文:武田鼎(ラリーズ編集部)
来シーズンを控え、T.T彩たまが大胆補強に動いた。ピッチフォード、モーレゴード、松平健太の3名の加入が明らかになった。中でもTリーグ内部での移籍として注目されているのが松平健太だ。昨シーズンまで木下マイスター東京に在籍し、世界ランキング9位に食い込んだことのある実力者だ。だが、昨年のTリーグでのシングルスの実績は負け越しに終わった。
プライベートコーチを4年務めたことのある坂本竜介監督も「ここ最近は最悪な顔をしていた」と評する。思い切って移籍を決めた松平、新天地で何を思うのか。合宿中の本人を訪ねた。
「どんなに内容が悪くてもいいからまず“勝ち”」
「やっぱり新しいチームでの練習は新鮮。かなり自分を追い込めたと思います」
1時間の午前練習を終え、松平が歩み寄ってくる。うっすら茶色がかったサラサラヘアーに端正な顔。漫画『ピンポン』のペコを少女漫画にしたらきっとこんな感じなのかもしれない。ただ、昨シーズンはその表情は曇っていることが多かった。
1stシーズンは木下マイスター東京に在籍し、その成績はシングルス2勝4敗、ダブルス5勝4敗に沈んだ。数々の国際大会で栄冠に輝いてきたトップアスリートには似つかわしくない実績だろう。本人も不本意な思いを隠さない。
写真:松平健太(T.T彩たま)/撮影:保田敬介
「内心、忸怩たる思いはあります。なかなか木下マイスター東京では試合に出られなくて、そうすると試合勘も鈍くなって久々に出ても勝てなくて…気づくと調子を落としていた」。同じチームの水谷隼や張本智和といった豪華なメンバーに挟まれ、負のスパイラルに陥っていた。世界ランキングも9位(2017年11月)から55位(7月現在)にまで下げている。同世代の上田仁をして「スーパースター」と言わしめた松平にとって、臥薪嘗胆の1年だった。
写真:松平健太(T.T彩たま)/撮影:保田敬介
「苦しいなっていうのは結構常にありますね。うーんまあ、なんていうんだろ。練習別にやってないわけじゃなくて、成績が出てない=練習してない、って思われるのも悔しいし、やっぱり普通にやってんのに勝てないっていうのが苦しいですね」
だが、本人は、すでに復活の手がかりを掴んでいる。欲しいのは「勝ちの味」だ。長いトンネルに入っていたアスリートが些細な勝ちを知ることであっさりと本来の姿を取り戻すことは、しばしばある。松平もそれは十分にわかっている。「どんなに内容が悪くてもいいからまず“勝ち”。内容が良くても負けていたら意味がないんですよ」と語る。
松平が目指すのは「どんな小さな大会でもいいからまずは実績。優勝できたらいい。好調だろうと不調だろうと結果をださないと」。焦りの色があるわけではない。ただ勝ちに飢えているのだ。
>>【連載】なぜ中国は卓球が強いのか?<Vol4. 松平健太>
好不調の鍵は“判断力”
写真:松平健太(T.T彩たま)/撮影:保田敬介
ここで、シンプルな疑問が湧く。一体トップクラスのアスリートにとっての“不調”とはどのようなものなのだろうか。世界トップクラスの領域になれば、技術レベルに大きな差はない。それでも途端に勝てなくなってしまうことがある。松平なりに不調をこう分析する。
「一番大きいのは判断力ですね。例えば、打てるのに見逃したり、あとは回り込まなくていいところを回り込んだり。フリックできるところを置きに行ったり。ちょっとした判断ミスが結構多いので。やっぱり冴えている時はそこを全部スムーズに行けるんですけど」。
松平が「判断力が冴えていた」と振り返る一戦が2013年パリの世界卓球選手権の馬琳(マリン)戦だ。馬琳は2008年の北京オリンピックで金メダルを獲得し、「最強中国」の一時代を担った選手だ。その馬琳を相手に一歩も引かずに打ち合い、4−1で勝利してみせた。
「あのときは勝ちに行って勝った試合。前の(2009年の)横浜のときもいいところまで勝ち上がって競って負けてるんですが、あのときは相手もデータが無いときの試合。4年後のパリの勝ちは本当に嬉しかった」。
写真:松平健太(T.T彩たま)/撮影:保田敬介
その判断力は合宿で戻るのか。「判断力がいいっていうのは、言い換えると“割とやることを決めている”という状態に近い。もうこれやんないと勝てないって思ったら、それ出来るんですけど。それを考えずに普通にやっちゃうと、やっぱりいろんなところを待っちゃったり、色んなところを…と考えてしまう」。技術面では思うところはあるようだ。
>>復活の松平健太 丹羽孝希を破った2つの大胆な戦術転換とは<彩たまvs木下>
新天地T.T彩たまで貴公子覚醒なるか
写真:松平健太(T.T彩たま)/撮影:保田敬介
今回の合宿、T.T彩たまでは岸川聖也がコーチとしてメンバーの指導にあたっていた。岸川は松平をどう見るのか。「ブロックは昔から上手い。攻められても返すっていうスタイルは、最近ボールもプラスチックに変わって、ブロックだけじゃ相手はミスしてくれなくなってきてる。だからもう少し攻撃的な展開を増やしていかないと。台上は間違いなく上手い。その精度を上げつつ、どう攻撃的な要素を入れていくかだと思う」。
守りの卓球から攻めの卓球へ。言葉で表すのは簡単だが、実行に移すのは難しい。松平も「中国のトップ選手たちはループドライブをしない。全部上から打ちに行く。超攻撃的なんですが、そこに至るまでの足の動かし方や判断力が異次元なんですよね」と語る。
着実に変化しつつある松平の卓球、気になるのは世界ランキングの行方だ。「20位くらいなら2,3大会で変わる可能性もある。まずは徐々に上げていくことを考えるだけです」。
写真:松平健太(T.T彩たま)/撮影:保田敬介
取材終わりに、そう言えば2014年にはDVDも出してたけれど…?と水を向けると「もともとああやって出るの好きじゃないんで、苦手なんで。実は前に出るのも苦手なんですよ…」とシャイな笑顔で切り返された。
照れ屋な貴公子はT.T彩たまで覚醒するか。2ndシーズンが待ち遠しい。