久しぶりに登場したのは、クリスマスだった。
Tリーグ開幕から4連勝の後、“秘密兵器”としてしばらく温存された木村香純は、12月25日の日本生命レッドエルフ戦に起用された。
相手は、開幕戦でストレート勝利した早田ひな。思えば約一ヶ月前のその勝利から、木村香純の“ミラクル”は始まったのだ。
写真:木村香純/撮影:ラリーズ編集部
真価が問われる、早田ひなとの再戦。
木村はベンチから早田の待つ台に歩いていくが、踵を返して小走りでベンチに戻る。チームメイトの木原美悠から何かを受け取り、苦笑いで再び台に向かう。
タオルを入れるカゴを忘れて台に向かったのだ。
初参戦から4連勝、その後2週間ベンチから応援していた木村には、まだTリーグの細かな運用は身についていない。
結果はと言えば。
約20分で終わった試合は、3-0で早田がストレート勝利し、リーグ前半戦最多勝の実力を木村に見せつけたのだった。
>>第1話はこちら “カスミ”の名を持つミラクル・ガール木村香純【ヒロインも遅れてやってくる】
>>第2話はこちら “エースとの出会い”と“北欧での不思議な感覚” 木村香純が大学で急成長した2つの理由
写真:ビクトリーマッチも制してチームを勝利に導いた早田ひな/提供:©T.LEAGUE
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Tリーグの面白さは研究できること
「研究されたなと思いました」木村は冷静に振り返る。
写真:「強い人は切り替えがすごい」/撮影:田口沙織
「開幕戦は、相手が調子悪かったっていうのもあると思います。やっぱり実力は向こうが上なので」
学年こそ木村がひとつ上だが、これまでの実績は、全日本チャンピオン早田ひなの方が上だ。
写真:早田ひな(日本生命レッドエルフ)/提供:©T.LEAGUE
「でも、次は自分が見返さないと」
木村にもまた、中学から名門校のトップレベルで切磋琢磨してきた自負がある。そして今、自分の実力が上がっている自覚も。
「負けたら研究する、相手も研究する、その積み重ねで成長できたらいい。Tリーグは同じ人と当たるので、選手としてはそこが面白いです。大学だと誰と当たるかわからないので、研究してもいつ出せるかわからないから」
「Tリーグは研究ができて面白い」
海外選手からすると“誰?”
早田に続き、海外の強豪選手相手に3連勝したことについても「みんな相手が2週間の隔離明けだったことが、勝因の7,8割くらい」と自己採点は甘くない。
ただ、謙虚なだけではない。
「私は無名なので、海外選手からすると誰?って思われてます。少しでも勝ったり、あっと驚かせるプレーで目立ちたいっていう思いはあります」
写真:「あっと驚かせるプレーで目立ちたい」/撮影:ラリーズ編集部
高い基礎技術を培ってきて、いま充実の時を迎えた21歳には、柔らかさと強さ、野心と謙虚さが同居している。
現在、日本の卓球選手は10代前半から注目される時代が続く。
でも、「次は私だ」と名乗りを上げるタイミングは、選手それぞれの時期があっていい。
木村のブレイクは、“世間的には若いが、卓球界としては若くない”、日本の多くの選手を励ましている。
5歳から始めた卓球は、いま充実の時を迎える
人間性で選ばれる選手になりたい
木村に、憧れの選手は誰かいるのだろうか。
「平野(早矢香)さんや石川(佳純)さんに、人として憧れます。卓球が強いだけじゃなくて、尊敬できて、こういう選手になろうって思います。もしも同じレベルで並んだときに、人間性で選ばれる人になりたいんです」
写真:イベントで共演する平野早矢香(左)と石川佳純(右)/提供:長田洋平・アフロスポーツ
技術的には、イメージしている選手は誰だろうか。
攻守のバランスが良く、強打も打てて凡ミスの少ない木村の卓球スタイルは、意外と似ている選手が思い浮かばなかった。
男子顔負けの強打も打てて、攻守のミスも少ない
何気なく質問をしたとき、木村のあどけない性格の一面が見えた。
恥ずかしいんで、カテゴリーだけで
「技術はすごい恥ずかしいんですよ、誰って言わなくていいですか、カテゴリーだけで」
写真:「だって恥ずかしくないですか、うーん、恥ずかしい」/撮影:田口沙織
・・・カテゴリーだけとは。
「これはこの人、みたいなことです。すごい細かいんです、私。冷静さ、回り込み、サーブ、試合までの身体の作り方、アップですね、今のところは。あ、あともう一つ、フットワーク」。
木村は恥ずかしいと少し早口になるようだった。
「誰にも言ってないんです」
「もうホントに誰って言いません。それぞれ真似してるって言われたくないんで」
ダメ元で聞いてみた。みんな年上なんですか、と。
「全員先輩、ただし同じ大学とは限らない」
突然クイズ形式になったが、ヒントだけくれた
「こういうところがきっと私の面白みになりますよね」
ミラクル・ガールは、不思議なポイントでチャーミングになるのだった。
「次は私が見返す番」
さて、これからの木村香純だ。
まず、1月11日から全日本卓球選手権が幕を開ける。
これまで「大きな大会では力みすぎて何もできないことが多かった」と振り返るが、今年は去年までとは違う、リラックスした木村のプレーが期待される。
写真:勝ち上がれば安藤みなみとの対戦もあるブロック/撮影:ラリーズ編集部
そして、1月22日から後半戦が始まるTリーグ。
所属する木下アビエル神奈川と、ライバル日本生命レッドエルフの首位争いが激化する終盤、“秘密兵器カスミ”は、ポイントゲッターとして勝負どころで起用されるだろう。
「次は私が見返す番」
柔らかい笑顔の中に、時折垣間見えるプライドと自負心。日本の卓球がまた、面白くなってきた。
もう“無名選手”なんかじゃない
“もうひとりのカスミ”と呼ばれること
インタビューの最後に、自身の憧れでもあり、同じチームの絶対的エース、石川佳純を引き合いに“もうひとりのカスミ”と呼ばれることについて、どう思っているのか聞いてみた。
「いや、申し訳ないです、石川さんに」
もちろんすごく嬉しいんですけど、と付け加えた後、少し間を空けて、視線を上げた。
「私が、もう少し強くなってから」
2021年、ミラクルはもうミラクルじゃない。
写真:2021年さらなる飛躍を誓う木村香純/撮影:田口沙織