文:ラリーズ編集部
白熱した試合をラリーズ独自の視点で振り返る、【シリーズ・徹底分析】。
先日行われたハンガリーオープン女子シングルス決勝は、伊藤美誠(スターツ)と鄭怡静(チェンイーチン・チャイニーズタイペイ)の対戦となった。試合はフルゲームの激戦の末、伊藤が勝利を収め、今季ワールドツアー初優勝を飾った。
この試合、伊藤は終始鄭のプレーに苦しめられる展開が続いた。ゲームカウント2-3と追い込まれて迎えた第6ゲームも3-7とリードされた状況から逆転し、勝利をもぎ取った。そこには、伊藤の確かな実行力と柔軟な対応力があった。
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2020ITTFワールドツアー・ハンガリーオープン決勝:伊藤美誠vs鄭怡静
写真:伊藤を追い詰めた鄭怡静/提供:ittfworld
詳細スコア
○伊藤美誠 4-3 鄭怡静
11-7/1-11/11-6/7-11/2-11/11-9/11-7
1.バックへのロングサービスに対する強気なレシーブ
図:伊藤の「バックロングサービスに対するレシーブ」/作成:ラリーズ編集部
この試合、鄭は伊藤のバック表対策として、バックサイドへのロングサービスを多用していた。伊藤はこのサービスに対して、ゲーム序盤はバックハンドで回転に合わせた無難なレシーブが多く、そこを鄭に狙い打たれ、ラリーの主導権を握られるという展開が多く見られた。
そのバックサイドへのロングサービスに対して、伊藤は回り込んでのフォアハンドやバックハンドでの強打など、試合を通して徐々に対応するとともに、レシーブのバリエーションを増やし、的を絞らせないようにしていった。
ゲーム終盤には、バックハンドで早い打点からストレートへレシーブするなど強気なレシーブを仕掛けることも可能となり、レシーブから優位な状況を作り出していた。試合を通じての伊藤の対応力の高さが光った。
2.前陣でのバックハンドによる揺さぶりとブロック
図:伊藤の「前陣でのバックハンドによる揺さぶりとブロック」/作成:ラリーズ編集部
この試合の注目すべきポイントとして、鄭のバック表対策の精度の高さがあった。
バックハンド対バックハンドの展開において、鄭は台から少し距離を取り、伊藤のフォアミドル付近を早い段階から狙うことを徹底していた。このボールを伊藤はバックハンドで処理していたが、回転量の多い鄭のバックハンドドライブは伊藤のラリーの速度を落とすことや、チャンスボールを作り出すことに成功しており、鄭がラリーを優位に進めることに繋がっていた。
この展開を防ぐため、伊藤は試合中盤から積極的にバックハンドからストレートにボールを送るパターンや、より広角にバックサイドを狙うパターンを増やした。
説明するのは容易いが、これは並大抵のことではない。
例えば、バックサイドからストレートを狙うということは、鄭の強烈なフォアハンドドライブを浴びることになる。実際、鄭のフォアハンドドライブに対し、伊藤は粘り強くブロックで耐え抜き、得点するような展開となっていた。
しかし、取り得る戦術の中からより得点しやすいパターンを選び、実行しきった伊藤の引き出しの多さ、実行力が見られた。
3.フォアクロスからの巻き込みサービス
図:伊藤の「フォアクロスからの巻き込みサービス」/作成:ラリーズ編集部
3点目に、伊藤の巻き込みサービスからの得点率の高さが勝因として挙げられる。特に、フォアクロスからの巻き込みサービスに注目したい。
回転の分かりづらさに定評のある伊藤のサービスだが、鄭は試合を通して自分の思い通りのレシーブができていなかったように見える。特にフォアクロスからのサービスに対して、レシーブミスをするか、無難なレシーブを送るだけとなっており、自分の展開にできていなかった。
このレシーブに対して、伊藤は毎回強打を狙うのではなく、持ち上げるような両ハンドドライブでサービスの横回転が少し残ったいやらしいボールを送るなど、緩急もつけながら確実に得点に繋げていた。
試合の序盤からこのサービスが有効であることを確認した伊藤は、闇雲に使うのではなく、確実に1本が欲しい場面や自分が9点まで取っておりサービスが回ってきた場面などで効果的に使うことで、試合を優位に進めた。
実際、第6ゲームの9-9の場面、第7ゲームの9-7の場面では、このサービスから2本連取し、試合を決めている。サーブレシーブにおける対応力がこの試合の明暗を分けたと言えるだろう。
まとめ
写真:伊藤美誠(スターツ)/提供:ittfworld
この試合、伊藤は決して好調ではなかったように見える。伊藤の持ち味である前陣での高速卓球からのフォアハンドスマッシュのような、攻撃的なプレーは鳴りを潜め、耐え忍ぶような展開が多かった。また、アンラッキーな失点も多く、心が折れそうになる場面もあったに違いない。
そんな中でも冷静に状況を見極め、作戦を実行しきり、まさに勝利を「もぎ取った」試合であった。改めて、伊藤の戦術の幅広さと決勝の舞台でも揺るがない確かな実行力を見ることができた。
中国勢が不在の中行われたハンガリーオープンであったが、この苦しみながらの勝利は価値あるものとなったに違いない。東京五輪に向け、ここからさらに勢いを増していくであろう伊藤の活躍からますます目が離せない。