「強くなくてもチャンスはある」チェコに留学した国公立大学生がプロ卓球選手になった話 | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:砂川さんとチームメイト/提供:砂川朝博

卓球×インタビュー 「強くなくてもチャンスはある」チェコに留学した国公立大学生がプロ卓球選手になった話

2023.06.27

この記事を書いた人
インタビューから報道記事、選手・用具紹介記事まで幅広く担当。2019年の全日本で見た出澤杏佳選手のプレーに衝撃を受けて以降、粒高バックハンドドライブの習得に心血を注いでいる。
戦型:右シェーク裏粒

強くなるための手段として、環境を変えることは重要だ。特に、近年の卓球界では、戸上隼輔(明治大)や宇田幸矢(明治大)など、ヨーロッパのクラブへの移籍をキッカケに飛躍を遂げる例が多くなっている。


写真:戸上隼輔(明治大)/撮影:ラリーズ編集部

だが、「ヨーロッパでプロになれるのは元々強かった人だけ」「強くない人にはそもそもチャンスがないのではないか?」と考える人もいるかもしれない。

極端な例を出せば、一般入試で国公立大学に入学した選手から「全国大会での実績はゼロなんですけど、ヨーロッパでプロになれますか?」と質問をされて、「Yes」と答えられる人はほとんどいないだろう。

かくいう私も、この問いへの答えは「No」だった。

一般入試で国公立大学に合格し、勉強のために留学したチェコでプロ選手になった砂川さんの話を聞く前までは。


【砂川朝博(すながわ ともひろ)】高知工科大学卓球部所属。沖縄の宮古高校から、一般入試で高知工科大学に入学。国際経済を学ぶために留学したチェコで、「TJ Sokol PP Hradec Králové」からチェコリーグに出場した。(提供:砂川朝博)

ネットで検索したクラブに自らアプローチ

――そもそも、チェコにはどういったきっかけで行かれたんですか?
砂川:現在は高知工科大学の卓球部に所属しているんですけど、「卓球以外にもなにかやってみたいな」と考えていたときに、大学に交換留学制度があることを知りました。

今はそれを利用して、チェコで留学生活を過ごしています。

――では、卓球をするために留学しているわけではないんですね。
砂川:はい。チェコのフラデツ・クラロべ大学に通って、国際経済の勉強をしています。
――ただ、今はチェコリーグのクラブで卓球をされているとお伺いしました。その辺りの経緯を教えていただきたいです!
砂川:留学に行く前は本当に勉強目的でチェコに行くつもりだったんですけど、出発前に(濵田)慎吾さん(高知工科大学卓球部監督)に「あっちでも卓球やってみたら?」って言っていただいて。

そのときに僕も「確かに、せっかくなら向こうでも卓球したいな」と思ったので、滞在先の町の名前と「table tennnis」で検索して、ヒットしたチームに自分で連絡しました。


写真:砂川さんが滞在しているチェコの「フラデツ・クラロべ」の街並み/提供:砂川朝博

――では、どなたかの紹介ではなく、ご自身でクラブを探していたんですね。
砂川:そうですね。

とはいえ、選手としてバリバリやるつもりはまったくなくて、最初は「勉強の合間に卓球の練習ができたらいいな」ぐらいの気持ちだったんです。

けど、いざ最初に練習に行ったときに、一番はじめに「競技レベルか?」って聞かれてたんですよ。

そのときはなんとなく「はい」って答えたんですけど、その練習にはクラブのオーナーさんも来られていて、僕のプレーの動画も撮っていたんですよね。

――ほうほう。
砂川:それで、練習が終わったあとに「合格だ!」って言われて、入団が決まりました。

僕からすると「え?」って感じだったんですけど、今思えばあの練習が入団テストだったんでしょうね。

――思っていた感じと全然違いました(笑)

1試合が最大18マッチ!?

――砂川さんは現在、チェコリーグの何部でプレーされているんでしょうか?
砂川:今は3部リーグでのプレーがメインですね。

チェコリーグの仕組みを簡単に説明すると、トップリーグは「Czech Extraliga(チェコエキストラリーガ)」と呼ばれていて、これが1部リーグに相当します。

その下に2部相当の「1st League(ファーストリーグ)」、3部相当の「2nd League(セカンドリーグ)」、4部相当の「3rd League(サードリーグ)」があるんですけど、僕はこの中の「セカンドリーグ」でプレーしています。

――3部なのに名前は「セカンド」って、ややこしいですね…
砂川:さらに、チェコリーグは各チームがそれぞれのディビジョンにチームを持っているのも特徴です。

僕が所属しているチームも1部~4部に1つずつチーム(A~Dチーム)を持っているんですけど、僕は基本的には3部所属のCチームでプレーしています。

――チームの規模がすごく大きいんですね!
砂川:あと、これもチェコリーグの特徴なんですけど、とにかくめちゃくちゃ試合するんですよ。2部以下のリーグは、1試合で最大18マッチ行われるので。
――え!? 18マッチということは、10マッチ先取の試合ですよね?

さすがに多すぎませんか?(笑)

砂川:そうですね(笑)

形式としては、最初の2マッチはダブルスで、残りの16マッチがシングルスです。基本的には1試合4人で戦うので、ダブルスを含めると最大で1人5試合出場可能です。

――試合数が多いのは魅力的ですけど、疲労がとんでもなさそうですね…(笑)
砂川:それこそ、僕の最初の試合がマッチカウント9-9の引き分けだったんですよ。なので、5試合フルに出場して、「もう試合したくないんだけど…」ってなりましたね(笑)

1000人以上が詰めかける「プレーオフ」

――ちなみに、チェコリーグでは優勝クラブはリーグ戦の順位のみで決めるんでしょうか?
砂川:エキストラリーガは、レギュラーシーズン後のプレーオフで優勝チームを決めます。
――Tリーグやブンデスリーガと似ていますね。
砂川:ただ、プレーオフにはエキストラリーガ全10チーム中8チームが参加します。

しかも、プレーオフ自体はトーナメント方式なんですけど一発勝負ではなく、プロ野球のクライマックスシリーズみたいに先に3勝したチームが勝ち上がれる仕組みなんです。

――プレーオフもめっちゃ試合するんですね(笑)

ちなみに、決勝戦も3本先取ですか?

砂川:決勝だけは一発勝負です。

ちょうど昨日プレーオフの決勝があって、チームのオーナーに連れて行ってもらったんですけど、お客さんが1000人以上入っていて、ものすごく盛り上がってましたね。

――え! 1000人もお客さんがいたんですか?


写真:チェコリーグプレーオフファイナルの様子/提供:砂川朝博

砂川:はい。

チェコの人口は日本の10分の1ぐらいなので、日本の人口に換算したら1万人ぐらいですかね。

――それは、すごすぎますね…。
砂川:あとは、オーナーがVIP席を用意してくれたんですけど、食べ飲み放題もついていたんですよ。

しかも、僕としてはホットドッグとかフランクフルトみたいな軽食をイメージしていたんですけど、ビーフシチューや本格的なチェコ料理が出てきて、びっくりしました。まさに「VIP」って感じでしたね(笑)


写真:VIP席で実際に提供された料理/提供:砂川朝博

――(ビーフシチュー食べながら卓球観戦とか、最高すぎんか…)

1部リーグにはあのレジェンド選手も

――トップのエキストラリーガには、どのような選手が参戦しているんでしょうか?
砂川:僕のチームだとフェリペ・オリバースというチリ人の選手がいるんですけど、彼は強いですね。


写真:2021年のパンアメリカン選手権男子団体で銀メダルを獲得したフェリペ・オリバース(チリ)/提供:ETTU

砂川:あとは、元チェコ代表のマレック・クラセックですね。40歳を超えているはずなんですけど、僕なんか全然敵わないですね(笑)


写真:2002年のドイツオープンで元世界ランク1位の王皓(ワンハオ)に勝利したマレック・クラセック(チェコ)/提供:チェコ卓球協会

砂川:他のチームだと、ピーター・コルベルもいますね。コルベルとはそれこそ、昨日写真撮ってもらいました。


写真:砂川さんとコルベル/提供:砂川朝博

――さすがはコルベルですね…!

チェコリーグと言えば、少し前だと森薗(政崇)さんも参戦していましたよね?


写真:森薗政崇(BOBSON)/提供:ittfworld

砂川:そうですね。

あと、アジア人だと台湾の江宏傑(ジャンホンジェ)も参戦していたみたいですね。


江宏傑(ジャンホンジェ)は2016年にエキストラリーガのTTCオストラヴァに所属して、24勝5敗の成績を残した(写真はTリーグ・琉球アスティーダ所属時)/提供:YUTAKA・アフロスポーツ

「練習なしでダブルス」は“ヨーロッパあるある”

――はじめて試合に出場したときは、どんな気持ちでしたか?
砂川:デビュー戦は緊張しましたね。やっぱりアジア人が少ないので、日本人っていうだけでも注目されるんですよ。

あと、これはたぶんヨーロッパあるあるだと思うんですけど、練習なしでいきなり「お前、ダブルス行ってこい」って言われて(笑)

――あるあるなんですね(笑)
砂川:たぶん(笑)普段の練習でも、ダブルスの練習してる姿をあんまり見たことがないですね。
――ちなみに、試合の結果は?
砂川:練習もしていないし、最初はほとんど言葉も通じなかったので、ダブルスは普通に負けました(笑)

けど、そのときは調子が良くてシングルスで3勝したんです。

――すごいですね!


写真:砂川さんは所属チーム初のアジア人選手だったそうで、後日試合の内容が記事化された/提供:砂川朝博

砂川:そのときは、ベンチも「おおー!」ってなってちょっと気持ちが上がったんですけど、次の試合ではシングルスで3敗したんで、なんとも言えなかったですね(笑)。

強くなくてもチャンスはある

――砂川さんご自身は、今後もヨーロッパで選手としてプレーしようと考えていらっしゃるんでしょうか?
砂川:高校までは「インターハイで勝つぞ!」という気持ちで卓球に打ち込んでたんですけど、最後のインターハイがコロナの影響でなくなってしまったこともあって、「大学では卓球以外のことにも挑戦してみよう」と思っていました。

なので、高知工科大学にも一般入試で入りましたし、今回も経済を学ぶためにチェコに来ました。卓球をやめることはないですけど、選手としてバリバリ続けようとは今は思ってないですね。


写真:高知工科大学卓球部で試合に出たときの砂川さん(写真奥)/提供:砂川朝博

――では、大学卒業後は日本で一般企業に就職されるということでしょうか?
砂川:今は経済の勉強が面白いなと思っているので、海外の大学院に進学するか、海外で就職したいな、と思っています。

日本での就職も考えていますが、その場合でも海外出張がある会社がいいですね。卓球はヨーロッパならどこでもできるということが、今回わかったので。

――それは私も勉強になりました。ヨーロッパに行く際は、絶対にラケットとシューズを持っていきます(笑)
砂川:ぜひ(笑)

あと、僕みたいな一般生で勉強にも力を入れながら卓球をやっている選手や、めちゃくちゃやる気はあるけど実力がそこまで高くない選手って多いと思うんですけど、そういう方々には「卓球が強くなくても、海外でプレーするチャンスはいくらでもあるよ」って、伝えたいです。

仮に将来卓球選手にならなくても、ヨーロッパで選手としてプレーした経験は、就職活動やその先の社会人生活で間違いなくプラスになると思うので。

――それは間違いないですね!

インタビューを終えて

約1時間ほどのインタビューは、本当にあっという間に終了した。

異国の地で選手としてプレーすることの楽しさや大変さは経験した者にしかわからないが、この記事を通して、ほんの少しでもその感覚を味わってもらえれば、幸いだ。

そしてなにより、「今は強くなくても、やる気があって行動を起こしさえすれば海外でプレーするチャンスはある」という事実は、これからさらに成長したい学生選手や、もっと長く現役でプレーを続けたい社会人選手など、数多くの卓球人の背中を押すものとなってくれるだろう。

最後に、後日砂川さんから送られてきたメッセージで、この記事を締めさせていただく。

砂川:こんなにいい機会を提供してくれたTJ Sokol、留学システムを提供してくれた高知工科大、金銭的にサポートしてくれた家族にも感謝しています。

この記事が公開されることで、僕のような勉強も頑張りたい国公立大生、地元の宮古島のような離島や僻地で頑張る選手たちのモチベーションになってくれると嬉しいです。

その他の海外卓球インタビュー

>>“あのレジェンドがいたクラブ?”ベルギー卓球クラブにアマチュア日本人愛好家が飛び込んだ
>>「すべてを失うまでチャレンジしたい」実業団を辞めて単身アメリカへ 元JR北海道・中野優の飽くなき挑戦