井林茉里奈、異例の"二刀流"現役復帰の真相 「誰かいないか」たどり着いた答えは"自分" | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:井林茉里奈(トップおとめピンポンズ名古屋)/撮影:田口沙織

卓球×インタビュー 井林茉里奈、異例の“二刀流”現役復帰の真相 「誰かいないか」たどり着いた答えは“自分”

2021.02.21

この記事を書いた人
Rallys副編集長。学生卓球を愛し、主にYouTubeでの企画を担当。京都大学卓球部OB。戦型:右シェーク裏裏

異例づくしとなった今シーズンの卓球界の中でも、異例中の異例となったのが井林(旧姓:松澤)茉里奈の現役復帰だ。

2020年11月10日、Tリーグ女子のトップおとめピンポンズ名古屋が、元世界卓球代表の井林と選手契約することを発表した。現役引退後、1年半以上経っていた井林は、トップ名古屋の事務局で広報担当として勤務しており、広報兼任という立場での選手復帰となった。

広報兼選手の“二刀流”での前代未聞の現役復帰劇について、井林に話を聞いた。


【井林茉里奈(いばやしまりな)】1992年3月24日生まれ。長野県出身。右シェーク攻撃型。青森山田高、淑徳大学と進み、大学時代には全日本選手権シングルス3位に輝く。世界卓球パリ大会日本代表。実業団に進み、2017年には全日本社会人女子シングルス優勝。2019年に引退するも2020年にTリーグ・トップおとめピンポンズ名古屋で現役復帰を果たした。チームでは広報も兼任する。

「誰かいないか」全力で探してたどり着いた“自分だ”


写真:井林茉里奈(トップおとめピンポンズ名古屋)/撮影:田口沙織

松澤茉里奈、と書けば卓球ファンには見覚えのある名前かもしれない。

プロバスケ選手の井林宥輔と結婚し姓を変えた井林は、名門・青森山田中高の出身で、淑徳大では全日本選手権シングルス3位に輝いた実績を持つ。2013年の世界卓球パリ大会日本代表にも選出された。


写真:現役時代、国際大会でもプレーした井林茉里奈/提供:ittfworld

井林は、2019年3月、実業団でのプレーを引退後、半年間十六銀行の営業統括本部で一般社員として働き、2019年10月からトップ名古屋の事務局で広報として卓球界に舞い戻った。広報の仕事にも慣れてきた2020年、井林の環境が一変する。


写真:井林茉里奈(トップおとめピンポンズ名古屋)/撮影:田口沙織

「8月に、監督からミーティングで『力を貸して欲しい』と真剣に打診をいただきました。もともと冗談混じりで『選手するのどう?』とはよく言われていたんですが、今回は本気だなと感じました。そこが選手復帰を考えた一番最初のポイントです」。


写真:井林茉里奈(写真右・トップおとめピンポンズ名古屋)/撮影:ラリーズ編集部

この打診の背景にはトップ名古屋の苦しい選手事情がある。Tリーグでは、全マッチにSまたはAAAランクの選手を必ず1名以上出場させなければならない規定がある。

しかし、トップ名古屋でランクに該当するのは、コロナの影響で来日が不透明な海外選手しかいなかった。そんな中、井林は2018年の全日本選手権でベスト8に入っていることから今季はAAAランクの資格を有しており、白羽の矢が立った。


写真:2018年の全日本選手権でベスト8に入った井林茉里奈/提供:アフロスポーツ

誰かいないかなと全力で探して、一番最後にたどり着いたのが私でした。チームが困っていて、自分のチームが好きだし、力になりたかった。Tリーグでプレーするチャンスはなかなか貰えないと思うので、もう一度選手として頑張ってみようと復帰を決めました」。

広報兼任選手の難しさ 勝てない日々


写真:井林茉里奈(トップおとめピンポンズ名古屋)/撮影:田口沙織

実績のある井林と言えども、復帰後は苦しい日々が続いた。国内外のトップ選手が集うTリーグは、1年半以上のブランクを空けて、すぐに勝てるほど甘くはなかった。

シングルスでは、于梦雨(ユモンユ・日本生命レッドエルフ)や加藤美優(日本ペイントマレッツ)ら一線級の選手をフルゲームまで追い詰めるも「競った場面での戦術のイメージがなかなか作れなかった」。あと1ゲーム、あと1点が奪えず負ける試合が続き、チームも開幕から連敗を続けた。


写真:井林茉里奈(トップおとめピンポンズ名古屋)/提供:©T.LEAGUE

また、広報を兼任していることで井林の練習時間も限られていた。

「基本的には定時まで広報の仕事をして、定時後、実業団や高校、クラブチームにお邪魔して練習していました。海外選手に練習を頼まれたときは、朝8時半に出社して9時半までメール対応などをし、事務所の横に1台だけある練習場があるので、そこで練習。練習後はまた定時まで仕事をする。結構キツいですけど、少しずつ状態は戻ってきました」。


写真:井林茉里奈(トップおとめピンポンズ名古屋)/撮影:田口沙織

ついに報われた涙の2勝


写真:井林茉里奈(トップおとめピンポンズ名古屋)/撮影:田口沙織

業務の合間を縫って、練習をこなす井林の努力が報われたのは、1月30日の日本ペイントマレッツ戦だ。

スターシニーとのフルゲームの接戦をものにし、初勝利を挙げた。そのままビクトリーマッチに起用され、チームの命運を託された。相手は世界ランク12位の馮天薇(フォンティエンウェイ)だ。10-5とマッチポイントを先に握るも、じりじりと追い上げられ、10-10。最後は意地の2点連取で馮天薇を撃破し、井林がトップ名古屋にシーズン2勝目をもたらした。


写真:井林茉里奈(トップおとめピンポンズ名古屋)/提供:©T.LEAGUE

勝利の瞬間、ガッツポーズと同時に涙がこぼれた。ベンチに戻ると、監督、コーチ、選手、スタッフ1人1人と噛みしめるように喜びを分かち合った。

「やろうとしている戦術が見えて、身体がその通りに動いてくれた。やっと、動いてくれた」。万感の思いのこもったコメントだった。

「人生って一度きり。良くするのも自分次第」


写真:井林茉里奈(トップおとめピンポンズ名古屋)/撮影:田口沙織

周囲の後押しも今の井林を支えている。特に井林が感謝するのが同じアスリートの夫・井林宥輔の存在だ。

「選手に復帰して欲しいという話が出たと相談したら、『おお!いいんじゃない?やりたかったらやればいいよ!』と言ってくれて、その言葉にかなり助けられた。挑戦してみようかな、と思えましたね。あとは選手に復帰してからの方が優しくなった。大切さに気付いてくれたのかな?(笑)」とお茶目な表情を見せる。


写真:笑顔とともに左手薬指には指輪も輝く/撮影:田口沙織

アスリートだけでなく、どんな人でも必ず何かを決断しなければならない転機は訪れる。そこでの不安や躊躇、戸惑いを井林は乗り越えてきた。

「うまくいかなかったらどうしようとかは私も考えるんですけど、結局やってみなきゃわからない。それに人生って一度きりじゃないですか。良くするのも自分次第。今まで私が選択してきた中で後悔したことは1つもないです」。

井林茉里奈、28歳。
“もう”でも、“まだ”でもなく、一度きりの人生に、ただ挑戦していくだけだ。


写真:井林茉里奈(トップおとめピンポンズ名古屋)/撮影:田口沙織

(インタビュー後編 >>「プライドを捨てるのが大事」“広報兼選手”井林茉里奈が語る元アスリートの仕事論 に続く)

トップ名古屋でプレーする鈴木李茄インタビュー


写真:鈴木李茄/撮影:田口沙織

>>“エリート街道”を歩んできた鈴木李茄 「石川佳純との出会い」で変わった卓球観

トップ名古屋でプレーする安藤みなみインタビュー


写真:安藤みなみ(トップおとめピンポンズ名古屋)/撮影:田口沙織

>>実業団のエースが退社しプロ転向 安藤みなみが今、Tリーグに挑戦する理由

>>トップ名古屋に“凱旋”加入 愛知県出身の安藤みなみ「自分が結果を出して次世代に繋がれば」