がピリつくというか引き締まりますね(笑)」。


写真:及川瑞基「毎日緊張感があります(笑)」/撮影:田口沙織

ヨーロッパのプロ意識

及川が、邱監督の指導を受けてきた歴史は長い。
青森山田中学在学中、ドイツから同校に指導に来ていた邱監督の目に止まった。その後、ドイツに留学してみないかと声を掛けられ、ブンデスリーガ4部に挑戦する。

それから及川のブンデス生活は、通算7年に及んだ。ケーニヒスホーフェンでプレーした2019年には“ドイツの皇帝”ティモ・ボルに勝利するなど着実に成長を遂げてきた。


写真:ブンデスリーガでプレーする及川瑞基/提供:本人

ただ、最初は、自分と彼らの意識の差に愕然としたという。

「ヨーロッパの選手は本当にプロ意識が高くて、相手が練習していても自分の練習にしていくぐらい積極的です」。

日本人特有の“相手を立てて、はっきり言わない”姿勢でいると、話にも練習にも置いていかれた。
「考えを主張するようになりました。日本に帰ってきたら“それは言わないんだよ”とか“ヨーロッパぶってない?”とか逆に言われるんですけど(笑)」。


写真:及川瑞基「最近は僕もThe・日本人みたいな感じですけど(笑)」(木下グループ)/撮影:田口沙織

現在の日本の若手選手にも、海外行きを強く勧める。
「1、2年行って経験しましたっていうものじゃない。7年、8年、10年と行ってほしい。良いことばかりじゃない、なんならつらいことの方が多いと思うんですけど、少なからずその経験は、卓球にも、卓球終えた後の人生にも活きてくると思うので、ぜひ行ってもらいたいって思っています」。


写真:ブンデスリーガでも多くの歓声を受けてきた及川瑞基/提供:本人

今年、及川は7年のブンデス生活を終え、日本に戻った。
Tリーグの木下マイスター東京の一員としてリーグ戦を戦いながら、その練習場で再び、邱監督の指導を受けながら充実の日々を過ごす。“ブンデスにいたままだったら、全日本で勝てたかどうかわからない”と言うほど、現在の環境での成長に手応えを感じている。

5月から1日も休まずに練習してきました。苦しかったんですけど、その積み重ねが今回の結果に繋がったと思っています」。


写真:及川瑞基「それまでは日本人相手はやりづらさもあった」/撮影:田口沙織

示せた「俺もいるんだぞ」

欧州でプロ意識の洗礼を浴び、中国式の指導を受けながら育った及川瑞基。今後はどんな高みを目指していくのか。

「やっと、世界に向けてのステージに立ったと思っているので、これから1つ1つが大事だと思っています。次と次の五輪、この4年・8年くらいが勝負。俺もいるんだぞってことは示せたかなと思うので、これから責任と自覚を持って、日の丸つけてやっていきたいです」。

国際派が、ようやく本格的に手にした日の丸だ。


写真:及川瑞基「もっと自分を高めていきたい」/撮影:田口沙織

わからなくなった自粛期間

「ずっと卓球のこと考えてるんですね」。そう話を向けると、少し考えて首を振った。

「ドイツから帰ってきた自粛期間の2ヶ月くらいは、試合もあるかわからないし、何に向かっていけばいいかわからなくなりました。筋トレは好きなので、ダンベルだけは買ってやってたんですけど」。


写真:及川瑞基「あのときはモチベーションの維持が難しかった」/撮影:田口沙織

あのとき、いや現在もなお、トップアスリートは自らの動機をアップデートすることを迫られている。

ゴルフでプロになろうかなって」。

え。


写真:意外な話を始める及川瑞基/撮影:田口沙織

至って真顔で及川は続ける。「ちょうどやってたゴルフのテレビ番組観て、面白そうだなって。ドライバーとアイアン買って、部屋でもスイングの練習したりして。そんな感じだったので、ずっとっていうわけではないですね」。

「ラウンドは回ったんですか」おそるおそる聞いてみた。

「まだ行けてないです。何回か打ちっぱなしくらいで」。

This is 及川瑞基。周囲に愛される天然さも兼ね備えている。


写真:及川瑞基「1回打ちっぱなし行くと350球くらい打ちます」/撮影:田口沙織

「あ、明日が久しぶりの休みですね」。
夕暮れ前の川沿い、撮影する写真家のリクエストに答えてポーズを取りながら、思い出したように及川が言った。

「何するんですか」。
「トレーナーに来てもらってストレッチしてもらいます」。

タフな全日本を制した、一人の卓球少年が笑っていた。


写真:及川瑞基(木下グループ)/撮影:田口沙織

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