取材・文:武田鼎(ラリーズ編集部)
強豪ぞろいの琉球アスティーダに新たなメンバーが加わった。実業団のRICOHから参戦する有延大夢(ありのぶ・たいむ)だ。リコーは今年の日本リーグ前期リーグで初優勝し、協和発酵キリンやシチズン時計、東京アートと並ぶ強豪チームに成長した。その原動力となっているのがエースの有延の存在だ。
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リコーの営業マンがTリーグへ
様々なバックグラウンドの選手が揃うTリーグの中で、有延のキャリアは少し異色だ。「まだ社会人としても仕事を覚えている段階です。仕事終わってから3時間の練習です。もうヘトヘトですよ」と苦笑する。そう、有延は現役社会人2年生として卓球選手との二足のわらじを履く。それもリコーでは会社の最前線に立つ営業マン。かっちりとしたスーツを身にまとい、法人向けに複合機を販売しているのだ。
ただ、営業マンがスーツを脱ぎ、ユニフォームをまとえば一変、安定した戦いで目のこえた卓球ファンをうならせる。7月のオーストラリア・オープンではポルトガルの英雄・アポロニア(Tリーグ・T.T彩たま)を下すなど、格上に対する強さにも定評がある。「特にバックハンドは昔からミスが少なかった。でもフォアハンドの安定性だったりサーブレシーブだったり課題はまだまだたくさんありますよ」。社会人らしさだろうか、謙虚に返答する。
「僕はチャレンジャー」
振り返れば有延の歩んできた道はまさに卓球一色だった。1994年に生まれた有延は山口県の名門・野田学園中学に入学。吉村真晴(Tリーグ・T.T彩たま)らとともに名将・橋津文彦氏に薫陶を受けた。その後、明治大学へと進学、丹羽孝希と同期だ。大学時代は全日本学生選抜選手権で2位の成績を残している。
「Tリーグとリコーとの両立は課題ですね。上司も同僚も僕の卓球応援してくれていると感じています」。難しい課題にも諦めずに挑むのはビジネスマンの性か、卓球選手の性か。端正な見た目の下には意外な野心が潜んでいるのかもしれない。
ただ、ランキングだけ見ればその挑戦は平坦ではない。現在世界ランキング240位の有延、Tリーグにはランキングがはるか上の“怪物”たちがずらりと居並ぶ。「対戦してみたい選手、ですか…。世界のトップクラスの選手が各チームにいます。ほとんど全員と戦ってみたい。僕はチャレンジャーですから」。
ただ、一度社会に身を投じたからこそ見えてくる景色もあった。本人は「社会人になってよかった」と振り返る。「それまでは卓球一色の人生で。“卓球選手としての有延”としてしか見られなかった。でも営業として社外の人と会うと、誰も僕の卓球のことなんて知りませんから。何も共通点がないところからどうやって関係を作っていくか、卓球だけじゃ学べないことを吸収している最中なんです」と自信を見せる。
現在、有延が見据えるのは卓球選手としてのキャリアだけではない。「日本でずっとプレーしてきて、自分の卓球人生も折り返し地点は通り過ぎた。その経験を“次”に活かせるような経験をしたい。社会人としても成長できる20代にしたいんです」。
「世界一」や「2020年に金メダル」などのビッグマウスは決して有延の口をつくことはない。選手に夢を乗せる卓球ファンにとっては「現実的」に映るかもしれない。でも良く言えば「等身大」だ。そんな選手がいるのも琉球アスティーダの魅力の一つだ。
「もちろん、選手として強くなっている実感はありますよ。技術とかよりも人間的に成長している途中です。Tリーグも挑戦。どこまでやれるかな」。
短い時間だったが取材が終わった。ユニフォームを脱いで控室から出てきた有延は、いつもどおりのスーツ姿だった。
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写真:伊藤圭